第四十五話 不信感

 しばらくするとミスティアが護衛に連れられて東屋の前に姿を現した。


 流石に泥まみれではないわね。


 いつもは土で汚れたシャツにベスト、パンツにロングエプロンという格好のミスティアだが今日は違う。


 ネイビーカラーのパンツにジャケット、ストライプのシャツに小ぶりなネックレスがキラリと光っている。

 普段は肩までのウェーブがかった髪をそのままにしているが今日は後ろで結び、細いリボンが付いている。


 その凛々しく、美しい彼女に令嬢達は視線を奪われているのがセレーヌには分った。


 ミスティアはセレーヌの前で騎士のように跪く。


「お呼びと伺い参りました。姫」


 その様子に一部の令嬢達が色めき立つ。


「顔を上げて立ちなさい。紹介するわ。この庭を手掛けたミスティア・ロンサーファスよ」


 セレーヌの紹介にミスティアは美しくお辞儀をする。

 男性がするお辞儀だが、今の彼女がするととても様になっていた。


「あら、フローズのミスティアじゃない」


「彼女であれば納得ですわ。だって、彼女の花はいつも素晴らしいんですもの」

「ついに王家のお墨付きを得たのね。仕事を頼みづらくなってしまうわ」


 令嬢達の様子から、ミスティアはそれなりに名が知れていることをセレーヌは知る。


 否定的な声はなく、セレーヌはほっとする。


「姫様、彼女にお茶を淹れてもよろしいでしょうか?」


 そう言ったのはノアである。


 一体、どういうつもりなの?


 セレーヌやカフローディアに近付く者は漏れなく排除しようとするノアがミスティアにお茶を淹れたいと言うのだ。


 そもそも使用人を貴族と同じ席に着かせるなど、ノアのような人間は最も嫌がることではないのか。


「この見事な庭を作り上げたご褒美、ということで」


 ノアは微笑む。


 ノアの目的が視えず、判断に困る。


「姫様さえよろしければ、皆さまと同じお茶を頂けるという褒賞を是非、私に下さいませ」


 ミスティアがそんな風に言うのでダメだとは言えなくなる。


 この女に絡まれるとろくなことがない。だから一刻も早く、ミスティアを退場させたかったのに!


 何でお茶をするだなんて言ったのよ! もうっ!


 セレーヌは微笑みの仮面の下で荒れ狂う。



 ミスティアとノアが幾らか言葉を交わしているのを聞き、違和感が膨らむ。ノアの言葉は全てミスティアを称賛するもので、やけに機嫌が良い事も気になる要因の一つだった。


 まさか、ノアはミスティアを気に入っているの?


 そんな風に思っているとミスティアの前にカップが置かれた。


 お茶に毒が入っている、なんてことはないわよね?


 ミスティアがカップに口を付けるが顔色に変化はない。


 思い過ごしかしら?


 ミスティアを見守りながらセレーヌもお茶やお菓子に手を伸ばす。

 二人のことが気になり過ぎて全く味が分からない。


 ミスティアはお茶を飲み切ったようで、シャマルが口を開く。


「ミスティア、是非ともあの庭石について語り合わないか?」


 先ほどから石愛を語り過ぎて令嬢から引かれつつあったシャマルがミスティアに話し掛ける。


 お仕事の話であればお邪魔してはいけないわね、とシャマルのトークに辟易していた令嬢の一言で二人が席を離れる雰囲気になる。


「ミスティア、忙しい中、悪かったわね」

「とんでもありません。光栄にございました」


 そう言って体よくミスティアを退室させることに成功し、心の底から安堵した。

 身体からどっと力が抜ける。


 ノアの不可解な行動は気掛かりだけど、ミスティアに何も起きなかったことにほっとした。


 しかし、騒ぎはここから始まったのである。


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