5. (cinq)

 やっと、あなたに再会できる。


 窓ガラスと一体になった時計を横目に、私は一歩ずつ進んでいく。


 外には晴れたパリの街。

 セーヌ川の流れ、重厚なルーブル美術館、歴史の詰まった街の向こうには、小高い丘に建つサクレ・クール。


 展示室には、どこを向いても、印象派の名立たる絵が揃っている。夢の国、オールスター、どんな言葉だってこの高揚の前には陳腐だ。



 1万キロもの旅を経て、あなたに逢うために、ここへ来てしまった。



 もはや後悔はない。未来しか見えない。

 これからこの場所であなたと向き合い、いくつもの美しい絵に出会い、それから、街に繰り出してたくさんの「素敵」に出会うんだ。


 私は、あなたの前で立ち止まる。

 柔らかな陽の当たる世界が、人々の幸せの表情が、ありのまま、活き活きと、描きだされている。


 初めて出会った日の記憶が鮮やかに蘇る。ここからまた、何かが始まる。



 Merci beaucoup, “Bal du moulin de la Galette”.



 私は、そっと右手をかざして、あなたとダンスを始める。



(fin.)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたが欲しくて(Je te veux) 倉海葉音 @hano888_yaw444

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ