解決した


 ……そして。

 反乱で誰も死なないようにこっそり働いていたヴィルさんのお陰で、混乱しながらも民衆は無傷で解散。レオンが掛けた魔術のお陰で、私に関する記憶は少し曖昧になってくれた。精神を弄る類の魔術は怖いからあまり使いたくないけど、これはもう仕方がないよね。


 私がアナスタシアの生まれ変わりだってことが、龍族の皆にバレてしまったのはもういいや。ついでに、私が英雄王の再来だとして人々に認識されているのも、まあいい。これはもう諦めた。……レオンの提案に乗った時点で、全部覚悟済みでしたからね。

 なんかもう、大きな問題が解決――これは解決か? ただ先送りにしただけじゃ……まあいいや。反乱が沈静化して、なおかつ龍族と人間の協力体制が前向きに考慮されるようになったんだ。もう私の責任は果たしたはずだ。だから、もういい。疲れた。何も考えたくない。


 だけど、色々なことが放り投げたまま、私の背後に積み重なっている。


 ……その中でも、目下の問題は。


「嘘つき」


 ……オフィーリア嬢の怒りだったり、する。

 そう。あの時の約束は、結局果たせないままだったのだ。レオンを庇って怪我なんてしなければよかった……! そして記憶なんて失うんじゃなかった……! いや、アレがなかったら私はまだうじうじ悩んでたかもしれないんだけど。オフィーリア嬢を傷付けた自分が憎い。


「ごめんなさい、本当にごめんなさいオフィーリア嬢……!」

「貴女のために買ったお菓子、もう駄目になったのよ」


 静かな声は、それでも深い怒りを湛えていた。これはまずい。突然の攻撃にも対処できるよう、結界の準備だけはしておこう。


「貴女、何回約束を破れば気が済むの?」

「……ごめんなさい」

「嫌。許さないわ」


 うう……声が冷たい。これは完全に見限られたかもしれない。落ち込む私を見て、オフィーリア嬢は深々と溜め息を吐く。


「……でも、貴女を責めるのも、おかしいのかしら」

「えっ」

「前回も、今回も。貴女が悪かった訳、ではないのよね。ただ、運が悪かっただけで」


 二十五歳で死ぬのは流石に予想できてませんでしたからね。レオンを庇って傷を負って記憶を失うのも。あれ? 私の人生波乱万丈すぎでは。


「……だから、そうね」

「許して、くれますか?」

「わたくしのことを」


 白くて華奢な手が、私の腕を掴んだ。流石オフィーリア嬢といったところで、決して振り解けないのに痛くないという絶妙な力加減だ。男共はもっと見習ってほしい。


 ……それから。息を吸って、吐いて。オフィーリア嬢は、なんだか、苦しそうに笑った。


「わたくしのことを、リア、と呼んで。そうしたら、許すわ」


 雲ひとつない空と同じ色の瞳が、私の瞳の夜を見つめている。


「……なんですか、それ」

「貴女、陛下と結婚するのよね」


 ……。今一番言われなくない事実を突きつけられて、私はテーブルに突っ伏した。それ言う? 言っちゃいます?


「言わないでくださいそれ勢いだったんですまさかあんなことで人間が引き下がるともレオンがあんなに喜ぶとも思ってなくて!! 人前で口づけをするとか私はちょっとおかしくなってたんですよああ恥ずかしい死にそう!!」

「……少なくとも、陛下のことは信じて差し上げて」


 一息で言い切った私に、オフィーリア嬢は嘆息混じりに苦言を弄した。申し訳ない。でも、まさか。……いや、レオンが私のことを好きだってのはもう流石にちゃんと理解してるけど。けど、その……。


「貴女は、もう、私達の家族の一員になるのだから。距離を取る理由も、ないでしょう……?」


 頭を抱えていると、少しだけ悲しげな声が上から降ってきた。ううぅ……。唸りながら、私はそっと顔を上げる。


「でも、いつか死にますよ」

「……陛下は、貴女が何度生まれ変わっても、絶対に見つけ出すつもりだから安心してね」

「それ安心できる要素ですかね。レオンも言ってたんですけど、それ私が記憶をなくしても追いかけるストーカー宣言では。ねえ、視線を逸らさないでください、ちょっと」

「わたくしも、当然探すわ。貴女が何もかもを忘れて幸せに生きていても、探し出して見つけてまた友達にりたいもの」

「愛が重い!!」


 もう龍族皆まとめて重い。何。本来の姿が重量級だから感情も重いの? そういう生き物?


「……わたくしは。貴女の友達になりたいの」


 オフィーリア嬢の……リアの言葉は、いつも真っ直ぐだ。だから、私もちゃんとしなければならない気になってくる。みっともない形になっていた姿勢を正して、腕を掴んだままだった彼女の手のひらに触れる。……なんだ、あなたも緊張していたんですね。


「私、も」


 理由がなくても。権利がなくても。何もなくても。……いいのだろうか。

 いや、もう逃げ出すのは無理だな。結局、今の私も沢山のものを背負ってしまった事実を思い出し、少し遠い目になる。

 レオンと私が結婚する、ということで。龍族は人間との関わり方を考え直すきっかけになったし。私には人間側からの要望や意見が入ってくるようになった。まーた私は宮殿でしっかり働いているのだ。そろそろ私の寿命に関して研究させてほしい。このままでは、次の春で死ぬんだってば。


 ……なんて。理由も、理屈も、もういいか。

 そう考えて、笑いかける。


「リア……嬢と、友達になりたいです」

「……嬢?」

「すみませんなんだかつい、癖で」


 だってオフィーリア嬢はちゃんとしたお嬢さんじゃないですか! 呼び捨てとか恐れ多い。レオンを呼び捨てにしておいて何を言うかって感じだけど、リア嬢はなんかリア嬢って感じですし。

 眉をひそめるリア嬢に、そう弁明した。うっわぁ目が冷たい。


「……まあ、いいわ。いつか直しなさいね」

「いつか」

「ええ。だって、これからはずっと、ここにいるんでしょう」


 そう、だ。

 私に対して態度が冷たかった龍族の皆も、土下座しに来たし。服や家具や装飾品やらと、私がここに暮らすための準備は着実に進行している。なお、大体ヴィルさんの仕業だ。私のためにお金を使うのが楽しくなってきていると言っていた。……彼はもう駄目ですね。完全に手遅れだ。医者が必要かもしれない。


「一度は、また向こうに戻って、挨拶しておきたいんですけどね」

「ああ、それもそうね。人間って、結婚の挨拶として親と会うのでしょう?」

「……胃が痛いので思い出したくないです」


 シスターは龍族が嫌いで、レオンは私をちゃんと守れなかった孤児院に対して思うところがあって……? しかも、私が何をしでかしたのか、シスターは多分知っている。王都での反乱を知ってたんだ、私がそれにどう対処したのかも知ってるだろう。やだ……怖い……。

 しくしくと痛む胃を抱える。リア嬢は、なんだか同情したような視線を向けてくれた。


「まあ、……陛下は、貴女にとって大切なものに酷い態度なんて取らないはずよ」

「そもそも、片田舎の孤児院に龍王が赴くこと自体が大変なことなのではないですかね」

「貴女が選んだ道よ、頑張りなさい」


 はぁい……。一つ一つ片付けていかないと行けないのは分かるけれど、こればかりは憂鬱だ。溜め息を吐く私を見て、リア嬢は微笑む。


「もう、約束は必要ないわね」

「えっ、もう諦められてしまいましたか!?」

「違うわ。……貴女がここにいてくれるのなら、もう怖くないもの」


 何を言っているのかはちゃんと理解できなかった。けれど、彼女が楽しそうならそれで十分かな。そう思って、私もへらりと笑ってみせた。

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