第三十九話 封じた感情
シャマル・オースティン。
オースティン男爵家の三男で造園会社を継いだ若手社長。
アイシャンベルク学院の卒業生でミスティアと同級生だ。
しかし、ミスティアと同級生であるということはウォークとも同級生であるということだ。
実際に言葉を交わしたこともあるし、グループ活動でも一緒になったことがある。
かつての友人を懐かしく思う反面、背筋が冷える感覚もある。
キースを知っているシャマルに近付くなという警告だ。
ウォークは大きな溜め息をついた。
「こんな丁寧に警告してくれるってことは……」
ミスティアには正体がバレているのだろう。
こんなに不快な思いをしてまで髪を染め、神経をすり減らして日々生活しているというのに、ミスティア一人欺けないなんて。
「他の人からは何も言われないし、気付かれてないのに」
ウォーク、もといキースは子爵家の次男だった。
幼い頃はパーティーやお茶会に連れて行かれたがアイシャンベルク学院に入ってからは勉学が楽しく、次男ということもあり、社交への顔出しをあまりしていなかった。貴族でキースの顔を知る者がそもそも少ないのだ。
そのお陰か、ウォークとキースを結びつける者は今の所は現れていない。
社交界デビューもしているが人混みや自分に向けられる視線が鬱陶しくて、社交は兄に任せて早々に退場している。
兄は自分と同じ金色の髪と父に似た甘い顔立ちで女性の視線を引き付ける的のような人だった。人当りも良く、女性を楽しませることのできる兄を見習って学校では真似てみるが、つくづく自分には向かないと実感した。
女性に言い寄られる度に兄を人身御供にして悪いとは思っていたが、自分に社交は向かない。
自分は貴族の煌びやかな世界よりも学問に関することを仕事にしたいと思っていた。
子供達に勉強を教えたり、自分の知識や、技術を教えられる教師になりたかった。
父も母も肯定的でその道に進むために、アイシャンベルク学院の卒業後に専門性を極めるために大学へ進学することも許してくれた。
厳しい審査と試験を受けて合格を勝ち取り、開いたかと思われた夢の道はあっけなく閉ざされた。
「どうも感傷的になっているな」
既に諦めたことのはずなのに、悔しさが込み上げてくる。
ミスティアと再会してから、どうもにも落ち着かない自分がいるのだ。
もう既に手放したと思っていた感情、諦めて封印したはずの夢や欲がこうして時折、顔を覗かせる。
外で軽快なミスティアの笑い声が響く。
隣りを歩くシャマルに向けられた笑顔がウォークの胸を抉る。
「もうこんな風に思う事はないと思っていたのに」
ウォークのその言葉を聞く者は誰もいない。
一度は諦めたのに。
誰にも聞こえない小さな声でキースは呟く。
「また君に求められたいと思うなんて」
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