第四十七話 犯人は……?

「誰か! あの者を捕まえて!」



 メイドの言葉に反応し、兵士が動き出す。


 何が起きているのか分からず、二人は目を丸くして驚くが、ミスティアの前にシャマルが彼女を守るように立ち塞がる。


「一体何事ですか?」


 シャマルがミスティアに近寄る者達を牽制して言う。


「その者がノア様に毒を盛ったのです!」


 シャマルの不愉快そうな言葉にノアを支えるメイドが叫ぶ。


「何をしているの! 捕まえなさい!」


 緊迫感のあるメイドの声に兵士が再び動き出そうとする。


「全員その場にとどまりなさい!」


 その声を発したのはセレーヌだ。

 はっきりとした口調で今までに出したことのないくらい大きな声で命じた。


『好きに振る舞え』


 エドワードの言葉が脳裏に響く。

 この場にはいないけれど、彼がくれた言葉がセレーヌの背中を押した。


「ここは私の宮よ。私の命令に従いなさい。貴方達もよ」


 勝手にミスティアを捕えようと動く兵士を一瞥する。


「この宮の主が誰なのかよく考えて動きなさい」


 そう言うとミスティアににじり寄った兵士が少しずつ距離を置く。

 セレーヌの堂々とした振る舞いに周囲が驚いた表情を見せる。


「その薬物を見せなさい」

「いけません、姫様が触れるようなものでは」

「私が見せろと言っているのよ。誰に逆らっているの?」


 きつい口調でようやく、メイドは指示に従う。


 小さい袋には黄色味がかった粉末が入っている。


「これがミスティアの座っていた場所に落ちていたわ」


 セレーヌが言うと周囲からの視線がミスティアに集まる。


 考えなきゃ。ミスティアがこんな馬鹿げたことをするはずないのよ。

 どうにか上手く、この場を躱さなければ。

 でも、どうやって?


「姫様! 犯人はあの者です! 明らかではないですか!」


 食い下がるメイドをセレーヌは睨み付ける。


「まだこれが毒物だとは決まってないわ。それに、ミスティアのものかどうかも分からない」


 厳しい声にメイドは震えながら続けた。


「わ、私は、その粉をあの者が落とすところを見ましたっ!」


 メイドはミスティアを指して言う。


 セレーヌは顔を顰める。

 よく見れば額に髪が張り付くほど汗をかいている。


 青白い顔で、言葉を発する唇が震え、視線があちこち泳いでいる様子はどう見ても異常だ。 


しかし、周囲の視線はミスティアと倒れたノアに注がれているため、メイドの異常な様子に気付かない。


 そして、セレーヌはノアに気取られないよう一瞬、視線を向ける。



 一瞬だけ、確かに目に映ったのは、ミスティアを見てほくそ笑むノアの姿だ。

セレーヌは凍りついた。


 まさか、自作自演なの⁉


 先ほどからミスティアを犯人呼ばわりするメイドがノアに張り付いて離れない。


 あの二人! グルなのね⁉


 毒を盛られたと騒ぎ、メイドの証言でミスティアを毒殺未遂の犯人に仕立て上げるつもりなのだ。


「ほら、やっぱり」

「彼女が毒を?」

「早く誰か捕まえて」


 そんな言葉が聞こえ始める。


 まずいわ。


 セレーヌはミスティアに視線を向けるが、この状況に唖然としている。

 きっといきなり、犯人呼ばわりされて、話しについて来れてないんだわ。


 一先ず、この場を収めなくては。


 そう思った時だ。


「お騒がせして申し訳ありません。確かにそれは私の物です」


 凛々しい声が場の空気を裂く。

 そして申し訳ない、と言わんばかりの表情でミスティアはみんなの前に足を踏みだしたのだ。


 ミスティアはすんなりと粉末が自分の物であることを認めてしまった。


 しかし、それだけでは終わらない。


「姫様、その粉が毒物ではないことを証明する機会を私与えて下さいませんか?」

「な、何を言っているの?」


 ミスティアの言葉に何故かメイドは狼狽している。


「ですから、これが毒物ではないことを証明します」

「そんなわけありませんっ! それは毒物です!」


 メイドの発言に違和感を覚えるが、ミスティアは全く気にしない様子で続ける。


「姫様、私に機会を与えて下さいませんか?」

「そんな必要ありませんっ! 早く! 早く捕まえて下さい!」


 焦燥感に駆り立てられているようなメイドの様子に不信感は更に強まる。

 まるで何かに怯えているように思えた。


「黙りなさいっ!」


 メイドをねめつけてセレーヌはそれを了承した。


「できるのね?」


 セレーヌの言葉にミスティアは頷く。


「先程と同じお茶を下さい。貴女が淹れてくれましたよね?」


 そう言って渦中のメイドに向かって言う。


「同じものを淹れて下さい」


 メイドは人の視線を浴びながら同じようにお茶をカップに注ぎ、ミスティアに差し出した。


 どこも不審な点はない。


「姫様、その粉を貸して頂けますか?」


 セレーヌは粉末をミスティアに手渡す。


 一体、何をするつもりなの?

 もし、これが本当に毒物だったらどうするの?

 でも、これは本当にミスティアの持ち物?

 だったらさっき見たノアの薄気味悪い笑みと異常な様子のメイドは何?


 セレーヌの中で多くの疑問が一斉に飛び交う。


 ミスティアの行動を見守っていると、その粉末を全てカップの中に投入した。そして、濁ったお茶をみんなに見せる。


「濁りました」

「そ、そうね」


 まるでミルクティーのような濁り方である。

 そしてそれをあろうことか、カップを傾けて美味しそうに飲み始めたのだ。


「ミスティア⁉」


 ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干す。


「ご馳走様でした」


 美味しかったです、と言葉を添えて彼女はカップを置く。

 その様子を信じられない様子で見つめている全員が唖然としている。


「もし毒であれば何らかの症状が出ると思いますが。ご令嬢は眩暈や吐き気を訴えているのですよね? しかも一口で毒に気付いたようですし。一口で眩暈と吐き気を催すほどの毒をあれだけ飲んだら流石に症状が出るとは思いませんか?」


 その説明に周囲は相槌を打つ。


「それに、今のは粉ミルクと呼ばれる輸入品です」

「粉ミルク?」

「牛乳風味の粉末です」

「何でそんな物を持っていたの?」


 その質問にミスティアは困ったような顔をする。

 セレーヌは後悔した。


 ミスティアを助けたいのに追い詰めてどうするのよ。


「もし、仮にもお茶の席に呼ばれた場合に備えてです。お恥ずかしながら花の香が強かったり、色んな物が混ざった高級なお茶が苦手なもので」


 味を誤魔化して飲み干すためだと、ミスティアは言う。


「同じ物が部屋にもあるので調べて下さい」

「シーナ」


 シーナと呼ばれる女性騎士にミスティアは部屋の鍵を預けた。


「それよりも、何故これが毒物だと思ったのですか?」


 ミスティアの問いにメイドは青ざめる。

 奇怪なものを見るようにメイドはミスティアを見ていた。



「アンベラ令嬢のカップの中身に濁りはないようですし、今の粉末は間違いなく入っていませんよ。使われたのは別の毒でしょう」


 テーブルに零れた飲みかけのお茶が広がっているが濁りはない。

 その言葉に周囲は納得した。


「毒物を調べるわ。医務官を呼びなさい。アンベラ伯爵令嬢に毒物を盛った真犯人を見つけなくてはならないわ」


 こんな騒ぎが起きてしまった以上、お茶会は続けられない。

 セレーヌはお茶会に参加した貴族達に別室への移動を促し、馬車の手配を支持した。


 王女のお茶会で毒殺未遂事件が起こったことは瞬く間に世間に広まるだろう。


 セレーヌは考えるだけで頭痛がする。


 国王陛下にも報告しなければならない。

 毒を盛られたと騒いだのはアンベラ伯爵家の令嬢だ。無視はできない。


 セレーヌはミスティアに視線を向ける。


 顔色も良く、ピンピンしている彼女を見て自分の心配が杞憂で終わったことに安堵した。

 そしてやはり気になるのは誰よりも青い顔をして震える、ミスティアを犯人呼ばわりしたメイドだ。


「ご気分は大丈夫ですか?」


 ミスティアはそう言ってノアに手を差し伸べる。


「えぇ、……大したことないわ」

「それは良かった。毒物は物によっては吐き気や眩暈だけでなく痙攣や呼吸器不全、血管収縮、脱力、脳死や心不全に繋がる物もありますから」


 大事にならなくて良かった、とミスティアは微笑んだ。

 ノアは顔を引き攣らせて、ぎこちない笑みを作る。


 何で⁉ どういうことよ⁉ 


 ノアは怒りで身体を震わせ、ミスティアを睨み付ける。


 どうして⁉ あれだけの毒を飲んだはずなのに!

 何でっ!


「大変! 顔色が良くないようです。姫様、アンベラ令嬢を医務室へお連れしてもよろしいでしょうか?」


憤りで震える自分を気遣うように接してくるミスティアにノアは殺気立つ。


 どうして平然としていられるのよ!


 ぎりぎりと無意識に奥歯を噛み締め、怒りで震え出す身体を押さえるために拳をきつく握り締めた。

 

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