第四十四話 始まったお茶会

 楽しそうにはしゃぐ少女達の声で四つ葉宮の庭は賑わっていた。

 問題なさそうね。


 セレーヌは招待客に目を配りながらお茶に口を付ける。


「素晴らしいですわ」

「本当に素敵。あら、魚が跳ねましたわ」

「とっても綺麗です」

「このお茶も、とても綺麗ですわね」

「これは緑茶というのです。紅茶よりも渋みが少なく、ほのかに甘みがあり、透明感のある黄緑色が特徴ですの」


 セレーヌの説明に皆が関心し、茶器に注がれたお茶に注目している。


「本当ですわ! とっても美味しいですわ」

「楽しんで頂けて嬉しいわ」



 庭は勿論、お茶やお菓子も好評でセレーヌは胸を撫で下ろす。


「シャマル様もご協力なさったのでしょう?」

「僕は材料を手配しただけですよ」

「こんなに沢山の石をすぐに用意できるなんて」

「是非、うちの庭もお願いしたいわ」


 ドレスで着飾る令嬢達に囲まれているのはシャマル・オースティンだ。


 今回は彼にも感謝している。ミスティアと協力し、現場の指揮を執ったのは彼である。


 話題の提供の一つとして、急遽、彼もお茶会に出席してもらった。


 石好きの変わり者であることはセレーヌの耳にも入っていたが、話してみれば普通の青年だった。


 そんなに風変りには見えないのよね……。


「石に関することであれば何でも仰って下さい。墓石から宝石まで幅広く対応しています」

「墓石……?」


 キラキラとした表情で微笑まれ、令嬢の一人は少し困惑している。


 ……やっぱり少し変かもしれないわ。


 しかし、宝石の話になり、令嬢達は興味深々と言わんばかりにシャマルの話に耳を傾け、相槌を打っている。


 まぁ、大丈夫そうね……。


 少し心配ではあるが、大きなトラブルには発展する心配はなさそうだ。


「セレーヌ様、今日はお招き頂き、ありがとうございます」


 そう言って恭しい態度でドレスを広げて挨拶をするのはノア・アンベラだ。


 真紅のドレスに派手な装飾品と身に着けて現れたノアは了承してもいないのにセレーヌの隣に腰を降ろした。


 その図々しさにセレーヌを舐めていると感じる。

 それを指摘しようか迷っているとノアが口を開く。


「聞いたところ、この様式の庭造りは初めてだとか。我が家にも腕の良い庭師が揃っておりますので是非ご相談下さいませ」


 まるで素人に作らせたとでも言いたげな口振りである。


 王宮にあるものは全て一級品でなければならないという認識が強い。

 見栄もあるが、人の上に立つ者にとっては必要なことでもある。

 それは人に関しても同じだ。特に庭師や花装飾師などの家門の見栄に直結する職人達も一流を求められる。


 相談して役に立たなかったからミスティアに頼んだのよ。


 口から飛び出て来そうな言葉を飲み込み、セレーヌは笑顔を貼り付けて上品に微笑む。


「ええ、機会があれば」


 その言葉にノアの眉が顰められる。


「それにしてもセレーヌ姫は流石、お目が高くていらっしゃる」


 会話に割り込んで来たのはシャマルである。


「この庭を手掛けた者は『観華会』で名誉ある銀華賞を受賞した若き天才。彼女に花装飾を任せれば必ずお茶会は成功し、庭を造らせれば家門は栄えると言われるほど」


 そんな話は聞いたことがない。


 言い過ぎじゃない?


 セレーヌは心の中で呟く。

 大袈裟なシャマルの言葉にご令嬢は関心を示す。


「流石は姫様。お目が高い」


 シャマルの言葉をノアは気に入らないようで、無言で凄んでいる。


 しかし、ノアの視線を物ともせずにシャマルはにこやかに微笑む。


「そうですか……そんな素晴らしい腕を持つ花装飾師にお会いしたくはなくて?」


 突然のノアの提案にその場にいた令嬢達が騒めく。


「私も是非お会いしたいわ」


 そう言ったのはルルア・バースロス伯爵令嬢だ。

 扇で口元を隠して、楽しそうに目を細めている。


「ルルア」


 それを諌めるような声で令嬢を呼ぶのはバースロス伯爵家の次男だ。

 女好きの長兄は今日は来ていないようでセレーヌはほっとする。


「どんな方か興味があります。バーチェルお兄様もそうでしょ?」

「…………」


 甘えた声で兄に言うがバーチェルは不満気である。

 ルルアを始め、次々と庭師に会ってみたいという声が上がる。

 その様子にセレーヌは内心焦っていた。


 嫌な予感がする。


 ここにミスティアを呼んではいけない気がしてならない。

 セレーヌの勘はよく当たる。それも嫌な予感ほど的中する。


「姫様」


 セレーヌにシャマルが耳打ちする。


「呼びましょう」

「だけど……」

「自分が彼女のフォローをします」


 まるでミスティアを馬鹿にされた気がして大人げなくノアに突っかかったシャマルは責任を感じていた。


 気が進まないが仕方がない。


 セレーヌは側にいた護衛のシーナを手招きで呼ぶ。


「ミスティア・ロンサーファスをここに呼びなさい」



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