第2話 純血竜神

「ちゃっちゃと地上に帰ろうか。スリリングな体験の全容はそこでゆっくり聞こうと思う。セーフゾーンじゃないしね。ここ。」

「え?そんな所なんですかここ?危なっ。」


雑にカティナちゃんがバックに短刀と水晶を押し込んで私に押し付けてくる。


「さぁ、お手をどうぞ。お嬢さん。」


カティナちゃんが王子様のように手を差し出してくるので、その手を受け取る。

私より背の低いカティナちゃんは上目遣いで私を見上げて笑う。

王子様というより、王子役をしているお嬢様の様だ。


「これはちょっと違うかも?」

「そうなの?お兄ちゃんが女の子誘うときこうしてたから。そうなのかと。」


お兄ちゃんの真似をしたのかな?竜種は身分が高いから……でもなんで高貴な身分の人がダンジョンに?力試しにしてはおかしい気がする。


「転移魔法を使うよ。」


カティナちゃんが歌を歌うように声を響かせると私達の体が光をまとって一瞬で辺りが真っ白になる。

眩しくて目を閉じる。少しの浮遊感を感じて慌てて目を開けると、そこは宮殿のような室内だった。

突き進んでいくカティナちゃんの後を追いかけていくと、突き当りの角から一匹のオオトカゲが姿を表した。

およそ1メートルほどの大きさのそのオオトカゲは嬉しそうにドタドタとカティナちゃんめがけて一直線に近寄ってくる。その途中に私を見つけたのか、ギョロっとした目で私を見つめてから首を傾げる姿は少し怖いな。

しっぽが長くてまるでカナチョロみたいなしっぽをしている。


「久しぶりだな。ラーグ。

うつは、こいつはギルドで飼育しているトカゲの変種。成体だがしっぽが青い。」


ラーグはカティナちゃんによじ登ってみたり、足に絡みついたりしたあと、満足したのかドタドタと走り去ってしまった。

私の方には一切来てもらえなかっあのが少し残念。

 

「とりあえず風呂に入るべき。乾かしたとはいえ人間はやっぱり暖かいお風呂のほうがいいと思う。」


こっちだよ!と言い、私の手をグイグイと引っ張っていくカティナちゃん。

ここは家と呼ぶには広く、豪奢な作りをした屋敷のよう。時折使用人さんとすれ違う。

その誰しもが混血竜神と呼ばれる種族でとても緊張する。混血竜神はそのすべての人が貴族階級で、私より身分は遥かに高い人達だ。

孤児の私がこんな所に居るなんて。なんて奇跡だろう?


「ここがお風呂。服とかいろいろ用意させるから。」

「ありがとうございます。」

「あぁ、それとクリスタルを短刀に加工させてもらってもいいかな?」

「はい。」

「うんうん。上がったら誰かを寄越しておくからさ。またね。」


ナイフとクリスタルをて渡すと嬉しそうに早歩きでカティナちゃんは歩いていく。

瞬きしてしまったらもう目が追いつけない程で、すぐにその姿は見えなくなる。

カティナちゃんの言うとおり、お風呂に早く入ったほうがいいだろう。

ダンジョンではあまり目立たないが、豪奢な屋敷では不相応な、汚れが目立つ格好をしている。

脱衣所に入ると、もうそこは孤児院の風呂の広さがある。

メイクスペース、数台のドライヤー。

浴槽の方はガラス張りで、その広さがひと目でわかった。


「うつは様。お手伝いさせていただきます。」

「!」


浴槽に見惚れていると一人の女の人がすっと、入ってきた。

お人形のように美しく可憐な顔立ち。

立ち姿や服越しに見える肢体からすべて【完成された】美しさを感じさせる。

まるで名工の作り上げた傑作の球体関節人形のような人だ。

乱を知らないはちみつ色の髪。くすみやシミが一切ない陶器の様な肌。

紅玉のような美しい瞳を縁取る長いまつげ。

恐ろしいほどの美貌の彼女は私を値踏みするかのようにつま先から頭を一回ぐっと見た。


「私メリーアと申します。」


人形の様に美しい彼女はメリーアと名乗った。

話しかけられなければゴーレムや機械人形かと思ってしまいそうだ。

彼女はなれた手付きでお風呂に誘導していく。自然と服を脱ぐ手伝いをして、脱いだ服を片付ける。

そして連れてこられたのはシャワーの真下だ。

ふわっ。と果実の様な匂いがすると、メリーアさんは私の頭を洗い始めた。

孤児院とは違い、石鹸の匂いではなくベリーの匂いに包まれていく。

物がいいからなのか、メリーアさんが上手いからなのかはわからないけれども、シャンプーだけで髪の毛が相当潤っているように感じた。

櫛でしか整えていない髪はボサボサで絡んでいたりしているはずなのにすんなりと彼女の手によってほぐされて洗い流されていく。

それからコンディショナーを揉むように馴染ませ、洗い流す。

濡れているからかもしれないけれど、普段のお風呂とは比べ物にならないぐらい艶が出ていた。そして何よりいい匂いがする。

次にメリーアさんはスポンジのような物を取り出す。ボディーソープらしきものをそのスポンジにたらして、私の体を洗い始めた。

誰かに体を洗ってもらうなんて久しぶりだ。

孤児院では髪の毛をやってもらったことはあるが、体は自分でやっていた。だからすこし恥ずかしい。


「人に洗ってもらうのは初めてですか?」

「え?まぁ。はい。」

「ふふ、そのうちなれますわ。あと…でもなんで侍女を2人付けさせていただきます。何かあれば、あとで紹介する2人にお申し付けくださいませ。」


お風呂から上がると、黄色い肩出しのワンピースを着せられた。

そして髪を乾かしてから軽く化粧をする。


「荷物は部屋に置かせてもらいましたわ。そろそろ時間ですのでこのまま夕食にいたしましょう。ささ、こちらです。」


私の見慣れたマゼンタ色の髪の毛は毛先を内側に巻いていて、歩くたびにふわふわと動いてとても気持ちがいい。

流されるようについていけば、またまた広い食堂。そこにカティナちゃんが先に座って待っている。

私はカティナちゃんの反対側に案内されて、着席すると、どんどん料理が運ばれてきた。

ハンバーグにポテトサラダ。野菜スープにフォカッチャというパン。

出来立てらしくいい匂いが香ってきた。

カティナちゃんは「いただきます。」とつぶやいてから自由に食べ始めたのでテーブルマナーなどないのだろう。フォカッチャを口いっぱいに頬張っていながらも、野菜スープを押し込んでもぐもぐと元気に食べている。

とりあえず野菜スープを一口たべてみる。

美味しい。


「凄く美味しい!」

「ふん!」


ニコニコしながら,口いっぱいのフォカッチャを頬張るカティナちゃんは、口の中の物を飲み込むと、誇らしげに笑う。


「王宮とほぼ同じものが揃えられているからな。ここで修行して王宮に行ったり、引退して育成のために下ってくるものが居るから。このプチトマトだけは王宮とは違って自家栽培なのさ。当たり外れがすごいぞ。」


ポテトサラダの頂点に添えられた真っ赤なプチトマトのへたをとって口に入れたカティナちゃんは、すぐにキュッとすっぱそうに顔を歪める。

私も口に入れてみたけど、甘い。

たまたま甘かったのか、カティナちゃんが子ども舌な為なのかはわからないけど、孤児院で育てたものより格別に物がいい。

私だけ、こんな豪華な食べ物を食べてなんか申し訳ないな。


「カティナ様。またそのように。ダンジョン内でもましてや未成年でもないのですから、口いっぱいに頬張るのはおやめなさい。」

「メリーア、舌全体で味わいたいから仕方ないじゃん。せっかく美味しいご飯なのにマナーとかで緊張したくないしぃ。」

「成人してたんですか?カティナさん。」

「え?そうだよ?」


・・


食事を終えてから自室となる部屋に案内された。カティナさんが成人済みだったとは思いもよらなかったけれど。

案内されたのは大きな部屋だった。落ち着いていて品のある部屋。

家具がそれとなく揃っているリビング。

ベッドルーム、ウォークインクローゼット。

クローゼットの中に私が使っているカバンがキレイになって置かれていた。

お母さんの唯一の形見。

私の故郷の町に下りて初めて作ったカバンで、物に頓着がなかった母が何よりも大事にしていたものだ。

リビングにカバンを持っていくと、窓が気になった。

薄暗く見にくいけれど、どこかで見たことのあるその庭。

低木でこちらからは見えるが向こうからは見えないその作り。

木の向こうは大きな道路となっていてそこにはクタクタになりながらも笑っている同ギルドの冒険者たちが見える。


私の所属するギルド本部の外観は城のようなもので、ギルド長やその親族、そしてギルド職員の混血竜神が暮らしているとされていて、館のごくごく一部をギルドとして開放している………ここ?


え?ここギルド?

そりやぁ、出会う使用人さんたちのイケメン&美女度の意味がわかる。

みーんな混血竜神ってことも理解できる。


「うつは様。」


思考をめぐらしていたときに、ふと声が聞こえる。

話しかけてきたのはメリーアさんだ。

メリーアさんの後ろにあのときのギルド職員さん。たしかミラさんといったか。

改めてミラさんを見ると、カティナさんにそっくりだ。

まるでカティナさんの男の人バージョンのよう。


「改めましてミラ=レティルです。カティナ様の身の回りのお世話と派閥の担当官をしている者です。」

「あ。はい。」

「ギルドの登録にあって、検査及び身元調査の結果、貴方は半純血竜神と言う種族だと判明いたしました。」

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