第6話 リ・バース・デイ 天鎧機甲『薄金』④
『あれ』は、殺さねばならぬ。
「う、お、お……」
薄暗い路地裏で、
全身が、苦痛で満ちる。人型をしたこの姿が、憎い。
「薄金……」
寝そべった状態で、つぶやく。思い起こすのは、白い姿をした鋼鉄のサムライ。
わずか一撃で思い知らされたのは、神と呼ばれた種族をはるかに凌駕するその戦闘能力。
だが、白い鋼鉄から感じたのは、人間の息吹。
あれが、ヒトであるという、おぞましさ。
人間を、本気にさせてはならない。それが皇帝の言葉だった。女神どもを排除すると、人間が牙を剥く。
愚かで脆弱な人間に、なにが出来るかと思っていたが、半身を吹き飛ばされ、両腕を失い、理解する。
「やはり陛下は、聡明であられる」
空から、ふわりと桜の花びらが舞い落ちてくる。苛立ち、手を伸ばし、落ちてくる花びらを何枚か焼いた。
「大丈夫……ですか?」
「
「トゥハナー」
「敵も助ける、か。いい気なものだ。このまま、貴様を殺しても良いのだぞ」
「それでも、あなた達も助けるのが、トリノさんの願いなんです。みんな一緒に帰らないと、意味がないって、そう言ってたんです」
「
「でも……」
「消え失せろ」
この場で、殺しても良かった。しかし、その騒ぎを聞きつけて薄金がやってくるかもしれない。先程戦った場所とは、さほど離れていなかった。今度戦えば、間違いなくなぶり殺しになる。
「帰ったら良いじゃないですか……戻ったら……。痛いだけなのに、不幸になるだけなのに、どうして戦ったりするんですか」
「祝福されているおまえに、
「わかりません……わからないです。どうしてそんなに、争うんですか」
「自分の居場所があって、それを守ることは、他のすべてを犠牲にする価値があると、教えられたのだ。陛下がおっしゃったそれを、私は正しいと思っている」
「……! 陛下、って……まさか……」
「失せろ。もう、おまえなど敵ではない」
あれは、倒さなければならぬ。目の裏に焼き付いた、白い鎧の幻影。刺し違えて、届くか。
気を失った新宮鉄心の体が、オスプレイから降ろされ、すぐ担架に載せられる。顔の、ひどい火傷の跡さえなければ、若い少年のそれだ。
「本岡中佐! 大丈夫なのですか、この少年は?」
「大したことはねぇよ。寝かせときゃそのうち目を覚ますが、やれる検査はやっといてくれ」
「はい」
「俺はグラントに会う。後は頼んだ」
鉄心は、戦闘後に気を失った。呼吸困難そのものはすぐにおさまったが、薄金の消耗に耐えられなかったのだろう。
引き渡した医務の人間は動揺していたが、源一郎はそれほどの大事とは思っていなかった。疲れで、眠ったようなものなのだ。
USF日本基地は、東京都晴海よりさらに南にある、2キロ四方程度の人工島に作られている。東京湾の洋上は、相変わらず風が強く、冬などは拷問に変わるが、源一郎はこの立地が嫌いではなかった。
基地は人が忙しく動いていた。混乱しているわけではない。ハザード出現後は、いつもこんなものだ。一部部隊は、戦闘後の後始末を現場に残ってやっているはずだった。
オスプレイから降ると、すぐに源一郎は司令室へ向かった。
「おう、戻ったか源一郎」
無数のモニタと、いくつもの通信が飛び交う司令室で、USF日本支部長のグラント・コールマンは優雅にグラスを傾けていた。黒人と白人の、ハーフであるこの男には奇妙な気品があって、それがなんとなく似合っている。
「なに呑んでるんだグラント」
「めでたいからだ。安心しなさい。中身はぶどうジュースだ」
「そうかよ。ところで、警視庁からはなにか言ってきてるか?」
「もちろんおかんむりだ。事前の通知も無しに、あんな兵器を町中で使うとはどういうつもりだと言ってきている」
「はっ、どういうつもりもなにも、USFの義務を遂行しただけだってのに」
「無論、
「まぁ、俺もちょっと先走ったのは認める。準備不足のひどい戦いだった」
「テッシン=シングウ、16歳か」
グラントが、ぶどうジュースを一気に飲み干す。アメリカ陸軍出身にしては、細身な体だ。弛緩とは、無縁だが、銃を持っての戦いを得手とはしない。
ただ、それを言ったところで恥はしないだろう。現代の指揮官は、優秀な官僚であることを求められる。そのことを、よく知っている男だ。
「戦闘の映像は見たか?」
「リアルタイムでな。
USFは、多国籍組織である。そして、実戦部隊にはよりすぐりのプロを集めている。グラントの言葉は、率直な感想だろう。
「違いない」
「源一郎。どうだ、我らがアイアンマンは?」
「薄金使った反動で寝てる。後遺症の心配は無いと思う」
「そうか。無事でなによりだ。しかしこれからに不安は残るな」
「どっちにしても、あいつしか居ねぇんだ。それに俺は良いんだぜ。薄金使うのは、今でも反対だ。重火器の許可取って、ドンパチしたほうがまだ健全だよ」
「なにが健全だ。重火器は使えず、死人も出せない。取れる選択肢は、薄金の出動だけとはな」
「じゃあ愚痴るなよグラント。16の汚いツラしたガキと、心中する覚悟を決めな」
思いっきり、皮肉な笑いを突きつけてやる。
司令室も喧騒が続いている。警察を始めとした官僚組織はもちろん、マスコミも騒ぎ出したようだ。USFへの風当たりは依然として強い。戦いそのものよりも、いつも事後処理のほうが厄介だった。
そういうしがらみのないラ・デエースを、羨ましく思ったりもする。
「薄金がUSFの所属だと、正式発表しなければならんな。落ち着いたら、記者会見の準備だ。正体不明のターミネーターにしておけん」
「グラント、そのことだが。薄金は試作段階だということで発表してもらえないか。正式な運用にはいくつかクリアすべき問題があると」
「どういう意味だ、源一郎?」
「今回は、なし崩しで戦った」
「それは今更だろう。彼は、薄金になった時点で、もう後戻りはできないはずだ」
「俺も訓練段階では問題ないと思ってた。今日まではな」
グラントが、少し考え込むように腕を組んだ。
「つまり、今日、実際に戦闘して無視できない懸念材料が出たということか? 適正に関して」
「そんなこと言ったら、アイツは懸念材料だらけだ」
「はぐらかすな。どうなんだ?」
「これは、個人的な引っ掛かりだ。とにかく、預けてくれないか」
「振り回してくれる。……今回だけだ」
「助かるよ」
「しかし、君の不安がよくわかった。彼が上手くダンスを踊れるようになるまで、さてどれぐらいかかるか」
グラントの視線の先にあるモニタに、先程までの鉄心の戦いが写っている。幼稚園児のお遊戯のほうが、まだましと思うような、稚拙な戦い方だった。
「グラント。一個だけ良いか」
「なんだ?」
「作戦の主目的である
「……」
「結果だけ見りゃ、ま、80点ぐらいはくれてやるな、俺なら」
「ほう……。君がそんなことを言うのか。どういう心変わりだ?」グラントが、にやりと笑う「あれほど薄金の配備には気乗りしていなかたっというのに」
「フン……」
「面白い。だが、80点は甘い採点だ。10年前の君とは比べようもない。初めて私が見た薄金の戦いは、マイケル・ジャクソンのように鮮やかで美しかった。その再来を、私は期待している」
「10年前の俺だと?」源一郎は、自分の表情筋が皮肉な笑顔を作るのを感じた「そんなものが必要か、USFに? ここは規律と統率を重んじるプロ集団だろう?」
「そう、自分を卑下するんじゃない、源一郎」
グラントが、持っていたジュースのグラスを置いた。案外、中身は本当にワインかもしれない。この、浅黒い肌の大佐殿は、勤務中の飲酒ぐらいは平然とやる。そういうグラント・コールマンだからこそ、本岡源一郎の友人でいられる。
どちらかといえば、自分のほうが友人関係に甘えていると源一郎は思った。名目上は軍隊ではないといえ、USFには厳然と階級がある。自分の態度は、本来上官に対するものではないだろう。
「源一郎、どっちにしても後戻りは出来ないぞ。もう女神様に祈るわけにはいかない。どれだけ未熟でも、あの16歳の少年には、きちんとヒーローになってもらわなければならん。それがUSFの決定だ」
「わかってる。俺だって、覚悟を決めてるよ」
「……ほんわッ! オレは天下人になりたい! ……ん、あれ……ここどこ」
半分眠ったままの頭で、新宮鉄心は周囲を見回した。個室の、病室。目の前には、人相の悪いインテリが座っている。
「ひどい寝言だな」
「なんでインテリヤクザがここに、組長でも撃たれたんすか……あだだ……やめて、やめて、首、首もげる」
「眠気は飛んだかよ、馬鹿」
目を覚ます。ひどい筋肉痛が、鉄心の全身にのし掛かる。思わず、顔をしかめた。
目の前にいる、本岡源一郎の顔はどこか憂鬱そうだった。いつものスーツ姿ではなく、USFの白い制服をきちんと着用していた。階級章も胸につけている。
USFは、軍隊ではないが、便宜上軍隊と同様の階級を導入していると聞いたことがある。源一郎の階級は、中佐のようだった。そこまで詳しくないが、多分、それなりに偉いのだろう。
「じゃあ、返せ鉄心」
「なにをッスか?」
「とぼけるな。おまえの腕の時計だ。……なんだ、その、くれるんじゃなかったのかっていう顔は」
鉄心は、両手首を見つめた。右には秒針だけが。左には日付がデジタルで浮かんでいる。画面はドーム型に盛り上がっていて、あまり見ないデザインだった。本来の時計としての用途をなさないそれが、新宮鉄心を、薄金という鋼鉄の戦士に変えた。
バンドに手をかけると、あっさり外れた。それを源一郎に渡す。
「ヒーローやってみた感想はどうだ、鉄心?」
「や……なんか余裕なくて……夢中でした」
戦った。戦闘の余熱が、まだ両手に残っている。
同時に頭に思い浮かぶ。
「そうか。これから、精密検査を一通り受けろ。それが終わったら帰っていいぞ。もちろん、薄金はやUSFのことは誰にも話すな」
「ん? 帰るんスか?」
「USFで寝泊まりでもするつもりか?」
「聞きたいことが山程あるんスけど。薄金のこととか」
「駄目だ」
源一郎のはっきりした語気は、それ以上の質問を拒んでいた。
「あの、オレ、また薄金になってハザードどもと戦うんじゃないんですか? いきなり戦って、説明無しでほっぽり出すのは冷たくないですかね?」
それでも、すがりつくように食い下がった。
「少しだけ質問に答えてやる。薄金は俺の私物で、本岡源一郎はUSFの中佐だ。USFで無い人間に貸し出したのは、緊急事態だったからだ。もう一度、やれとは言わねぇよ」
「んな……どうしてッスか? いろいろしごいてくれたの、オレをヒーローにするためじゃなかったんですか?」
「USFの活動理念を知ってるか?」
「え、えっと……確か……『人類の敵に対する防衛行動』でしたっけか」
USFの本部はアメリカにある。日本支部が設立された際、テレビやネットで色々と特集が組まれた。最新技術を惜しみなく注ぎ込んだボディアーマーや、今日乗ってきた専用のオスプレイなど、大戦のない現代では過剰投資ではないかと思えるほどの軍備を備えた、世界最強の組織。隊員はUSF加盟国から精鋭が集められ、小国ならで中隊で制圧できるとも噂されるほどの実力があると言われた。
そんなUSFが標榜するのが、『人類の敵に対する防衛行動』だった。
「そうだ。USFは国家の軍隊とは戦わない。だからと言って、テロの殲滅作戦を行うわけでもない。USFの敵は、定義が曖昧な『人類の敵』だ」
「それと、オレを仲間外れにすることと、なにか関係があるんスか? ハザード野郎が人類の敵なら、オレは喜んで戦いますよ。USFにも是非入れて欲しいッスね」
「少し話を聞け。じゃあ、そもそも人類の敵ってなんだ?」
「え……と。ハザードみたいな、人間じゃない化け物ってことじゃ……無いんスかね? ほら、それになんか時々、街に出てきた熊の退治とかしてたじゃないっすか。人間以外の生き物から人間を守る、みたいな……」
「鉄心。USFに入るとか抜かす前に、USFを理解しろ。USFは30の加盟国からなる超国家団体で、その正確な存在意義は、提携国の平和に対し、著しい危機をもたらすような存在を排除することだ」
眠たくなるようなニュースで、解説していたことを思い出す。アメリカが主導し、日本、ドイツ、オーストラリア、イスラエル、ベトナム、コロンビア……といった国家が共同して作り上げた一大組織がUSFであると。大国では、イギリス、フランス、中国、ロシア、インドは加盟していない。
USFは加盟国に対し、その能力を脅威に応じて貸与するのだという。最近だと、南アフリカでエボラウイルスによるパンデミックが起きかけた際、迅速にそれを収束させたことでも知られる。
「なんか……聞いたことあります。平和の防衛がその設立理念だとかナントカ。で、いま日本は大変だから、特にUSFは力を入れてるんスよね。ハザード野郎をぶっ倒すために」
「ハザードだけが問題だと思うか?」
「ん? あいつらが居るからUSFが頑張ってるんじゃないっすか?」
言うと、源一郎が、大きくため息をついた。
「ハザード、ならびに、『ラ・デエース』への対策が、日本におけるUSFの主任務だ」
「え……」
「おまえ、女神様と戦えんのかよ」
「いや……いやいや、待ってくださいよ。戦う必要がどこにあるんスか? 仲良くしたらいいじゃないですか。おかしいでしょ! 人間守ってくれてんのが、ラ・デエースじゃないスか!」
「非公表の情報だが、USFは一度ラ・デエースと交戦している」
「え……」
「死人は出てないがな。おまえは本気で、意味不明な魔法をぶっ放しているあの3人組が、人間にはそれを向けないと思ってたのか?」
「でも、さっきはオレを
「抑止力だ。一人でも生き残ってたほうが、ハザードより。優先度の、問題だ」
「……なんで……USFは戦ったんスか? ラ・デエースと……」
「日本の平和を明確に脅かす行動を取ったがゆえの、交戦だ。USFの人間じゃない、おまえにはこれ以上教えられない。正当性はUSF側にあったとだけ言っておく。ここまで説明してやったのは、大サービスだ」源一郎が、立ち上がった。清浄な病室の空気が、少し揺れた「USFに入ったら、ラ・デエースと戦うんだぞ。その覚悟があるのかよ、おまえに。……とにかく、今日は帰れ」
源一郎が部屋を出て行く。一人残された病室は、耳鳴りがしそうなほど静かだった。
「マジ、か……」
鉄心は、ベッドに体を横たえた。
目を閉じると、ラ・デエースの3人が、自分を助けてくれたあの日を思い出す。あの、優しい笑顔。気高い姿。全身が、まるできらきらと輝いていた。
あの日、強烈な憧れが生まれた。もしもあの3人と同じ場所に立って、肩を並べることが出来たなら、死んでも構わないと、思った。薄金にこの身を変えることで、それが現実のものになるかと思った。
犯罪者やテロリストなら、殺せる気はする。ハザードだって、さっきはためらってしまったが、覚悟さえ決めてしまえば殺せるだろう。だが、あの3人と戦うことなど考えたくもない。
「ン……?」
鉄心の肌着に、薄桃色の花びらが一枚、くっついていた。
花びらを口に入れて、飲み込む。味はしなかった。
自分は、ラ・デエースをどう思っているのだろう。ふと、そう思った。
3人へ恋い焦がれているわけではない。そんな感情があるのなら、あまりにも、無謀で愚かしく、鉄心自身が耐えられない。
ただ、憧れている。傷つけたくはない。笑っていて欲しい。
あの、初めて話したあの日のように在って欲しい。
そして願わくば、その輪の中には入れずとも、せめて彼女たちの視線と、同じ高さに立つことが出来たなら。あの人達の視界に、入ることが出来るのなら。
どんな苦痛にだって耐えられる気がする。
寝転びながら、手をのばす。虚空はなにも掴まない。
アレを装着したら、彼女たちと戦うこともあり得るのか。
「それは……出来ねぇよ……。だって女神様だぜ」
つぶやいて、笑う。
部屋の外から、声がかかった。精密検査をやるようだった。
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