第四十三話 毒華とセレーヌ
「本当に、大したものだわ」
薄い黄色のドレスが揺れる。
お茶会当日、二階のバルコニーの下に広がるのは見事な石の庭園である。色とりどり、というわけではないがシンプルだが品があり、洗礼された雰囲気の造りとこの国には珍しい目新しさがあり、見る者を楽しませてくれる。
特に池の水が流れる音は心地良く、時折、魚が跳ねて飛沫が上がり、キラキラと光る様子はとても惹きつけられた。
「あぁ? 何が?」
「あんたはいい加減、言葉遣いを覚えなさい」
セレーヌは護衛のエドワード・ビガージャックを窘める。
大きな欠伸をして、いつも通りだらしなく首元を緩めている。
間もなく招待客が四つ葉宮にやって来る。
何も起こらなければ良いんだけど……。
「おい」
「おい、じゃないわよ。口の利き方に気をつけ……きゃっ」
急に両脇に手を差し込まれ、そのまま身体が浮き上がる。
突然の浮遊感に驚き、セレーヌは小さく悲鳴を上げた。
「何するのよ、降ろしなさい」
子供のように高く持ち上げられ、セレーヌはエドワードを見下ろした。
「何が心配か知らねぇけど、しけた顔すんなよな」
「…………」
元気付けてるつもりなのかしら……。
これが?
セレーヌは呆れて言葉が出て来ない。
「何があったって俺がいるんだ。好きに振る舞えよ、王女様」
いつだってだらしなくて、いつまで経っても言葉遣いは覚えないし、振る舞いも最悪。戦闘狂で血に飢えた獣のような男の癖に。
セレーヌの核心をこうも簡単に突いてくる。
それも従順な騎士のように。
「降ろしなさい。それに、今日のお茶会の護衛からあんたは外れてるはずよ」
「あぁ? 何で?」
その理由さえも失念していたらしいエドワードにセレーヌは頭を押さえた。
「あんたがいると、他の者達との会話がままならないからよ」
「しなきゃいいだろ」
「そんな訳にもいかないでしょ」
拗ねて鼻を曲げるエドワードはまるで子供の様である。
しかし、彼は国王陛下が最も危険視する『毒華三輪』の一人だ。
自由気ままで自分勝手な戦闘狂で血に狂った獣。彼の通った道は血に濡れ、剣を振るえば辺り一面が地獄絵図になる。
まるで地獄の彼岸花が咲いているかのように見えることから彼の花名は『血の彼岸花』。
城内では誰しもが恐れ、危険視する男だ。
「じゃあ、行くなよ」
ずいっと顔を近づけて覗き込まれると心臓が跳ねる。
赤茶色の髪を撫で上げ、エドワードは言う。
浅黒い肌が開いたシャツの間から覗き、野性味溢れる端整な顔立ちも相まって絶妙な色気を感じた。
「離れなさい。行くに決まってるでしょ」
胸元から視線を逸らしてセレーヌは言う。
少しだけ熱くなった頬を冷ましたいと思い、セレーヌは何気なく
思ったことを口にする。
「……他の毒華もあんたみたいな者達なのかしら」
『毒華三輪』とは簡単に言えば国王陛下公認の三人の危険人物達だ。
彼岸花、鳥兜、鈴蘭、どれも毒を持つ美しい花達だ。
残りの二人も、自由気ままで自分勝手で人の話を聞かない連中であればとんでもなく迷惑であるに違いない。
そして残りの二輪は公に明かされていない。
限られた者にしか知らされていないため、本当にいるのかも怪しいが。
「知らねえけど。どいつも『自由』に飢えてるな」
「あんたは誰が毒華か知ってるの?」
「いや、知らねぇ」
「じゃあ、何でそんなことが言えるの?」
「俺らが『毒華』だからだ」
セレーヌは再び頭を抱える。
エドワードとの会話は基本疲れる。
「お願いだから降ろして頂戴」
抱き上げられたままのセレーヌが言うとようやくエドワードはそのように動く。
地面に足が着き、ドレスの裾が揺れる。
持ち上げる時は突然で荒っぽく感じたが、地面に降ろす時はいつも丁寧で慎重に扱われている感じがする。
それが少しだけ嬉しいと感じるが、顔には出さない。
「じゃあ、行くわ。あんたは部屋で待機よ」
強い口調でセレーヌはエドワードに告げる。
間の抜けた返事が背後で聞こえて、本当に大丈夫かと一瞬だけ心配になるが、下の階から賑やかな声が聞こえてくる。
「始まるわね」
セレーヌは立ち止まり、深く息をして気持ちを落ち着かせる。
何も起こりませんように。
もし、何かが起こったとしてもここは私の宮よ。
他の者に荒らされるわけにはいかないわ。
心の中で呟き、再び歩き出した。
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