恋とかしてんじゃねェよ!

会伊 炉綿

梅雨、五分で読めるミステリー

「こんな天気に肝試しって、意外と怖いね……」

「大丈夫だよ、俺ら以外には誰もいないって、安心しろよ」

篠突く雨がざあざあと降っている森の中、ぼうっと光る灯りがおもむろに進む。懐中電灯よりもランプの方が安全に周りを照らせるだろう、という部長の方針は正解だったらしい。脅かす側のこちらも非常に脅かす対象が見つけやすい。

ゾンビの格好をした脅かし役の僕は、獣道脇の草むらから、彼らを驚かすタイミングを見計らっていた。

草むらで視界が遮られていて、かつ薄暗いため、イマイチ顔は見えないが、順番的に最初の、会長と北野先輩だろう。おそらく、身長が高く青いシャツを着た男が北野先輩で、対照的に、身長が低く白いワンピースの女性が会長だろう。

こいつらは付き合っていて、常日頃からイチャコラしている。それに我々会員は日々フラストレーションを溜めている。こいつらへのイライラのためにボクシングサークルに入ってサンドバックをボコボコにしている奴までいる。

先輩権限でペアを勝手に作ったのでこのカップルは当然のように二人で行脚している。なんとけしからんことである。権力濫用許すまじ。圧政許すまじ。

だが逆に考えるならば、普段、年長者にはできない報復の機会である。二人が驚いて逃げていく様を見たらば、この溜まっている鬱憤はすっと心地よく解消されるかもしれない。

そんなわけで、この肝試し企画は絶好の報復の機会である。これを逃したらあの二人は再び年上権限に守られる。そうなったらば、果たしてこんな機会は現れるだろうか。そう、これは決して逃してはならない好機なのだ。

道端に咲く紫陽花の裏で僕はほくそ笑む。

「……こんな梅雨にわざわざ屋外で、と思ったけど、流石、北野先輩だ。意外と良いシチェーションじゃん」

梅雨の雨音は大きい。コソコソと草陰に忍ぶ脅かし役の物音程度ならばかき消してくれる。多少の独り言なら聞こえやしない。

驚かすタイミングを計りながらそっと二人の横の草むらを進む。滂沱たる雨が僕を打つが気にしない。

僕が今考えるべきは、どのようにこの色ボケ学生二人をシバき倒すか、ただその方法だけである。

二人の肝試しルートの進みは緩慢で、まだ驚かすには早いと見える。

きっともう少しでそのタイミングは来る。お化け屋敷マニアの僕の勘がそう言っている。

オカルト好きがこうじて、お化け屋敷研究会に入ってこの方、裏方で脅かしギミック作成に励んでいた僕だが、こういった驚かし役も嫌いではない。十分に楽しませてもらう。

我がお化け屋敷研究会は、その名の通りお化け屋敷の内側を研究する会である。

当然、お化け屋敷は室内であり、その研究をするのにこんな山奥に来る必要は無い。

なぜこんな夜中に、こんな悪天候の中、こんな森の奥に来なければならなかったのか。

それもこれも、数週間前に、会長と青春がしたくてたまらぬと見える北野先輩が発案したのが原因である。

そこにはこんなやりとりがあった。以下回想。

「梅雨だからって、なんもやらないのはなんとなく寂しいね。わたし、なんかやりたいなぁ」

「おい。なんかやるならほら、肝試しやろうぜ、ミキ」

「ねぇ!みんなの前では会長って呼んでっていったじゃん!」

「おっとごめんごめん、そう怒るなって」

「怒ってないよ、もう。すぐ意地悪するだから……」

「怒ってんじゃん。そんなにプリプリ怒ってたら幽霊も逃げ出すぞ?うりうりー」

確かここで北野先輩が部長の頰をぐりぐり突いた。殺意を抑えるのに精一杯で当時のことはよく覚えていない。

「だから!そう言うの恥ずかしいからやめてって!」

虚無の瞳でそのやりとりを見ていた我々だったが、もう限界がきて握りしめた拳から血をにじませる輩がいたので僕はそっと手を挙げた。

「すいません。もう肝試しでもなんでもいいのでさっさと決めましょう。これ以上続けられると僕らの体が持ちません」

……そんなわけで、胃もたれ案件の末に決まった今回の肝試し。

二件と数こそ少ないが、ここも悲しい事件があった現場だそうで、大学からもっとも近い心霊スポットとして多くの学生から愛されている。

「……やっぱり暗いね」

「暗くなきゃ困るだろ?雰囲気がなくなっちまう」

「雰囲気はあるけど……」

「雨があると、視界が悪くなって怖さが増す。加えて、足元に注意しないといけないから不意を突かれやすく驚きやすくなる。どうだ?研究してるだろ?」

「すごい、ちゃんと考えてたんだね」

なるほど、確かに雨は驚かしに最適かもしれない。

北野先輩はこの肝試しをイチャつくためだけのイベントだと考えているのだと思っていたが、流石に多少の理性は残っていたようだ。なかなか鋭い視点である。

実際、雨の音をお化け屋敷で流すのは有効かもしれない。雨音は自然なものであるので、館内で不気味なBGMを直接流すほど雰囲気を削がないし、生々しい裏側の準備音が聞こえなくなるので、悪くないかもしれない。これから開催する予定のお化け屋敷イベントにて雨音は試す価値があることが分かった。

雨だから外に出られない、と腐らずに肝試しでもなんでもやってみるものだ。意外なところに発見はあるものである。

「……大体なんで肝試しなんか……。私達、いつもは脅かす側だよね?」

「いやいや、脅かす側だからこそ、驚かされる側に立つのが大事なんだよ。……こんなふうにな!」

北野先輩が会長の反対側の肩をトン、と叩いた。

「ひゃっ!もう、やめてよ!」

なんだコイツら。驚かされる側に立つつもり本当にあるのか。

「ちょっと、ちゃんと集中してよ。これは脅かすための研究活動なんだよ!」

「ちゃんと研究してるぜ。これをして今、わかった事がある」

「え、ほんと?」

「ああ、本当さ。それはな、驚いた時のお前は可愛いって事だよ」

「……もう……すぐからかうんだから」

「……フゥーッ……!フゥーッ……!」

……もう限界だ……。流石の僕もフラストレーションが抑えきれなくなってきた。もう機会とか伺ってる場合じゃない。

そうと決めた僕の行動は早い。

僕は勢いよく二人の後ろに飛び出して叫んだ。極めて古典的な方法だが、それゆえ効果的な方法である。

「オイコラ貴様らあっ!ここはデートスポットじゃねぇんだぞォッ!」

効果はてきめんであった。二人は驚愕のあまり声を出して逃げ出した。

「うおわぁっ!なんだ!?ヤベェ、逃げろッ!」

「ひゃぁっ!もう嫌っ!」

奏功したようで、傘を放り出し、二人の影は奥の野に消えていった。うまく決まった。

くくく、と思わず勝利の笑みが漏れる。

「あー、本当。本当に……愉快だ。……くくっ、最高」

今日、参加して本当に良かった。これが体験したくて僕はこの道中、二人の胃もたれトークに付き合ったのだ。我慢してきた物事ほど解放された時の快感はひとしおだ。あぁ、本当に気持ちがいい……。

ざぁざぁと鳴り続ける雨音に紛れ、どさっ、と後ろで傘が落ちる音が聞こえた。さっきどちらかが放り出した傘だろう。あれも研究会のものだし、僕が回収しといてやるか。

そう考えて後ろを向くと、

「え?」

傘を落として、ランプをぼんやりと光らせる北野先輩と部長がいた。おかしいぞ。二人はさっき驚いて奥の方に走っていったはずだ。

「何……?今の人影……」

「なんか……足がない二人が消えて……」

目の前にいるのはまごう事なく、会長と北野先輩だ。この距離ならはっきりとわかる。

「え……でも、僕は今二人を脅かして……」

会長と北野先輩は一番最初に向かう組み合わせだったはずである。彼らよりも先に行った人間はいないはずだ。なら、僕が脅かしたのは一体誰だ?

僕は彼らが話してたことを思い出していく。考えてみれば、おかしかったかもしれない。

脅かし役がいる事を知っていたら、「俺ら以外には誰もいない」などとは言えないだろう。

いや、そもそも彼らはランプなんて持っていたか?ランプというのは、多少の距離でも照らせるほどには明るいはずで、あんなにぼんやりとは光らない。なんというか、あれはまるでランプではなく……火の玉、のような……。

まさか……。

「……嘘だろ、じゃあ俺が脅かしたのって……」

ここでは嘗て二件の殺人事件があった。男と女、それぞれ一人死んだ。それではあれは、あの二人は。

僕は二人のやりとりを思い出す。人を恐怖でヒヤッとさせる立場の二人の、あまりにもアツアツな会話を思い出す。

驚かす役目で、実際に彼らを脅かした僕は、ここにきてどうしようもない恐怖と、配偶者のいない悔しさ虚しさを覚えた。寒くもないのに震え、鳥肌が立つ。あと腹も立った。

悔しいのか怖いのか、わけが分からなくなってきた。

そうして、気が動転した僕は思いのままに雨雲に向かって叫んだ。

全く、本当に、ふざけやがって、

「幽霊のくせに、恋とかしてんじゃねェよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋とかしてんじゃねェよ! 会伊 炉綿 @Riisan1229

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ