会わなかった


 ……そして。レオンと顔を合わせることなく、一週間が経った。


(まあ、私がレオンを避けてるんですけどね!)


 あんな告白を聞いておいて普通に振る舞えるはずがないし、私も告白してるから気まずいので。っていうか冷静に考えると、なんだこれ。何この変則的両思い……頭痛い。

 両思い。なんとも甘美かつ素晴らしい言葉だ。今の私にとっては呪いに近いけれど。そもそも私はレオンが告げてきた『愛しているよ』を信じてなんていないし。


 やはり、レオンが私を好きだなんてのは、勘違いだとしか思えない。私の自己評価が狂っている可能性もあるけど、それを除いても。あれは、アナスタシアに対するただの執着だと思うのだ。恋とか愛とかそんな綺麗なものじゃないでしょ絶対。

 死者に縋り。その魂だけでもと必死に求め。過去をただ抱き締めている。……なんて、誰も幸せになれっこないものを、綺麗な名前で呼びたくはない。

 そんなうだうだした考えの結果、私はレオンを避けている。そりゃあもう全力で避けている。幸いなことに、私の部屋まで足を運ばれることはあれ以来ないし、ヴィルさんの部屋にも来ない。なんならヒューの研究室にも来ない。


(私が無駄に散歩しなかったら出くわさないってことなんですよね)


 そして、今更そんな事実に気がついた。いやぁ、なんとも清々しい気分! このまま全部終わらせて帰ろう。すぐ帰ろう。ね。……ね?

 ……無理だろうな。なんてことは、私が一番よく分かってるんだけど。




「イヴ嬢、最近おかしいですよね」


 そして今。ヒューから呼び出されて訪れた研究室にて、そんなことを言い出された。例の魔道具はある程度形になってきているようで、その報告のはずだったんだけどな。

 首を捻る。ヒューは誤魔化されてくれず、ちょっと剣呑な光を瞳に宿した。


「何かございましたか?」

「まあ、ありましたよね」


 なかったと言ったら嘘になるよね。でも、ヒューに言うようなことではない。私とレオンの間にあるなんかよく分からない感情を、説明しても分かってもらえる気だってしないし。


「……教えては、いただけないのでしょうか」

「言いませんよ」


 にっこり、と笑い断言する。ヒューに恋愛相談(と言うには複雑怪奇すぎるかもしれないが)をするほど人生捨ててない。


「どうしてもですか?」

「どうしてもですね」


 しつこい追求を切り捨てながら、彼が作った魔道具を検分する。下手に外れないように、ということで首飾りを選んだのはいい着眼だと思う。指輪ほど邪魔にならないし、髪飾りほど落としやすくないし。なにより服の下に隠せるのが素晴らしい。

 書き刻まれた術式も、……うん。私が説明した通りになっている。


「これ、魔術が発動する魔力量はどれだけにしたんですか? あと、どのような術が発動するんですか?」

「現時点では、イヴ嬢の現在保有している魔力量の上限で発動するように、と。それから、発動する術は、まあ……害がないように、ちょっと術式を組み込んだところの魔石が光ります」

「へぇ……。なるほど、分かりやすくていいですね」


 害がない術で放出させる、か。私としてもそれがいいんだけど、いかんせん膨大な魔力を消費し続けるのがなぁ。光る程度の魔術で放出できる量なんてたかが知れてるし。

 ……あえて術式を旧式のものに変えて、魔力のロスを起こし魔力消費量を増やすとか。それでも消費量は目標に達しないな。では、どうしようか。魔力消費が多い魔術ってなんだろう。レオンに使ったあれとか? 国が滅ぶわ。


 思考に沈みかける私を、ヒューはどこか穏やかな瞳で見つめていた。どうやら話は逸らせたらしい。


「なんだか楽しそうですね、イウ嬢」

「あはは嫌ですね、自分の命がかかっているのに楽しんでるはずがないでしょう」


 まったく、ヒューは何を言っているんだか。

 笑い飛ばす私を見て、ヒューはちょっとだけ目を細めた。


「……ですが、魔術と関わっているときのあなたは、とてもいい顔をしていらっしゃいます」

「考え込んでいるときは無表情になるのでは?」

「楽しそうな無表情ですから」


 何言ってるんだろう。半目になって彼を見るが、ヒューは全然気にした様子もなく笑う。

 話が通じない気配。小さく溜め息を吐き、首飾りを持ち上げる。見た目よりも少しだけ重かった。


「……では、これを着けてみてもいいですか?」

「はい。危なくなりましたら外してくださいね」

「危なくなるような術式、どこにも組み込まれてないんですけど……」


 術式同士の干渉や反発が起これば、まあ。危なくないこともない、のかな。……いや、そんな訳ない。


「イヴ嬢の持つ魔力は、やはり途方もない量でございますから。何が起こるか想像も付きませんので。しかし、ああ……! 本当に、なんと清らかで美しい魔力なのでしょう。イヴ嬢の魂は、世界に祝福されているのですね!」

「急に頭おかしくなるのやめてください」


 唐突に恍惚の表情を作るヒューに苦笑する。いや、驚くから本当に止めて。最近はどことなくまともそうな雰囲気が漂っていたが、ヒューはやはりヒューだったか。


 なんとなく失礼なことを考えつつ、首飾りを装着する。……しかし、なんとなく腹立たしいことに、この首飾りは普通に装飾品として素敵だ。店で売ってたら値段によっては買う。これをヒューが作ったって考えると、なんかこう……イラッとくる。


「どうでしょうか」

「大変よくお似合いでございます!」

「そこじゃないです」


 論点はそこじゃないです。眉をひそめると、ヒューはちょっとだけ安心したように笑った。


「……大丈夫ですよ。光っていま――あ、今消えました」

「なるほど。ちゃんと上限でしか発動しない……。成功ですね!」


 取り敢えず両手を上げて喜ぶことにする。ここから先が全然解決してないけれど、一つの難所は越えたようなものだ。私何もしてないけど。素直に喜んどこ、わぁぃ。


「後は、魔力の放出方法ですが……」

「全然思いつきませんね!」


 もう全っ然ですね。ここまで思いつかないとずっと光らせておけばいいんじゃないかって気にさえなってくる。いや駄目か。

 今の魔力の状態でも、さっきくらいの時間を要したのだ。これから魔力が増え続けると流石に回復量が消費量を上回る。知ってた。いやぁ、魔力の消費が激しい魔術って何があるんだろ。


(……むしろ、規模を大きくするとか?)


 考え込んでいる頭の片隅を、なにかがちらついた。そのか細い糸のようなものを掴もうとして、思考に沈もうとした矢先、ヒューのちょっと訝しむような声が響いた。


「全然、ですか」


 どうしてそこで訝しまれなければならないのか。私は本当のことしか言っていないというのに。

 あと、浮かびそうだったなにかはどこかへ行ってしまった。……まあいいや。


「はい。……考えをまとめる以前に、自分の持つ魔力の量に絶望しました」


 しかもこの魔力、増えるのだ。なんだこれ。歩く凶器か。むしろ狂気だよ。最早死ぬしかないのでは。


「……あなた様でも」

「ん?」

「本当に、全然、まったく、思い浮かばないというのですか?」

「はい、そうですね」


 ヒューの顔が歪む。……いやはや申し訳ないな、とちょっと眉を下げた。私だって必死に考えて入るのだけど、知識も知恵も柔軟さも足りていないのだ。絶対に方法がない、とまで言い切れないのが逆に困る。いっそ、完全に諦めきることができたら。


(――なんて、駄目ですよね)


 自分の命を軽率に切り捨てるのが、私の悪いところなのだろう。生きたいと、生きなければならないと、何も悲しませたくないと考えなくては。……いや、全部本当だし、その想いは動かない。だけど。


(九……いや、八ヶ月か)


 命の期限は着実に迫ってきている。それを、あまり感慨もなく受け留めているということもまた事実だ。


「ヒューバート」


 目の前にいる彼の名前を呼ぶ。自分の感情さえ持て余す中、思い浮かんだのはたった一つ。


「私、ここに来なければよかったんでしょうね」


 やっぱり、最初から間違ってたんだろうなって。


「……何を、仰って」


 ヒューの見開かれた目を見て、自分の失言に気がついた。慌てて笑みを作って、手を横に振る。


「いえ、違うんです。……聞かなかったことにしてください」


 軽く吐き気を覚えて、口に手を当てた。自分の思考が気持ち悪い。

 ……本当は。いや、本当に、さ。また会えて嬉しかった。声が聞けて、笑顔が見られて、私を私だと認めてくれて。嬉しかった。幸せだ。だけど、なのに、それでも。


(――私はここに来てはいけなかった)


 初めから分かっていたはずの事実を刻みつけるように、唇を噛んだ。だって、そうでしょう? また死ぬくせに。彼等よりもずっとずっと短い命しか持ってないくせに。

 また、いなくなるくせに。また消えるくせに。また、……また。


「僕は、あなた様とまた会えたことをこの上ない幸運だと思っています」


 囁かれた声は、ひどく静謐だった。まるで神に祈るような響きだ、なんてことを思う。

 顔を上げた先、ヒューは笑っていた。泣きそうに顔を歪めながら、それでも確かに笑っていた。


「魔力とか、魔術とか。そういうこととは関係なくて。ただ、あなた様の言葉を聞いて、話をして、笑い合う。そんな、諦めていたもう一度が目の前にあることが苦しいくらい幸せで」

「――でも、また喪わせる」


 彼の優しい言葉を否定するように首を横に振る。ヒューはそれでも笑っていた。深い深い緑の瞳を緩く細めて。狂信の光を瞳の奥底に沈ませて。……笑っている。


「そうならないために、今こうしているんでしょう」


 諦めるな。そう言われた気がした。いや、実際にそういうつもりだったのだろう。


「…………ヒュー、相談があります」


 たっぷり三十秒考えた結果、話を変えることにした。笑顔で頷いてくれるヒューは、魔力が関わらなければ本当にいい人かもしれない。私の勝手で話があっちこっちしてるのに。


「あなたは、魔力を急速に、大量に使う魔術に心当たりがありますか?」

「……ぱっと思い浮かぶのは、治癒術ですが」


 ……。逸らしたはいいけど、やっぱり何も解決しないな。


「……無理ですね。魔道具に書き込むには複雑すぎる」

「イヴ嬢が複雑だと仰るのなら、本当に無理でございますね」

「書き込むための面積が馬鹿みたいに必要なんですよ、アレ」


 私の死を回避するなら常に身に着けている必要があるのに、治癒術を書き込むとなると……ちょっとした壁くらい必要になるんだよ。無理。でも、着眼はいいのかな。

 ……いやでも。治癒術なら、あるいは。私の魔力の量でも消費できるかもしれない。問題点が多すぎてどうにもならないけど。魔力の量だけなら。私は治癒の魔術が得意ではないけど、それは『アナスタシア』が血を知っているが故だし。いっそ魔道具に魔力を通すだけで治癒できるようなものが作れれば便利なんじゃ――。


「考慮には値する提案でございましたか?」


 声をかけられて、思考が霧散する。どうやら黙り込んでしまっていたみたいだ。取り繕うようにへらりと笑みを浮かべた。


「……考え込んでました?」

「無表情でした」

「すみません。……なんか、こう。総合的に考えると無理だっていう結論に達するのに、部分的にはどうにかなるっていうのが気持ち悪くて」


 口元に指を当て、首を捻る。ヒューは少しだけ目を細めたかと思うと、苦笑のような形に口元を歪めた。


「では、本日はこのあたりで解散にした方がよいのでしょうね」

「早くありませんか?」


 まだ昼前だ。普段ならばもう少し長く話し合うというのに。


「イヴ嬢は、一人の方が考えやすいのでしょう」

「……否定はしません」


 つまり、また私に考える時間をくれる、と。また暇になってしまう。いや、考えるための時間だから暇な訳ではないのだけれど。……まあいいや。


「では、この首飾りはここに置いていきますね。……考えが進んだら、また来ます」


 まだ着けたままだった首飾りを外し、机に置く。そして、そのまま部屋を出ようとして。


「え? 差し上げますよ」


 引き留められた。……光るような首飾りなんて貰っても、なぁ。それに、今の私は装飾品なんてほとんど持っていない。強いて言うなら、ヴィルさんに貰った髪飾りくらいだ。年頃の女の子でもお金がないからね。……孤児院は質素倹約が常だったからね。

 だから、貰っても、どうせしまいこんだままになる。


「……いらないんですけども」

「まあまあそう仰らず。必要ないのでしたら、売ってしまっても構いませんから」


 押しが強い。ひくりと頬を引きつらせながら、拒む理由を探してみる。


「次のために取っておいたほうがいいんじゃないですか?」

「次はもっと美しく書き込むことができる気がするので、もう一度作ります」

「……えっと、見本とか、の必要は」

「ございません」


 ……困った。これ以上、受け取らない理由が見つからない。

 頭を押さえ、ちょっと溜め息を吐く。そして、机の上に置いたそれを持ち上げた。


「………………分かりました。ですが、光ると困るので、改造して使うことにします」

「使ってくださるのですね! 光栄でございます」

「まあ、いつかそのうちきっと使いますよ多分」


 大げさに喜んでいるヒューを横目に、研究室の扉を開く。


「……では、また」


 淡白な挨拶を残し、部屋を後にした。

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