第三十七話 清々しい目覚め

 ウォークは目を開けるとそこには見慣れない天井が広がっていた。

 煌びやかではないが簡素でもない。上級使用人に用意される上等な部屋であることはすぐに分かった。


「今何時⁉」


 ベッドから飛び起き、窓の外にある太陽の位置を確認すると真上に近い位置に太陽がある。


 自分の記憶はミスティアに頼まれた設計図を完成させ、建築士達に指示を出した所までしかない。


 あれからどうした? 自分はどうしてここに? そもそも、ここはどこの部屋だ?


 庭の風景から白蘭宮にいることしか分からない。

 あらゆる疑問が脳内を駆け巡るが答えはでない。


 しかも始業時間に大幅遅刻だ。


 非情にマズい事態だ。


 椅子の背もたれに掛かる自分の制服に腕を通し、ボタンを留めようとしたところで違和感に気付く。


「何だ、これは……?」


 違和感を持ったのは自分の指だ。

 両手親指以外の全ての指が包帯でぐるぐる巻きにされているではないか。


 親指以外の四本の指が一つにまとめられており、両手が同じような状態である。

 突き指をした記憶も怪我をした記憶もないウォークは首を傾げる。


 痛みもなければ何ともなく、目覚めは実に清々しい遅すぎる起床だ。


「こんなことしてる場合じゃない!」


 ウォークは慌てて指の包帯を解きながら、部屋を出ようと扉の前に移動した時だ。


「わわっ、何だい、目が覚めたのかい?」


 扉の向こうから姿を見せたのはメイドのリダである。

 白蘭宮でも年嵩のメイドはウォークにもよく世話を焼いてくれる女性だ。


「リダさん、すみません、急いでて……」


 すぐにでも執務室に行かなければ。


 そう思い、駆け出そうとするウォークの腕をがしっと掴んで引き戻した。


「あんたは今日一日休むよう命令が出てるよ」

「はい?」


 そう言ってリダは部屋の机にある書面を指した。


 そこには休暇の延長の受理とユリウスからのメモ書きがあった。


『体調を整えるように』


 一言だけ綴られた筆跡は確かにユリウスのものだ。


 しかし、身体は軽い。眠気もなく、身体がふらつく感覚もない。

 強いて言えば空腹を感じるぐらいのものだ。

 こんなに清々しい日も滅多にない。

 今から仕事をしても全く身体に障りはない。むしろ、出来ることを片付けておきたい。


 またいつ、急にミスティアに呼ばれるか分からない。


 彼女は見事に使用人や職人達の心を掌握したが、この城に来て間もないのだから、何かと困ることも多いはずだ。


「問題ありませんから……」

「今日一日はしっかり休むようにと命令だからね」


 問題ないので仕事に行きます、と言おうとしたがリダの一言によって遮られる。


「今、食事を持ってくるから部屋で大人しくしてるんだよ。あぁ、それからね……」


 そう言ってリダは網籠とメモをウォークに手渡す。


 網籠の中にはたっぷりと液体の入った大きめの瓶、手の平に収まるくらいの小さめの瓶、丸くて白い塊が布に包まれている。


「何です? これ」

「ミスティア様からだよ」

「彼女が?」

「これとメモを渡すようにって。必ず使えって言ってたからね」


 じゃあ、食事を持ってくるよ、とリダは廊下に消えていく。


 部屋に戻り、網籠の中身を机に並べた。


 液体の瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐと爽やかな香りが鼻を掠めた。

 レモンのようなオレンジのような甘い香りがする。手の平サイズの瓶には軟膏のようなものが入っている。液体と同じような香りだ。布に包まれた白い塊にはよく見ると茶色っぽいつぶつぶした物が練り込んである。


 鼻に近付けると液体と軟膏と同じような香りがする。


 しかし、これだけミントのような清涼感がある香りが感じられた。

 指の腹で触ると硬くてしっとりとしている。


「これは……石鹸?」


 ウォークはリダから受け取ったミスティアのメモと開く。

 そこには液体、軟膏、そして石鹸の使い方が書かれていた。

 

 



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