第12話 山中くんは福笑いが嫌い

 山中くんは三枚目である。福笑いのような顔をしている。失敗した福笑いではない。だから、整っているはずではあるが、格好いいとは言えない。元々のパーツが笑えるように歪んでいる。それが、福笑いなのだ。


 愛嬌はある。誰もが彼の前では不思議とにこやかになる。


 本人は、真剣な顔をしていても、怒っていても、しゃっくりしている時でさえも、笑っているように思われるのが不本意だ。と笑っているとしか見えない顔で言っていた。


 ある日、僕は山中くんと一緒に電車に乗っていた。それほど混んでいない昼下がり、幼稚園程度だろうか、小さな子供と母親が乗ってきた。初めて電車に乗ったのか、子供ははしゃいでいた。嬉しそうに駆け回ると座席にジャンプして座ろうとした。


 母親がもう少し注意していれば良かった。手を繋いでいれば問題にならなかった。けれども、自由にされていた子供は電車が発進すると同時に、バランスを崩した。横に座っていた不機嫌そうな中年男性に倒れ込んで肘で大事なところを打ち付けたのだ。


 その時に謝れば何事も起きなかっただろう。だが、子供も母親も無視をしようとしたのが悪かった。中年男性は烈火のごとく怒りだし、その母親に詰め寄った。僕も中年男性には共感できた。


 悪いのは子供であるし、保護者責任では母親になる。文句を受けても傍若無人な態度を取る母親に、暴力がふるわれる。避けられそうになかったその時、山中くんが両者の間に立った。


「君たち、このお兄さんに謝りなさい」


 山中くんが言うと、子供と母親はキョトンとしてから、素直に中年男性にごめんなさいと頭を下げた。中年男性は山中くんを一瞬だけ睨みつけたが、ふん。と鼻を鳴らすと無表情に戻り地蔵になった。


 ありきたりな小さい出来事。


 僕は山中くんに大きくなるかもしれない出来事を小さくする能力があるんだと思っている。

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