第5話 リ・バース・デイ 天鎧機甲『薄金』③

 もう、駄目かも。


 大砲による砲撃を受けて、吹き飛ばされて見る空は、なんとなく青かった。


「同じ大アルカナ同士であるが、無様だな運命フォルテューヌ。いかに女神といえど、君は鑑賞植物に過ぎないというわけだ」


 ラトゥールが近づいてくる。

 アルカナによるダメージ保護が、減衰している。全身を覆っているバリアの膜が、ほつれかかっていた。あちこちにすり傷が出来ていて、じんじんと痛む。


 泣きそう。泣きたい。涙目になりながら、運命フォルテューヌは立ち上がった。ここで逃げたら、残された人たちは死んでしまうかもしれない。病神ペストの攻撃を完全に癒せるのは、自分しか居ない。


「う……う……」

「惰弱な女神1人、放っておいても良いと陛下はおっしゃった。だがやはりおまえは邪魔を仕掛けてくる。後顧の憂いはここで断つ。おまえさえ居なくなれば、残るは無能な人間どもだけだ。太陽ソレイユ同様、元の姿に封じてくれる」

「や、だ。やだぁ!」

「強情だな」砲撃。また吹き飛ばされる。痛い。痛い「死ぬまでわがまま娘でいるつもりか」

「だって、ここで私が諦めてしまったら、助けられないもん。みんなも、あなたたちも……」


 ラトゥールは、鼻で嗤った。


「死ね。そして、樹木の姿に還れ、運命フォルテューヌ

「あ……う……」


 いくつもの大砲が、周囲を取り囲んだ。思い切り、目を閉じる。怖いな。痛いのは嫌だと、少しだけ思った。


 しかし、いつまで経っても攻撃は来なかった。


「なんだあれは」


 ラトゥールが、まったく違う方向を見上げていた。

 ビルの上。そこに、濃霧が発生していた。


「な、に……?」


 急速に、なにか、が、膨れ上がっている。アルカナ、じゃない。もっとすさまじい力。それが運命フォルテューヌの全身を打つ。


「なにをした、運命フォルテューヌ! なにをんだ!」


 ラトゥールが、叫んだ。大砲が旋回する。霧に狙いを定める。


「だ、駄目……ッ!」

「撃て」


 砲撃が、ビルの屋上に撃ち込まれる。霧が切り裂かれる。しかし、なにかが跳んだ。こちらに向かって。


 白い影が、私と、ラトゥールの前に落ちた。

 冷えた空気が舞い上がる。冷凍庫を開けた時のような、凍った風が広場に吹く。


 そして時間が静止した。


 それ、は、人型だった。顔も、体も、白い鋼鉄に包まれている。

 戦国時代の鎧のような体。時代劇で武将がつけているような、面頬。そして、濃紺のマントをはためかせている。

 右腕だけがクリスタルのように透けていて、機械の骨が見える。機械の眼は、薄緑色に輝いている。

 全身からは、絶えず冷気を発していた。それが、霧の原因だった。


 それは白い、人の姿をしたロボットだった。運命フォルテューヌの目にはそう見えた。


『……マジすか』


 ロボットさんは、自分の右腕を高く掲げ、電子音声でそうつぶやいた。




 USF日本支部の司令室である。周囲には無数のモニターがあり、いくつもの映像が流れている。

 ひときわ巨大なモニタに、駅前広場の映像が映し出されていた。


 優秀なスタッフである、USFの職員が、あろうことか手を止めてモニタへ釘付けになっていた。それも無理はないと、グラント・コールマンは思う。

 ついに、薄金が投入されたのだ。


「さぁみんな。我らがスーパーヒーローの復活だ」


 言うと、グラントは、拍手をした。やがて、スタッフたちが拍手を続ける。作戦が終わっていないにもかかわらず、司令室は万雷の拍手に包まれた。


 グラントは、こっそりデスクに隠しておいた、15年ものの高級ワイン、ドメーヌ・ルロワを取り出す。10年前に買ったこれを開けるのは、今しか無かった。

 グラスに注ぎ、映像に向ける。白き鋼鉄の戦士に、祝杯を。


「久しぶりだな、天鎧機甲『薄金』。君の再誕を、USFは心から歓迎する」




『聞こえるか、鉄心』


 耳の奥で、源一郎の声が響く。


「いや、ちょっ、いやっ、これ!? 俺、なんか機械になってんすけど!」


 吐き出す言葉も、まるで電子音声のようだった。口が動かず、喋っている。


『うるさい』

「一言で切り捨てないでゲンさん!」

『黙れ。いいから聞け。いいか、それは天鎧てんがい機甲きこうの一つ、『薄金うすかね』。わかりやすーく説明してやるなら、仮面ライダーみたいなもんだ』

「えっ、俺、変身しちゃったんすか」

『ヒーローにしてやるって言っただろ』


 USFの部隊員にするとか、そういう話じゃなかった。


 周囲を見回す。鉄心は、病神ペストと名乗る、軍服コスプレ野郎と、傷ついた運命フォルテューヌの間に、ちょうど割り込むような形で立っていた。二人とも、闖入者である自分をどう扱うか戸惑っているようだった。


『細かいことは置いとけ。とにかく今は、その軍服、名前はラトゥール。そいつをぶっ倒せ』

「ぶっ倒せって……」


 とにかくいろいろ理解が追いつかない。

 相手は、女神たち3人が歯が立たなかった化物である。


『いいのか? 目の前のそいつは、おまえの大好きな女神様をいたぶって殺そうとしていた奴だぞ?』

「……」

『そして今のお前は、世界最強のヒーローだ。気合入れろよ鉄心。女神様が見てんぞ』


 振り返る。傷ついた女神が一人。倒れている周りの人々を、守っていた。

 気高い。自身が傷ついてまで、誰かを助けられる彼女の姿は。

 彼女たちの光輝は、多少汚れたところで消えていない。それが少しだけ嬉しかった。


 ありがとう。


 運命フォルテューヌに向かって、頭を下げた。その気高さに対する敬意と、出来なかったあの日の感謝を籠めて。


「後はオレが、代わりに戦います」

「えっ……?」


 照れくさくて小声になってしまった、決意。振り切るように前を向いた。


 それから、軍服男と正対した。


 ガス攻撃を受けて、倒れている人々が、邪魔だった。うかつに動けない。そう思っていると、警官が駆け寄り、手際よく回収していった。

 その間、じっとラトゥールをにらみ据える。お互いに動けないまま、負傷した市民の回収は終わった。これで後顧の憂いがなくなる。


 見回す。周囲を囲んでいる、大砲は10門ほど。軍事兵器には詳しくないが、古い時代のもののような気がする。


「撃てッ!」


 ラトゥールが叫ぶ。

 大砲が唐突に、火を吹き、砲弾が全身を打った。しかし、ゴムボールを軽くぶつけられたような感触しか残らなかった。


「スゲ……効いてねぇ」

「……なんだ、貴様は。機械か? 人間か?」


 敵は、秀麗な顔をした、金髪碧眼の男だった。


「ゲンさん、ラトゥールとかいうのはぶっ殺しちまっていいんすね」

『捕らえるのが理想だが、殺しても罪にはならねぇようにしとくよ。頑張ってみな』


 なんて素敵な状況だ。


「おい、おまえ。よくも俺の女神様をいじめてくれたな。覚悟は、出来てんだろうな」

「75ミリ砲の斉射を受け、なぜ傷一つ無い。アルカナがあるようにも、見えんが。何者だ……?」

「天鎧機甲、薄金。てめぇをぶっ殺しに来た」


 一気に距離を詰めんと、地面を蹴る。軽く跳ねたつもりが、20メートルはジャンプしてしまった。

 体をひねる、立て直す。振り返り、駆けた。


 ラトゥール目掛け、正拳を繰り出そうとする。だがその勢でつんのめり、けそうになる。


 体が、思ったように動かない。全身の細胞がはちきれそうに脈打ち、筋肉が暴走しているかのようだった。

 動いてわかる。これは、自分の体ではなく、超人のそれだ。


「遊んでいるのか?」


 気づくと、ラトゥールが肉薄していた。


「ッ!」


 とっさに突き出した、拳。手が、ガラスを割るような感触を覚える。

 外れた拳。

 しかし、塔を包んでいた、バリアのようなものが、それで砕け散った。


「結界がッ!?」


 当たってはいない。だが、それで相手の血相が変わった。お互いに距離を置く。


「少しはやる気になったかよ、コスプレ野郎」

「薄金とやら……貴様は、なんだ。どこの神だ?」

「神ィ……? はん、単なる正義の、味方だよ」


 鼻で嗤い、駆け出す。

 闇雲に拳や蹴りを繰り出すが、かわされるというより当たらない。外れた回し蹴りが、ガードレールを溶けたバターのように削り取った。

 足を止める。やっと立ち始めた赤ん坊が、唐突に一流アスリートの肉体を手に入れたような皮肉。薄金と呼ばれた新しい肉体は、制御不可のロデオマシーンのように鉄心を振り回す。


『鉄心、足を止めるな』源一郎の、声。『上手く動くことなんて、考えなくていい。出来なくて当たり前だ。とにかく、攻撃しろ』

「押忍」


 確かに、考えてもしょうがなかった。戦いは始まっていて、慣らし運転をしている時間など無い。


「MG08」


 軍服の手が光に包まれ、長大な機関銃が握られた。こちらをそれで狙うかと思いきや、銃口を膝をついている運命フォルテューヌに向けた。


 銃声がする直前に、かろうじて鉄心は運命フォルテューヌの前に立った。繰り出される銃弾を、仁王立ちになって受け止める。


「傷ついている女の子を狙うたァ、いい悪党っぷりじゃないか」

「アルカナを籠めた弾丸でも無傷か、化物め」


 興ざめしたように、軍服が機関銃を投げ捨てる。少しだけその顔には焦りがあった。


「いいな。敵がイケメンってのは」小さくつぶやく「動くなよ、その素敵な顔をクチャっと潰してやるからよ」


 ちらりと、横目で運命フォルテューヌを見た。不安げで、戸惑っている。新宮鉄心は、貴女を守れているだろうか。心の中で話しかける。本当は、敵よりも貴女と、話をしたい。どう声をかけたらいいのか、わからないけども。


 もう一度、距離を詰めようと走る。


「マウザーM1918」


 塔が、ライフル銃を握った。撃たれてもそのまま殴りかかるつもりだったが、また銃口が運命に向けられる。


「卑怯モンがッ!」


 とっさに斜線に入って、銃弾を受ける。よろめくがダメージはない。薄金の白い装甲にも、傷はついていない。しかし、また運命フォルテューヌが狙われるかと思うと、足がすくんだ。


『鉄心。あちらさんはどうやら、おまえの弱点に気づいたな』


 源一郎の、無線が入る。


「俺の弱点?」

『運命ちゃんが銃で撃たれるのを放っておいて、塔を殴れるか?」

「んな、下手すりゃ死んじゃうじゃないっすか」

『そういうこった。ま、あちらさんもなかなか頭が回る。相手さんが気づく前に、パンチの一発でも入れときたかったが、上手くはいかねぇな』

「……」


 会話をしながらも、何度かライフルで撃たれていた。ダメージはないが、傍目からはほとんど一方的にやられている状態に見えるだろう。遠巻きの野次馬の、悲鳴も聞こえる


『ラッキーパンチを期待した俺も甘かった。しゃあねぇ、一発だけ許可する』

「許可?」

『膝をついてやられてるフリをしろ。右手を背中に隠せ。そうだ。それからこうつぶやけ。【短銃】、と』

「た、胆汁……?」

『発音が変だぞ』

「……ッ!」


 突如、右手がなにかを握りしめた。重さは感じないが、紛れもない、銃の感覚。


『狙いは多少アバウトでもいい。ただし、必ず水平より上に撃て』

「……押忍」


 不思議に、緊張はしない。心臓の音も聞こえない。今の新宮鉄心に、心臓があるかさえ、わからないが。


「なぜ、効かん……なぜ死なん……これだけアルカナを籠めて!」


 それまで射撃を続けていた塔が、突如、ライフルを地面に叩きつけた。弾丸の嵐が止む。視界が晴れる。


「くたばりやがれッ!」


 正面に構えた銃は、鉄心の想像よりもはるかに大きな、まるで象でも殺せそうな拳銃だった。

 水平より、上。水平より上。


 構えた瞬間、視界に、照準が表示された。それは正確に、相手の頭部を示し、腕が勝手に狙いを定める。

 光の弾丸。それが渦を巻いて、ラトゥールの右側をかすめた。ほとんど同時に、その軍服ごと、右腕が吹っ飛んだ。


「……ハ……ァッ!?」


 塔が、片膝をつく。吹っ飛んだと思われた右腕は、すでに原型をとどめていなかった。


 弾丸は威力を失うこと無く、そのまま雲すら切り裂いて、空の彼方へ消えていく。


「馬鹿野郎……」


 鉄心は、自分に向かって毒づいた。撃つ寸前に、殺すことを怖がった。照準を外した。


 塔と呼ばれる男を見つめる。右腕はおろか肩まで吹き飛んでいるが、まったく出血していない。ちぎれた身体に、臓器も見当たらなかった。


「薄金……? 天鎧機甲……?」


 ラトゥールが、ふらふらの怪しい足取りで、立ち上がる。余裕を残していた顔が、修羅に変わっていた。


「おいおい……右肩までぶっ飛ばされて、まだやる気かよ」

「薄金……許さんぞ……。貴様を……許さん……」


 ラトゥール、の左手にトランプが2枚、握られていた。


「やめろ。勝負はもうついてんだろうが!」

ハートの女王ラ ダム ドゥ クールダイヤのキングル ホワ ドゥ キャフゥ!」

「……ッ!?」2枚のトランプは無数に分裂したかと思うと、一つは巨大なドラゴンの姿に。もう一つはゲームに出てくる蛇女のような姿になった。どちらも、大型バスぐらいの大きさはある「へっ、まだ遊ばせてくれるってのか」


 ドラゴンが、その伝承、イメージ通りに火を吹く。薄金の装甲から吹き出す冷気が、吹き飛ばされ、炎に巻かれた。しかし熱さは感じない。体には焦げ一つ無い。つくづくこの変身体は、素晴らしい。


「今度こそ……!」


 銃口を向けた。


『撃つな』

「いっ?」


 源一郎に言われ、右手を引っ込める。振り下ろされた鉤爪を、片手で受け止めてはねのける。


『銃を戻せ。手から落とせばいい』銃を手から離すと、それは銀色の液体に変わり、薄金の身体に吸い込まれた。『ところで鉄心、もう薄金には慣れたか?』

「はい?」


 蛇女の尾撃を、受け止め、抱えようとした。しかし薄金の握力が強すぎて、肉をえぐるだけに終わる。


『仮免教習は終わりだ。武器無しで化け物2匹ぐらいは瞬殺してみせろ』


 そう言われても、体のバランスは上手く取れていない。いきなりF1並のスピードで走れる体を手に入れたら、誰だって戸惑うだろう

 ドラゴンと、蛇女が、交互に攻撃を仕掛けてくる。それは打撃だったり、炎だったり、よくわからない怪光線だったりした。かわそうとするが、何発か当たる。すべて効いていないので、もしかしたら避けなくてもいいのかもしれない。


「瞬殺っスか」


 苦く笑って見上げる。吠えあげる竜と、無数の蛇を操る巨女。薄金をまとっていなければ、小便漏らして逃げ出している。


『雑魚だろ?』

「……ッスね。どうすりゃ、いいですか?」


 鉄心は腰を落とし、正拳の構えを取った。

 殴りかかっても当たらない。ただ腕を振り上げ、叩きつける動作。それすら、意のままに狙えない。


 何度めかの打撃が空振り、勢い余って倒れ、空を見上げた。いい天気だった。跳ね起きる。


『いいか。全身の力を抜け。走るな。跳ねるな。移動はすべてウォーキング』

「う、ウス」

『殴ろうとするな。肩甲骨を下げるイメージで、相手をぺちりと平手で叩いてみろ』


 ぺちり……ぺちり、か。

 跳ぼうとする膝を脱力させ、まっすぐに歩いた。化け物たちは意表を突かれたのか、一瞬動きを止める。そのまま、体をひねって右手を振った。友人の、肩を叩く強さで。


 ――――ッ!


 ドラゴンが、悲鳴をあげた。軽く振った右手は、ドラゴンの腹を浅くえぐっていた。なにより、狙ったとおりに体が動いた。


「なるほどねぇ」


 血を吹き出し、竜が下がる。

 化け物たちは体が巨大すぎて、少々えぐったぐらいでは致命傷にならない。だが今ので、鉄心は感覚をつかんだ。歩く。そして、軽く叩く。動作を、連続する。

 ただそれだけで、薄金は暴風になった。


 蛇女が、ドラゴンが、悲鳴をあげ、暴れる。

 えぐり、穿うがち、削り取る。青空に血の雨が降る。化け物でも血液は赤いのか。

 笑う。薄金の、白い装甲が朱に染まる。圧倒的な力を、振るう陶酔。アルコールを知らない鉄心の体が、言いようの無い高揚に包まれる。


 化け物二匹が、逃げようとした。


「逃がすかよ」距離を詰め、その足を折る。2つの巨躯が、鉄心の眼前でのたうち回る。「革でできた財布が、いっぱい作れそうだなァ、おい」


 拳を握りしめる。化け物がどれだけ強いかは知らないが、頭を正拳で潰せば、さすがに死ぬだろう。とどめを刺さんと、近寄った。

「や、やめて……」かしゃりと、なにかが右手に絡みついた。鉄心の右腕に、細い鎖が蛇のように絡みついている。こんなもの。そう思って、軽く腕を振って鎖を引きちぎった「ひゃっ」


 可愛らしい悲鳴がした。振り返る。


「やめて、やめてあげて……。怖いこと、しないで……殺さないで!」


 少し離れた場所で、運命フォルテューヌが転んでいた。


「……ッ」


 鉄心は、追撃する足を止めた。運命フォルテューヌの全身が、返り血に濡れて、その顔は涙に濡れている。唐突に、猛烈な罪悪感が鉄心の胸に落ちた。

 そういえば彼女たちの戦いは、常に清らかだった。相手への攻撃は最小限。魔法の力で弱らせ、拘束し、捕獲して封印する。いま、新宮鉄心がやっているような、強引に力でねじ伏せ命を奪うようなやり方とは程遠い。


「死ねッ!」


 もがき苦しむ怪物の影から、ラトゥールが唐突に飛び出した。その片腕が、戦車砲に変わっている。


「テメェ……ッ」

「これが私のありったけだ、化け物……ッ!」


 化け物に化け物呼ばわりされたくねぇ。

 反応が、一瞬遅れる。薄金の右胸に、砲口が突きつけられる。同時に強烈な衝撃が来た。ゼロ距離の、砲弾。衝撃を受け止めきれず、吹き飛ばされた。


「野郎……ッ!」


 鉄心の全身が軽くしびれる。それでも立ち上がれる。深刻なダメージはない。吹き飛ばされたのは10メートルほどか。こっちを吹き飛ばしてくれたラトゥールは、両腕を失っていた。さっきの攻撃は、ほとんど自爆攻撃に等しかったのだ。それでもこっちを、睨みつけている。


「おの……れ……」


 その場で、ラトゥールが膝をつき、倒れる。


「……チッ、ちょっと尊敬しちまった」


 片腕を失い、それでも攻撃を仕掛け、両腕を失ってなお心折れず。自分に同じことが出来るかと、鉄心は少し考えた。


『鉄心、決まりだ。塔を確保しろ』


 色んな感傷が、源一郎の声で吹き飛んだ。


「化け物の方はどうすんです?」

『こっちで捕獲したいが、準備が足りてねぇ。ラ・デエースに任せる』


 運命フォルテューヌが、よろよろと立ち上がり、泣きじゃくりながら化け物2匹に手を当てる。


 ごめんね


 可愛らしい、そんな声が聴こえた気がした。同時に、化け物が光に包まれ、2枚のトランプになった。

 鉄心がハザードの封印を見るのは、二度目だ。一度目は傍観者として。今回は、制圧者として。女神様がああも泣いているのは、やはり自分のせいなのだろうか。


「ゲンさん、確保のやり方は?」

『両手をあげて、膝をつけ……と言いたいが腕が吹っ飛んでるしな。銃を突きつけて動くな、でいい』

「押忍」倒れているラトゥール。銃を呼び出して、その額に銃口を向けた。「動くんじゃねぇぞ。次は頭を吹っ飛ばす」

「吹っ飛ばすだと? 笑わせる」

「あん?」

「なるほど。貴様は神ではない」ラトゥールは、両腕を失っていながらも、皮肉げに笑った。「おまえは人間だ」

「……」

「銃を撃つ時、殺すつもりでいながら、とっさに狙いを外したな。怯えたか、殺人に。貴様は意志弱く愚かな、ただの人間だ。そして知性と理性が薄弱でありながら、他者を害する力だけは豊富に持つ、まさに人間そのものだ」

「ドヤ顔で電波を口から飛ばしてんじゃねぇよ」


 銃口を塔の口にねじ込む。皮肉げな笑いは消えていない。

 尊敬して損した。撃ってやろうか。鉄心は一瞬、本気でそう考えたが、思いとどまった。確保しろと、源一郎は言ったのだ。


 周囲の野次馬たちが、ざわついている。その半数以上が、携帯で写真や動画を撮影していた。必死の戦いを、SNSにアップしているのかと思うと、意味もなく腹立たしくなってくる。


「あの!」


 可憐な、声に鉄心は振り返った。運命フォルテューヌが、少し怯えた顔で、自分に近づいてくる。


「は、はい」


 鉄心の口から出た声は、なんとも間抜けな色をしていた。


「あの……薄金、さん? あんまり、ひどいことしないであげてください……」

「ひどいこと?」

ラトゥールさんが、かわいそう、です」

「いや……これは……その……、やむにやまれぬ事情がありまして……」


 落ち着かなくなる。どう話せばいいのか、混乱する。


「あなたが戦わなくちゃいけなかったのは、わかってるんです……」

「う、ウス」


「でも……その……この人の傷を、治させてください」


 今度は、はっきりと鉄心を見つめてきた。予想外の、視線の強さに、うろたえる。


「ま、待って。待ってください。こいつはみんなを襲った、ヒドイやつだ。運命フォルテューヌさんだって、もう少しで殺されてたかもしれないッスよ」

「知ってます。でも、治してあげたいんです」

「そりゃあ……いや……」


 言葉に詰まる。状況は、新宮鉄心の手に余った。

 ただ、彼女の、優しさにはなぜか納得していた。そういう人だ。そういう人で無ければ、怪物のような容姿の自分に、慈悲を見せたりなんかしないだろう。


「面白いな、機械の人間。どうする」塔が、笑っている「私を治させるか。それとも、運命フォルテューヌを殺してでも止めるか」

「なんだと……?」

「それは、女神だ。人間ごときの常識で、その意志を曲げられるものか。説得できないのなら、戦うしかあるまい。おまえたち人間が、そうやって歴史を作ってきたように」


 銃を突っ込まれたままだが、ラトゥールは口を動かさず喋っている。運命フォルテューヌはその声に反応したようではない。もしかしたら、鉄心だけに聞こえる声なのかもしれない。


 冗談じゃない。彼女を助けるために戦ったのに。


「ありがとう、助けてくれて。薄金さん、あなたが私の前に降りてきた時、運命を感じました」


 ――――運命。

 彼女が、目の前を通り過ぎる。鉄心が倒した敵を癒やさんと、その両手に魔法を灯す。その美しさと、幻想に、思考が止まった。


『止まれッ 動くなラ・デエースッ!』


 拡声器の声。唐突に、銃声がした。

 威嚇射撃が、運命フォルテューヌの足元をかすめる。


『動くな鉄心。そのまま、そいつに銃口突っ込んでろ』


 腰を浮かしかけた鉄心の動きを、源一郎の通信が制した。


 周囲を見回す。30人ほどの、黒いボディーアーマーとフルフェイスをまとった特殊部隊に、囲まれていた。

 UNIVERSAL SPECIAL FORCE。胸に刻まれた、地球の紋章。USFの正規部隊。


「ゲンさん、なんスかこれ!?」

『見てのとおりだ、バカ』

運命フォルテューヌにひどいことする気じゃないッスよね!?」

『んなわけねぇだろ。ラトゥールを確保するだけで、怪我を治されてたまるかってだけだ』


 薄金にはマイクかなにかがついていて、それが運命フォルテューヌの声を拾ったのだろう。


「銃撃つことないんじゃないスか……」

『勘違いしてんじゃねぇぞ。運命フォルテューヌは、容易に人を殺害できる武力を保持してるんだ。これぐらいの対応は当然だ』

「で、でもですね」

『一連の事件の、実行犯を確保できるチャンスだ。女神に見惚れてるおまえじゃ止められないから、やってやってんだ。もう黙れ』

「うぐっ……」


 USFの隊員がアサルトライフルを構え、慎重にこちらへにじり寄ってくる。


「軍の臭いか、吐き気がするな」軍人のような格好をしているくせに、そんなことを塔は言った「あわよくばおまえが、女神と戦うところが見たかったが、人間。今日はこれで終わりにしてやる」

「……!?」


 さらさらと、塔の体が砂になって崩れてゆく。それは風に巻き上げられ、消えて行った。


『チッ。逃げたか。そう簡単に尻尾つかませねぇか』

「えええええええ……なんすか、これ。こんなんアリですか!? てかあの野郎、遊んでたのかよクソッ!」


 塔は、いつでも逃げられたのだ。だから、あんなふうにからかうようなことを言っていた。

 しかし、USFの隊員にうろたえる様子はなかった。そのまま、運命フォルテューヌを包囲する。


運命フォルテューヌ。ハザード事件の重要参考人として、我々に同行していただきたい」

「え……あの……その……ご、ごめんなさい……」

「同行願いたい」

「ごめんなさい!」


 鉄心がやめろ、と言いかけた次の瞬間に、運命フォルテューヌは軽くステップを踏み、軽やかに空へ飛んだ。

 あの日、鉄心がどれだけ走っても追いつけなかった時と同じように、空の向こうへ消えて行った。


運命フォルテューヌ、協力を拒否して逃亡。繰り返す、運命フォルテューヌは協力を拒否して逃亡」


 不穏なことを、部隊長らしき男が復唱している。それは英語で、なんとか鉄心は理解できた。


 ヘリが、駅前の広場に降りてきた。V22-U。通称・オスプレイU。USF用に、改造されたティルトローター機だった。その中から、スーツ姿の源一郎が降りてくる。


「ゲンさん……あたっ」


 降りてくるや否や、源一郎に軽く頭を叩かれた。薄金の装甲で痛くないが、反射的に悲鳴を上げてしまう。


「ヘリに乗れ。それにしてもなんだ、あのひどい戦闘は」

「んな事言ったって、初めて変身したんスけど」

「相手の攻撃がまったく効かない上に、時間もたっぷりあった。なのに一方的に撃たれ殴られ。スートの方ももっと早く仕留められたはずだ。見た目でちょっとビビっただろ。チキン野郎」

「ぐっ……」

「言い訳はあるか?」

「アリマセン」


 ヘリのシートに、腰を落ち着けた。いろんなことが起こりすぎている。現実感は喪失したままで、考えはまとまらない。


「鉄心、薄金を戻せ」

「どうやるんスか?」

人心帰心じんしんきしん。そう言ってから、指鳴らせ」

「人心帰心」


 鉄心はつぶやいてから、フィンガースナップ、古い言い方をするなら指パッチンをした。全身の細胞が、輝きながら振動する。それから見慣れた人間の格好に戻った。どういうメカニズムなのか、衣服も元のままだ。


「来るぞ。落ち着けよ」

「……ハッ!? ァ……!?」


 突如、呼吸困難が起こった。息が上手く吸えない。同時に全身の筋肉が、痙攣し、転げ回りたいほどの激痛に襲われた。


「まずは呼吸だけに集中しろ。薄金を装着した、副作用みたいなもんだ。焦らなくていい、そのうち収まる」


 源一郎が、鉄心の口元に酸素吸入器を当ててくる。言うことを効かない横隔膜で、懸命に息を吸う。ヘリの振動が、気にならなくなる。やがて呼吸困難が収まると、強烈な睡魔に襲われた。


「寝てていいぞ。今のおまえに早かったのは、わかってんだ」


 源一郎の声と同時に、鉄心の意識は沈んだ。

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