第4話 リ・バース・デイ 天鎧機甲『薄金』②
行かなくちゃ。
葛城佳乃の頭上で、方位盤が回転する。特殊な金属で出来た、方位を指し示す占いの道具。
スートじゃない。
敵の襲撃を予言として察知できるのが、
戦わないでと言われたが、戦えるのが自分だけなら、行くしか無い。
「佳乃殿、やめましょう! 危ないですよ! 相手は
小鳥のエミちゃんは、必死に肩でそう叫んでいた。
「でも、行かなくちゃ」
街路樹をすり抜けて、走る。走る。やがて足が、桜の花びらに包まれる。
ソメイヨシノ。この国でもっとも愛される花。
私はそれが神様になったものだと、姫様は教えてくれた。
神様が生まれる条件はいろいろある。もっともメジャーな条件は、多くの人から、愛されること。
葛城佳乃は、この国で愛されて、生まれた。
まだ子供だけれど、恩返ししなくちゃいけない。
逃げる人の中で、花びらが舞う。それが、全身を包む。アルカナを使うと私の姿は、普通の人からは見えなくなる。
口紅を一本、ポシェットから取り出す。桜色をしたそれを唇に塗ると、私の周囲を無数のカードが舞い歌う。まるで女神の誕生を祝福するかのように。
「
花びらとカードに包まれて、体が一回り、大きくなる。そして私は、大人の私になる。
頬に、口紅で
花で出来たトンネルを抜ける。駆けた抜けた空の先に、静かに着地する。
「ラ・デエース、
見慣れた駅前は、ひどい光景になっていた。
木人と呼ばれる、木で出来た人形が、人々を襲っている。
「佳乃殿、もう止めませんが、危なくなったらすぐに逃げてくださいね!」
「うん……!」
エミちゃんが離れる。
戦ったりするのは、苦手だ。でもやらなきゃ。
「クリスタル、お願い!」
2個の、人の頭ほどの水晶玉が私の周囲を回る。念じることでそれを操る。
おじいちゃんを殴ろうとしていた、木人に思いっきりそれをぶつける。木人は、砕け散った。
「大丈夫ですか、おじいさん?」
「あ、ああ……もう駄目かと……すまんなぁ……」
「離れててください!」
「おお……頑張ってなぁ……!」
おじいさんはいっぱい、鼻血を出している。ふがふがと言いながら、這うようにその場を離れる。
ごめんなさい。治している暇がありません。
「痛いよぉ……お母さんどこぉ……ううっ……」
「大丈夫、大丈夫だから、とにかく逃げて!」
小さい子、お年寄り、無差別に襲われている。さっきの子は、5歳ぐらいで、腕の骨が折れていたかもしれない。
水晶を、叩きつけ、転がし、木人を粉砕する。意志がない、人形が相手でも、壊すことが辛い。
10体ほど木人を潰すだけで、へとへとだった。3人だから、楽で出来たのだと、わかってしまう。
「これはこれは、昨日の今日でいらっしゃるとは思いませんでしたな、
軍服をまとった、二十ぐらいの、金髪碧眼の美青年がこちらに歩み寄ってくる。軍靴がアスファルトを叩く音が、響く。
「
身構える。水晶玉を高速で、周囲に回転させる。
「敵に『さん』付けとは、なるほど貴女はお優しい人だ。だがいささか悪戯が過ぎるというもの」
「もうひどいことはやめてください! どうして人を傷つけるんですか!」
「それは……
怖い。でも。
「姫様を返してください……。トリノさんを、返してください……」
「力づくでどうぞ」
「だったら!」まず、水晶玉を二つ、ぶつけに行く。かわされる「……パンデュル、その人を捕まえて!」
背中から、チェーンで出来た振り子が伸びる。水晶を囮に、それが
「おっと」
「動かないでください! 今日はあなただけですか?」
「なるほど、丈夫な鎖だ」
鎖を引きちぎろうとする塔と、せめぎ合う。短時間なら、このまま拘束しておける。しかし自分も動けない。一人で戦ったことは、無かった。誰かの援護しか、自分は出来ない。
「ふむ、いいアルカナだ。さすがはこの国で最も愛された女神といったところか」
「……ッ」
拘束を維持するのが辛い。3回しか出来ない腹筋の、3回目よりも疲れてしまう。
「だが愛されるということが、幸せにつながるとは限らないものだなぁ、
「石を投げろ! なんでも投げろ!」
ラ・デエースを助けようと、誰かが叫んでいる。私が守ろうとした人たちが、私を守ろうと集まってくる。
さらに石が、
小さな男の子がそう叫んだ。怪我をしたおじいさんがそう叫んだ。20人ぐらいの人たちが、私と
嬉しくないわけではなかった。
でもこれで私は、逃げられなくなった。
そのことに、絶望した。
「さて、君はこれで逃げられんな」
「馬鹿すぎる」
一部始終を、本岡源一郎は屋上から眺めていた。
眼下では、
いま暴れているハザードは、ラ・デエースの3人で倒せなかった相手だ。だから出来るだけ人々を助け出した後、自分も逃げ出すのが
だが、よりによって助けた人々が戻ってきてしまったのだ。本末転倒も良いところだ。
「うぎぎぎぎ」
そして、ここにも同じような馬鹿が一人。目を離すと、屋上から飛び降りてしまいそうな形相で、
「鉄心、阿呆なことは考えるんじゃねぇぞ」
「……でっ、ですけどねぇ! やられそうじゃないですか!」
鉄心の、半分壊れた顔がゆがむ。
闘争心については、文句がない。根性もある。だが自制心や判断力という点において、新宮鉄心は、はなはだ心もとない。
人選を誤ったと、思わないでもない。ただ、誤っていても良かった。天鎧機甲を、無理に蘇らせるべきではないのだ。ハザードも、人類がその力をすべて向ければ、被害は出るにしても、対処出来るはずだ。
もともと、乗り気ではなかった。グラントへの借りを返すつもりで、後継者の育成を了承したが、それでも実戦で使うことに抵抗がある。鉄心がこのまま伸び切らないようなら、不適格だったとでも言って、この話を有耶無耶にしても良かった。
まだこの少年は、なにも知らない。知らないうちに、終わらせるのがいいかもしれない。体力も同い年の学生よりはあるが、非凡というほどでもないのだ。源一郎がUSFであることにも気づかなかったし、最初の怪しい誘いにあっさりと乗ってしまったところも不安が残る。
ただ、評価できるところもある。それは自分だけが、気にかけたことで、兵士としての素質とはまた別のことだ。
戦いを眺めた。
空に、機関銃が浮かび上がった。弾丸の雨が
「げ、ゲンさん……」
「なんのつもりだ、鉄心?」
鉄心が、額を床に擦り付けんばかりの勢いで、土下座をしていた。
「お願いします……
「……なに言ってんだ、鉄心。俺があの、兵器を魔法のようにぽんぽん召喚している化け物を、殴り倒せるとでも思ってんのか」
「見えます」
鉄心が、顔をあげた。醜悪な顔の中で、瞳だけが輝いていた。
「……あのな」
「ゲンさん、倒せるんじゃないんスか!? 助けられるんでしょ!?」
少しだけ、源一郎の心臓が踊った。
素振りは、見せたことがなかったはずだ。
一般市民10数名と、ラ・デエースが1人、命の危険にさらされている。舞台は整っている。だが……
少し早いが、最終面接だ。
「どうしてそう思った、鉄心?」
「そんなのどうだっていいじゃないっスか!」
「よくねぇ。大事な質問をしてんだ、答えろ」
「……ッ。……いつでもあいつをぶっ倒せるって顔してるじゃないっすか。ぜんぜん冷静で、見下してて……んでちょっとかっこいいッス……」
「ふーん。第二の質問、なんでヒーローにしてやるなんて、胡散臭い俺の話に乗った?」
「それ、ほんとに今しなきゃならない質問っスか!?」
鉄心は、噛み付いて来そうな顔をしている。にらみつけてくる瞳を、冷淡に見返した。
地上から、悲鳴と、怒号と、爆発音が聞こえる。源一郎はそこから背を向けていた。
「大事な質問だっつってんだろ」
「高校中退して、顔もブッサイクなゴミ野郎の俺ですけどね! ラ・デエースに助けられて、憧れちゃったんスよ。あの人達と、同じ目線で同じ場所に立ちたいって思ったんスよ! でもどうしたらいいかわからないじゃないですか。そしたらタイミングよく源さんが声かけてくれて……」
「なぜ、俺を信じた? 怪しかっただろう」
「やることがなにもなかったってのもあるっスけどね。源さんがとんでもなく強いってのは、一目見た時にわかりましたよ。で、強いやつが俺みたいなやつを引っ掛けて騙して、なんの得があるんスか? 無いでしょ。だったら本当の話だって思うじゃないですか。ヒーローってのが、どういうものを指してんのかはわからないっスけどね! これでいいっスか!?」
我ながら大甘だが、合格をくれてやるか。それほど考えなしだった、わけでもない。
「少し待て」源一郎がスマホを取り出し、電話をかけようとすると、鉄心が顔をしかめて駆け出そうとした「おい、どこへ行く気だ?」
「決まってるでしょ!
「怪我するだけだな。下手すりゃ死ぬ」
「一分でも一秒でも時間稼げりゃ本望! ラ・デエースのために死ねるんなら、悔いはないス!」
阿呆過ぎる。本気でそう思っている。
「鉄心」
近づき、渾身の力でデコピンを放った。
「お……おごごごごご……ッ」
鉄心が悶絶し、額を抑えて天井の床を転がる。
「落ち着けっつってんだろ。何事にも手順があんだよ」グラントに電話をかける。USFの日本支部長である男への、直通回線を持つ者は、そう多くない「グラント、俺だ」
『源一郎か? こっちはハザードの出現で出動準備中だ。緊急の要件なんだろうな』
「そのハザードだ。いま、田園調布駅前で観戦してる。時間がないから手短に言うぞ。薄金を使う」
『本当か? ……急だな』
「構わないな? 俺の見たところ、
『関係各所への通達に時間がかかる』
「官僚のイエスを待ってられる状況じゃない。幸い、10数人ほどの一般市民が、ガス攻撃を受けて昏倒している。緊急対応が許されていい場面だろう? とにかく押し切れ。それに、薄金を使いたがってたのはおまえだ」
『好き放題言うんじゃない。勝てるんだろうな?』
「ハッ、勝たせてみせるさ。巻き添えを避けるよう、一般市民の避難と隔離を頼む」
『わかった。やってみよう』
それで通話を切りあげる。鉄心が、ぽかんとした顔でこちらを見上げていた。
源一郎は、両の腕につけた時計を、外した。十年間、これを外すことが出来なかった。
「鉄心。ラ・デエースだって、おまえの命なんてもらっても迷惑だろうよ。どうせならかっこよく助けてこい。あの軍服コスプレ野郎をぶちのめしてな。両腕出せ」
「な、なにがしたいんスか?」
鉄心の手首に、2本の時計を巻きつけてやる。無くなると不安になるかと思ったが、かすかな両腕の軽さは、悪くなかった。
「俺はもう、戦えないんだよ、鉄心」
「げ、ゲンさん?」
「だからおまえがやるんだ。出来るな?」
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