第5話 リ・バース・デイ 天鎧機甲『薄金』③
もう、駄目かも。
大砲による砲撃を受けて、吹き飛ばされて見る空は、なんとなく青かった。
「同じ大アルカナ同士であるが、無様だな
アルカナによるダメージ保護が、減衰している。全身を覆っているバリアの膜が、ほつれかかっていた。あちこちにすり傷が出来ていて、じんじんと痛む。
泣きそう。泣きたい。涙目になりながら、
「う……う……」
「惰弱な女神1人、放っておいても良いと陛下はおっしゃった。だがやはりおまえは邪魔を仕掛けてくる。後顧の憂いはここで断つ。おまえさえ居なくなれば、残るは無能な人間どもだけだ。
「や、だ。やだぁ!」
「強情だな」砲撃。また吹き飛ばされる。痛い。痛い「死ぬまでわがまま娘でいるつもりか」
「だって、ここで私が諦めてしまったら、助けられないもん。みんなも、あなたたちも……」
「死ね。そして、樹木の姿に還れ、
「あ……う……」
いくつもの大砲が、周囲を取り囲んだ。思い切り、目を閉じる。怖いな。痛いのは嫌だと、少しだけ思った。
しかし、いつまで経っても攻撃は来なかった。
「なんだあれは」
ビルの上。そこに、濃霧が発生していた。
「な、に……?」
急速に、なにか、が、膨れ上がっている。アルカナ、じゃない。もっとすさまじい力。それが
「なにをした、
「だ、駄目……ッ!」
「撃て」
砲撃が、ビルの屋上に撃ち込まれる。霧が切り裂かれる。しかし、なにかが跳んだ。こちらに向かって。
白い影が、私と、
冷えた空気が舞い上がる。冷凍庫を開けた時のような、凍った風が広場に吹く。
そして時間が静止した。
それ、は、人型だった。顔も、体も、白い鋼鉄に包まれている。
戦国時代の鎧のような体。時代劇で武将がつけているような、面頬。そして、濃紺のマントをはためかせている。
右腕だけがクリスタルのように透けていて、機械の骨が見える。機械の眼は、薄緑色に輝いている。
全身からは、絶えず冷気を発していた。それが、霧の原因だった。
それは白い、人の姿をしたロボットだった。
『……マジすか』
ロボットさんは、自分の右腕を高く掲げ、電子音声でそうつぶやいた。
USF日本支部の司令室である。周囲には無数のモニターがあり、いくつもの映像が流れている。
ひときわ巨大なモニタに、駅前広場の映像が映し出されていた。
優秀なスタッフである、USFの職員が、あろうことか手を止めてモニタへ釘付けになっていた。それも無理はないと、グラント・コールマンは思う。
ついに、薄金が投入されたのだ。
「さぁみんな。我らがスーパーヒーローの復活だ」
言うと、グラントは、拍手をした。やがて、スタッフたちが拍手を続ける。作戦が終わっていないにもかかわらず、司令室は万雷の拍手に包まれた。
グラントは、こっそりデスクに隠しておいた、15年ものの高級ワイン、ドメーヌ・ルロワを取り出す。10年前に買ったこれを開けるのは、今しか無かった。
グラスに注ぎ、映像に向ける。白き鋼鉄の戦士に、祝杯を。
「久しぶりだな、天鎧機甲『薄金』。君の再誕を、USFは心から歓迎する」
『聞こえるか、鉄心』
耳の奥で、源一郎の声が響く。
「いや、ちょっ、いやっ、これ!? 俺、なんか機械になってんすけど!」
吐き出す言葉も、まるで電子音声のようだった。口が動かず、喋っている。
『うるさい』
「一言で切り捨てないでゲンさん!」
『黙れ。いいから聞け。いいか、それは
「えっ、俺、変身しちゃったんすか」
『ヒーローにしてやるって言っただろ』
USFの部隊員にするとか、そういう話じゃなかった。
周囲を見回す。鉄心は、
『細かいことは置いとけ。とにかく今は、その軍服、名前は
「ぶっ倒せって……」
とにかくいろいろ理解が追いつかない。
相手は、女神たち3人が歯が立たなかった化物である。
『いいのか? 目の前のそいつは、おまえの大好きな女神様をいたぶって殺そうとしていた奴だぞ?』
「……」
『そして今のお前は、世界最強のヒーローだ。気合入れろよ鉄心。女神様が見てんぞ』
振り返る。傷ついた女神が一人。倒れている周りの人々を、守っていた。
気高い。自身が傷ついてまで、誰かを助けられる彼女の姿は。
彼女たちの光輝は、多少汚れたところで消えていない。それが少しだけ嬉しかった。
ありがとう。
「後はオレが、代わりに戦います」
「えっ……?」
照れくさくて小声になってしまった、決意。振り切るように前を向いた。
それから、軍服男と正対した。
ガス攻撃を受けて、倒れている人々が、邪魔だった。うかつに動けない。そう思っていると、警官が駆け寄り、手際よく回収していった。
その間、じっと
見回す。周囲を囲んでいる、大砲は10門ほど。軍事兵器には詳しくないが、古い時代のもののような気がする。
「撃てッ!」
大砲が唐突に、火を吹き、砲弾が全身を打った。しかし、ゴムボールを軽くぶつけられたような感触しか残らなかった。
「スゲ……効いてねぇ」
「……なんだ、貴様は。機械か? 人間か?」
敵は、秀麗な顔をした、金髪碧眼の男だった。
「ゲンさん、
『捕らえるのが理想だが、殺しても罪にはならねぇようにしとくよ。頑張ってみな』
なんて素敵な状況だ。
「おい、おまえ。よくも俺の女神様をいじめてくれたな。覚悟は、出来てんだろうな」
「75ミリ砲の斉射を受け、なぜ傷一つ無い。アルカナがあるようにも、見えんが。何者だ……?」
「天鎧機甲、薄金。てめぇをぶっ殺しに来た」
一気に距離を詰めんと、地面を蹴る。軽く跳ねたつもりが、20メートルはジャンプしてしまった。
体をひねる、立て直す。振り返り、駆けた。
体が、思ったように動かない。全身の細胞がはちきれそうに脈打ち、筋肉が暴走しているかのようだった。
動いてわかる。これは、自分の体ではなく、超人のそれだ。
「遊んでいるのか?」
気づくと、
「ッ!」
とっさに突き出した、拳。手が、ガラスを割るような感触を覚える。
外れた拳。
しかし、塔を包んでいた、バリアのようなものが、それで砕け散った。
「結界がッ!?」
当たってはいない。だが、それで相手の血相が変わった。お互いに距離を置く。
「少しはやる気になったかよ、コスプレ野郎」
「薄金とやら……貴様は、なんだ。どこの神だ?」
「神ィ……? はん、単なる正義の、味方だよ」
鼻で嗤い、駆け出す。
闇雲に拳や蹴りを繰り出すが、かわされるというより当たらない。外れた回し蹴りが、ガードレールを溶けたバターのように削り取った。
足を止める。やっと立ち始めた赤ん坊が、唐突に一流アスリートの肉体を手に入れたような皮肉。薄金と呼ばれた新しい肉体は、制御不可のロデオマシーンのように鉄心を振り回す。
『鉄心、足を止めるな』源一郎の、声。『上手く動くことなんて、考えなくていい。出来なくて当たり前だ。とにかく、攻撃しろ』
「押忍」
確かに、考えてもしょうがなかった。戦いは始まっていて、慣らし運転をしている時間など無い。
「MG08」
軍服の手が光に包まれ、長大な機関銃が握られた。こちらをそれで狙うかと思いきや、銃口を膝をついている
銃声がする直前に、かろうじて鉄心は
「傷ついている女の子を狙うたァ、いい悪党っぷりじゃないか」
「アルカナを籠めた弾丸でも無傷か、化物め」
興ざめしたように、軍服が機関銃を投げ捨てる。少しだけその顔には焦りがあった。
「いいな。敵がイケメンってのは」小さくつぶやく「動くなよ、その素敵な顔をクチャっと潰してやるからよ」
ちらりと、横目で
もう一度、距離を詰めようと走る。
「マウザーM1918」
塔が、ライフル銃を握った。撃たれてもそのまま殴りかかるつもりだったが、また銃口が運命に向けられる。
「卑怯モンがッ!」
とっさに斜線に入って、銃弾を受ける。よろめくがダメージはない。薄金の白い装甲にも、傷はついていない。しかし、また
『鉄心。あちらさんはどうやら、おまえの弱点に気づいたな』
源一郎の、無線が入る。
「俺の弱点?」
『運命ちゃんが銃で撃たれるのを放っておいて、塔を殴れるか?」
「んな、下手すりゃ死んじゃうじゃないっすか」
『そういうこった。ま、あちらさんもなかなか頭が回る。相手さんが気づく前に、パンチの一発でも入れときたかったが、上手くはいかねぇな』
「……」
会話をしながらも、何度かライフルで撃たれていた。ダメージはないが、傍目からはほとんど一方的にやられている状態に見えるだろう。遠巻きの野次馬の、悲鳴も聞こえる
『ラッキーパンチを期待した俺も甘かった。しゃあねぇ、一発だけ許可する』
「許可?」
『膝をついてやられてるフリをしろ。右手を背中に隠せ。そうだ。それからこうつぶやけ。【短銃】、と』
「た、胆汁……?」
『発音が変だぞ』
「……ッ!」
突如、右手がなにかを握りしめた。重さは感じないが、紛れもない、銃の感覚。
『狙いは多少アバウトでもいい。ただし、必ず水平より上に撃て』
「……押忍」
不思議に、緊張はしない。心臓の音も聞こえない。今の新宮鉄心に、心臓があるかさえ、わからないが。
「なぜ、効かん……なぜ死なん……これだけアルカナを籠めて!」
それまで射撃を続けていた塔が、突如、ライフルを地面に叩きつけた。弾丸の嵐が止む。視界が晴れる。
「くたばりやがれッ!」
正面に構えた銃は、鉄心の想像よりもはるかに大きな、まるで象でも殺せそうな拳銃だった。
水平より、上。水平より上。
構えた瞬間、視界に、照準が表示された。それは正確に、相手の頭部を示し、腕が勝手に狙いを定める。
光の弾丸。それが渦を巻いて、
「……ハ……ァッ!?」
塔が、片膝をつく。吹っ飛んだと思われた右腕は、すでに原型をとどめていなかった。
弾丸は威力を失うこと無く、そのまま雲すら切り裂いて、空の彼方へ消えていく。
「馬鹿野郎……」
鉄心は、自分に向かって毒づいた。撃つ寸前に、殺すことを怖がった。照準を外した。
塔と呼ばれる男を見つめる。右腕はおろか肩まで吹き飛んでいるが、まったく出血していない。ちぎれた身体に、臓器も見当たらなかった。
「薄金……? 天鎧機甲……?」
「おいおい……右肩までぶっ飛ばされて、まだやる気かよ」
「薄金……許さんぞ……。貴様を……許さん……」
「やめろ。勝負はもうついてんだろうが!」
「
「……ッ!?」2枚のトランプは無数に分裂したかと思うと、一つは巨大なドラゴンの姿に。もう一つはゲームに出てくる蛇女のような姿になった。どちらも、大型バスぐらいの大きさはある「へっ、まだ遊ばせてくれるってのか」
ドラゴンが、その伝承、イメージ通りに火を吹く。薄金の装甲から吹き出す冷気が、吹き飛ばされ、炎に巻かれた。しかし熱さは感じない。体には焦げ一つ無い。つくづくこの変身体は、素晴らしい。
「今度こそ……!」
銃口を向けた。
『撃つな』
「いっ?」
源一郎に言われ、右手を引っ込める。振り下ろされた鉤爪を、片手で受け止めてはねのける。
『銃を戻せ。手から落とせばいい』銃を手から離すと、それは銀色の液体に変わり、薄金の身体に吸い込まれた。『ところで鉄心、もう薄金には慣れたか?』
「はい?」
蛇女の尾撃を、受け止め、抱えようとした。しかし薄金の握力が強すぎて、肉をえぐるだけに終わる。
『仮免教習は終わりだ。武器無しで化け物2匹ぐらいは瞬殺してみせろ』
そう言われても、体のバランスは上手く取れていない。いきなりF1並のスピードで走れる体を手に入れたら、誰だって戸惑うだろう
ドラゴンと、蛇女が、交互に攻撃を仕掛けてくる。それは打撃だったり、炎だったり、よくわからない怪光線だったりした。かわそうとするが、何発か当たる。すべて効いていないので、もしかしたら避けなくてもいいのかもしれない。
「瞬殺っスか」
苦く笑って見上げる。吠えあげる竜と、無数の蛇を操る巨女。薄金をまとっていなければ、小便漏らして逃げ出している。
『雑魚だろ?』
「……ッスね。どうすりゃ、いいですか?」
鉄心は腰を落とし、正拳の構えを取った。
殴りかかっても当たらない。ただ腕を振り上げ、叩きつける動作。それすら、意のままに狙えない。
何度めかの打撃が空振り、勢い余って倒れ、空を見上げた。いい天気だった。跳ね起きる。
『いいか。全身の力を抜け。走るな。跳ねるな。移動はすべてウォーキング』
「う、ウス」
『殴ろうとするな。肩甲骨を下げるイメージで、相手をぺちりと平手で叩いてみろ』
ぺちり……ぺちり、か。
跳ぼうとする膝を脱力させ、まっすぐに歩いた。化け物たちは意表を突かれたのか、一瞬動きを止める。そのまま、体をひねって右手を振った。友人の、肩を叩く強さで。
――――ッ!
ドラゴンが、悲鳴をあげた。軽く振った右手は、ドラゴンの腹を浅くえぐっていた。なにより、狙ったとおりに体が動いた。
「なるほどねぇ」
血を吹き出し、竜が下がる。
化け物たちは体が巨大すぎて、少々えぐったぐらいでは致命傷にならない。だが今ので、鉄心は感覚をつかんだ。歩く。そして、軽く叩く。動作を、連続する。
ただそれだけで、薄金は暴風になった。
蛇女が、ドラゴンが、悲鳴をあげ、暴れる。
笑う。薄金の、白い装甲が朱に染まる。圧倒的な力を、振るう陶酔。アルコールを知らない鉄心の体が、言いようの無い高揚に包まれる。
化け物二匹が、逃げようとした。
「逃がすかよ」距離を詰め、その足を折る。2つの巨躯が、鉄心の眼前でのたうち回る。「革でできた財布が、いっぱい作れそうだなァ、おい」
拳を握りしめる。化け物がどれだけ強いかは知らないが、頭を正拳で潰せば、さすがに死ぬだろう。とどめを刺さんと、近寄った。
「や、やめて……」かしゃりと、なにかが右手に絡みついた。鉄心の右腕に、細い鎖が蛇のように絡みついている。こんなもの。そう思って、軽く腕を振って鎖を引きちぎった「ひゃっ」
可愛らしい悲鳴がした。振り返る。
「やめて、やめてあげて……。怖いこと、しないで……殺さないで!」
少し離れた場所で、
「……ッ」
鉄心は、追撃する足を止めた。
そういえば彼女たちの戦いは、常に清らかだった。相手への攻撃は最小限。魔法の力で弱らせ、拘束し、捕獲して封印する。いま、新宮鉄心がやっているような、強引に力でねじ伏せ命を奪うようなやり方とは程遠い。
「死ねッ!」
もがき苦しむ怪物の影から、
「テメェ……ッ」
「これが私のありったけだ、化け物……ッ!」
化け物に化け物呼ばわりされたくねぇ。
反応が、一瞬遅れる。薄金の右胸に、砲口が突きつけられる。同時に強烈な衝撃が来た。ゼロ距離の、砲弾。衝撃を受け止めきれず、吹き飛ばされた。
「野郎……ッ!」
鉄心の全身が軽くしびれる。それでも立ち上がれる。深刻なダメージはない。吹き飛ばされたのは10メートルほどか。こっちを吹き飛ばしてくれた
「おの……れ……」
その場で、
「……チッ、ちょっと尊敬しちまった」
片腕を失い、それでも攻撃を仕掛け、両腕を失ってなお心折れず。自分に同じことが出来るかと、鉄心は少し考えた。
『鉄心、決まりだ。塔を確保しろ』
色んな感傷が、源一郎の声で吹き飛んだ。
「化け物の方はどうすんです?」
『こっちで捕獲したいが、準備が足りてねぇ。ラ・デエースに任せる』
ごめんね
可愛らしい、そんな声が聴こえた気がした。同時に、化け物が光に包まれ、2枚のトランプになった。
鉄心がハザードの封印を見るのは、二度目だ。一度目は傍観者として。今回は、制圧者として。女神様がああも泣いているのは、やはり自分のせいなのだろうか。
「ゲンさん、確保のやり方は?」
『両手をあげて、膝をつけ……と言いたいが腕が吹っ飛んでるしな。銃を突きつけて動くな、でいい』
「押忍」倒れている
「吹っ飛ばすだと? 笑わせる」
「あん?」
「なるほど。貴様は神ではない」
「……」
「銃を撃つ時、殺すつもりでいながら、とっさに狙いを外したな。怯えたか、殺人に。貴様は意志弱く愚かな、ただの人間だ。そして知性と理性が薄弱でありながら、他者を害する力だけは豊富に持つ、まさに人間そのものだ」
「ドヤ顔で電波を口から飛ばしてんじゃねぇよ」
銃口を塔の口にねじ込む。皮肉げな笑いは消えていない。
尊敬して損した。撃ってやろうか。鉄心は一瞬、本気でそう考えたが、思いとどまった。確保しろと、源一郎は言ったのだ。
周囲の野次馬たちが、ざわついている。その半数以上が、携帯で写真や動画を撮影していた。必死の戦いを、SNSにアップしているのかと思うと、意味もなく腹立たしくなってくる。
「あの!」
可憐な、声に鉄心は振り返った。
「は、はい」
鉄心の口から出た声は、なんとも間抜けな色をしていた。
「あの……薄金、さん? あんまり、ひどいことしないであげてください……」
「ひどいこと?」
「
「いや……これは……その……、やむにやまれぬ事情がありまして……」
落ち着かなくなる。どう話せばいいのか、混乱する。
「あなたが戦わなくちゃいけなかったのは、わかってるんです……」
「う、ウス」
「でも……その……この人の傷を、治させてください」
今度は、はっきりと鉄心を見つめてきた。予想外の、視線の強さに、うろたえる。
「ま、待って。待ってください。こいつはみんなを襲った、ヒドイやつだ。
「知ってます。でも、治してあげたいんです」
「そりゃあ……いや……」
言葉に詰まる。状況は、新宮鉄心の手に余った。
ただ、彼女の、優しさにはなぜか納得していた。そういう人だ。そういう人で無ければ、怪物のような容姿の自分に、慈悲を見せたりなんかしないだろう。
「面白いな、機械の人間。どうする」塔が、笑っている「私を治させるか。それとも、
「なんだと……?」
「それは、女神だ。人間ごときの常識で、その意志を曲げられるものか。説得できないのなら、戦うしかあるまい。おまえたち人間が、そうやって歴史を作ってきたように」
銃を突っ込まれたままだが、
冗談じゃない。彼女を助けるために戦ったのに。
「ありがとう、助けてくれて。薄金さん、あなたが私の前に降りてきた時、運命を感じました」
――――運命。
彼女が、目の前を通り過ぎる。鉄心が倒した敵を癒やさんと、その両手に魔法を灯す。その美しさと、幻想に、思考が止まった。
『止まれッ 動くなラ・デエースッ!』
拡声器の声。唐突に、銃声がした。
威嚇射撃が、
『動くな鉄心。そのまま、そいつに銃口突っ込んでろ』
腰を浮かしかけた鉄心の動きを、源一郎の通信が制した。
周囲を見回す。30人ほどの、黒いボディーアーマーとフルフェイスをまとった特殊部隊に、囲まれていた。
UNIVERSAL SPECIAL FORCE。胸に刻まれた、地球の紋章。USFの正規部隊。
「ゲンさん、なんスかこれ!?」
『見てのとおりだ、バカ』
「
『んなわけねぇだろ。
薄金にはマイクかなにかがついていて、それが
「銃撃つことないんじゃないスか……」
『勘違いしてんじゃねぇぞ。
「で、でもですね」
『一連の事件の、実行犯を確保できるチャンスだ。女神に見惚れてるおまえじゃ止められないから、やってやってんだ。もう黙れ』
「うぐっ……」
USFの隊員がアサルトライフルを構え、慎重にこちらへにじり寄ってくる。
「軍の臭いか、吐き気がするな」軍人のような格好をしているくせに、そんなことを塔は言った「あわよくばおまえが、女神と戦うところが見たかったが、人間。今日はこれで終わりにしてやる」
「……!?」
さらさらと、塔の体が砂になって崩れてゆく。それは風に巻き上げられ、消えて行った。
『チッ。逃げたか。そう簡単に尻尾つかませねぇか』
「えええええええ……なんすか、これ。こんなんアリですか!? てかあの野郎、遊んでたのかよクソッ!」
塔は、いつでも逃げられたのだ。だから、あんなふうにからかうようなことを言っていた。
しかし、USFの隊員にうろたえる様子はなかった。そのまま、
「
「え……あの……その……ご、ごめんなさい……」
「同行願いたい」
「ごめんなさい!」
鉄心がやめろ、と言いかけた次の瞬間に、
あの日、鉄心がどれだけ走っても追いつけなかった時と同じように、空の向こうへ消えて行った。
「
不穏なことを、部隊長らしき男が復唱している。それは英語で、なんとか鉄心は理解できた。
ヘリが、駅前の広場に降りてきた。V22-U。通称・オスプレイU。USF用に、改造されたティルトローター機だった。その中から、スーツ姿の源一郎が降りてくる。
「ゲンさん……あたっ」
降りてくるや否や、源一郎に軽く頭を叩かれた。薄金の装甲で痛くないが、反射的に悲鳴を上げてしまう。
「ヘリに乗れ。それにしてもなんだ、あのひどい戦闘は」
「んな事言ったって、初めて変身したんスけど」
「相手の攻撃がまったく効かない上に、時間もたっぷりあった。なのに一方的に撃たれ殴られ。スートの方ももっと早く仕留められたはずだ。見た目でちょっとビビっただろ。チキン野郎」
「ぐっ……」
「言い訳はあるか?」
「アリマセン」
ヘリのシートに、腰を落ち着けた。いろんなことが起こりすぎている。現実感は喪失したままで、考えはまとまらない。
「鉄心、薄金を戻せ」
「どうやるんスか?」
「
「人心帰心」
鉄心はつぶやいてから、フィンガースナップ、古い言い方をするなら指パッチンをした。全身の細胞が、輝きながら振動する。それから見慣れた人間の格好に戻った。どういうメカニズムなのか、衣服も元のままだ。
「来るぞ。落ち着けよ」
「……ハッ!? ァ……!?」
突如、呼吸困難が起こった。息が上手く吸えない。同時に全身の筋肉が、痙攣し、転げ回りたいほどの激痛に襲われた。
「まずは呼吸だけに集中しろ。薄金を装着した、副作用みたいなもんだ。焦らなくていい、そのうち収まる」
源一郎が、鉄心の口元に酸素吸入器を当ててくる。言うことを効かない横隔膜で、懸命に息を吸う。ヘリの振動が、気にならなくなる。やがて呼吸困難が収まると、強烈な睡魔に襲われた。
「寝てていいぞ。今のおまえに早かったのは、わかってんだ」
源一郎の声と同時に、鉄心の意識は沈んだ。
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