第四十話 薬の効果①

 ぞぞっとシャマルの背筋に冷たいものが駆け抜ける。


「どうしたの?」


 隣りに立つミスティアは二の腕を擦るシャマルに問い掛けた。


「いや、何だか悪寒が……誰かに見られているような……」


 シャマルが辺りをキョロキョロの見渡すのにつられてミスティアも辺りを見渡すが人影はない。


「風邪じゃない?」


 大丈夫? とシャマルに近付くミスティアだがざざっとシャマルが物凄い勢いで後退る。


「いや、大丈夫。何だかよく分からないが適切な距離を保った方が良い気がする!」


 近づこうとするミスティアを手で制するシャマルは周辺に視線を彷徨わせる。


 この視線、どこからだ⁉ しかも見られてるの俺だけ!?


 誰かが確実に今、この瞬間、自分に殺気を向けている……気がする。


「ねぇ、具合が悪いなら少し休むと良いよ。急に呼びつけたわけだし。疲れてるでしょ」


 ミスティアの気遣いは有難いがミスティアが自分に近付く度に殺気が強くなる気がする。


「いいや、大丈夫だ。構わないでくれ」

「そう? 辛かったら無理しないで言ってね」


 ミスティアはそう言って歩き出す。充分な距離を保ち、辺りを警戒しながら後を追う。



 四つ葉宮に着いた頃には殺気は完全に消えていた。

 何故か自分に向けられた殺気の正体に心当たりがなさ過ぎて困る。


「君の所から仕入れた石が届いたから明日にでも敷き詰める作業に入るわ」


 大きな荷馬車がいくつも並び、そこに積まれているのは種類ごとに分けられた大量の石である。石の色や大きさごとに分けられて大量に運び込まれた。


「凄いな、東屋も形になっているじゃないか。昨日の昼間から始めた作業だろ?」


 たった一日でここまで形になるとは思っていなかったシャマルは目を丸くする。


 木製の屋根、柱、床板、パーツは仕上がっており、後は組み立てればおおよそ完成と言えるのではないだろうか。


 細かい部分の修正ややすりがけ、艶出しの作業は必要になるだろうが、大したものだ。


「うちの職人達は優秀なのよ。作業も早くて、とっても正確で仕事に誠実なの。その辺の職人とは格が違うわ」


 ミスティアの声のトーンが上がる。


 すると職人達も気を良くしたのか、動きが一層よくなった。


 褒める所はしっかり褒めて、作業する者の士気を上げるのが彼女は得意なのだ。

 シャマルも会社経営をする上で参考にしなければならないと思う。


「あの位置にそのまま東屋を置くわ。東屋から庭への入り口まで平たい踏み石を並べるわ」


 土と踏み石を敷き詰め、東屋から眺める庭は小石を敷き詰めるのだと説明は続く。


 水を引いて小さい池は既に完成しており、赤と白の模様が入った魚が優雅に泳いでいるのを見た瞬間、本当に只者じゃないと感じた。


「この魚、この国にはいないよね。どこから持って来たの?」

「そういうのが好きな知り合いから買ったの。四つ葉宮は生き物がいないから姫様も喜んでいたわ。お世話もしてくれるって」


 東の島国では池の中央や池の側に東屋を作り、池で泳ぐ魚を眺めるらしい。今回のお茶会ではそこまで再現するようだ。


「花はどうするの?」

「手配済みよ。前日に届くわ」


 抜かりはないらしい。

 この進行速度ならお茶会には間に合うだろう。


「そういえば、手はどう?」

「あぁ、そうだったね」


 昨晩、ミスティアから軟膏を受け取ったシャマルは数時間おきに塗り直して経過を見ていた。


「随分良くなったと思わないか?」


 ハンカチで被れた手は赤みも引き、痒みやひりつきも落ち着いた。


「赤みもかなり良いわね」


 手をまじまじと観察しながらミスティアは言った。


「ありがとう。本当に助かるよ」

「良いのよ。ねぇ、あの黒いハンカチなんだけど、よければ私に譲ってくれない?」

「構わないけど……使う気じゃないよね?」

「サンプルに貰いたいだけ」


 使わないわよ、とミスティアは言った。


「じゃあ、後で届けるよ」

「ありがとう」


 軟膏はミスティアの手作りだと言う。


 ミスティアは大きめの瓶にシャマルの分の薬を取り分けて譲ってくれたものだ。市場では手に入りにくい薬草を使って作ったというその軟膏はおそらく自分ではない誰かのために作られたものだと感じた。


 自分の他にもミスティアに相談した人がいるのかもしれない。


 もし、そうであればその人も薬の効果に驚いているに違いないとシャマルは思った。




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