第13話 紅茶仮面

「ヌハハッハアハハハハッハぁぁあ」


 奇妙な笑い声が聞こえてきて、私は頭を抱えた。比喩ではない。本当に、その場にうずくまって頭を抱えこんだのだ。うぷっ、吐きそう。


「この紅茶仮面がやって来たからには、もう安心するが良い」


 大きな声が駅のホームに響き渡ると、誰もが我先にホームから立ち去ろうとする。


「解っているぞ。そこのおっさんが痴漢だな」


 紅茶仮面に指さされたおっさんが、顔の前で手を振って否定している。貧相な顔のおっさんは、僅かばかりくたびれたサラリーマンだろう。髪の毛もかなり薄くなっていて、五十代くらいか、それほどの悪人には見えない。


「そして、そこのお局。お前が被害者だな」


 紅茶仮面の人差し指の延長線上には私がいる。あれ? こいつ、何を言っているんだ。しゃがみ込んだまま横を見る。後ろを見る。上を見る。どうやら私しかいない。


「女性のお尻を触りまくるとは許せぬぞおっさん。どうせ私に捕まるのであれば、もう少し若い子を触ったほうがマシであったな」


 紅茶仮面が軽くジャンプした。五メートルはあろうかという距離を瞬時に縮め、ドロップキックをおっさんに直撃させる。と、おっさんはもろに胸にキックを喰らい、そのまま背後にゴロゴロと転がってピクリとも動かなくなる。


「ちょっと、あんた、何してるか解ってんの?」


 私は立ち上げると勇気を振り絞って大声を出す。一人だけでは恐ろしいが、大声を出すことで協力をしてくれる人もでるかもしれない。


「悪人を倒すことが我が使命。お局、何を言わんや?」


 腕を組んで横柄な態度を見せる紅茶仮面に怯みそうになる。けれども、必死に堪えて反論をする。


「あんたフザケンナっての、私はまだ二十代、お局なんかじゃありませんッ!! 侮辱罪でお巡りさんに逮捕してもらいますっ」


 私は痴漢の被害者じゃない。って言うべきところを言い損ねてしまった。けれども、偶々現れた鉄道警備員に意図は伝わったのだろう。早足で近づいてくる。


「フハハハハハ、既に正義は行使されたから逮捕は他のものに任せよう。さらばだ」


 紅茶仮面は素早く線路に飛び降り、逃走しようとしたところでホームに入ってきた山手線上りに跳ねられる。


「「「あっ!」」」


 誰もが、紅茶仮面の最後を確信した。山手線に跳ねられて無事でいられるはずがないと思ったのだが、


「ふぁああはあははっはははっはははははは」


 と言う紅茶仮面の声がしばらく不気味にホームに響き渡っていた。

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