第三十六話 黒いハンカチ

  

 シャマルが大きな鞄を開くとそこにはミスティアの要望に応えた商品が並んでいた。

 瓶に入った白い砂、形が揃った小石、砂利、大きい石もいくつか鞄の中から現れる。


「要望通りだと思うよ」

「流石。分かってるわ」



 ミスティアは大きく頷く。


「ここにあるのはサンプルだけど、もう運ばせてるんだ。明日の日暮れまでには四つ葉宮に届くよ」


 ミスティアは心の底から感謝した。


 サンプルチェックしてからの発注では絶対に間に合わない。

 シャマルが王都に滞在していてくれたからこそ、四つ葉宮の仕事を引き受けたのだ。


「本当にありがとう!」


 ミスティアはぎゅっと手を握り締めて感謝の意を示した。


「礼には及ばないさ。この様式が広まればうちの会社の株も上がるし、今までほとんど価値がなかったこの子達に価値が見いだされれば、こんなにも嬉しいことはない」


 ガラス瓶に入った白い砂利に頬ずりをしながらシャマルは言う。


「まさか、東の島国の庭園様式を真似るなんて思ってもみなかったよ。成功すれば石の需要も上がるし、石を馬鹿にして邪魔にする家の連中も黙らせることができる!」


 シャマルは拳を握り締めて言った。


 ミスティアが四つ葉宮の庭に取り入れるのは、遠い東の島国で使われているものだ。


 石や砂利を大量に使用し、小さな植木に池、庭全体を眺望しながらお茶を飲める東屋を再現する。


「これはそこらの庭師では思いつかないだろうな」

「私だって君がいなければやろうと思わなかったよ。本当に来てくれてありがとう」


 ミスティアの言葉にシャマルは胸を張って満足そうな顔をする。 


「じゃあ、これからよろしく。早速、出来ることから作業に入ろう」

「あ、その前にこれ……見てくれないか?」


 そう言ってシャマルはミスティアに手を広げて見せた。


 この部屋に入った時に真っ先に気になっていたシャマルの手だ。

 血色の良い肌色が所々赤い湿疹ができている。


「何かに被れたのか?」


 シャマルの手を覗き込んでリーズが言う。


「そうみたいなんだが、薬を塗ってもなかなか治らないんだ」


 ミスティアはシャマルの手を取ってじっと観察する。

 湿疹は指の腹や手の甲に多く出来ている。



「小指の側面と人差し指、親指の側面……」


 赤みが強く出ている。


「何か分かることはあるかい?」

「何とも……手だけ?」

「そうなんだ。手だけであとは何ともない」


 ミスティアはしばらくシャマルの手元を観察する。


 ニヤニヤしたこの顔……試されてるな。


 ミスティアは相変わらず人が悪いなと内心で思いながら息をつく。


「ハンカチね」

「正解!」


 ミスティアの回答にシャマルは笑顔で頷く。


「ハンカチでそんな風に手荒れを起こすのか?」

「綿や絹で作ったものならこんな風にはならないんだけど……」


 シャマルはポケットから一枚のハンカチを取り出して見せた。


 艶やかな黒の生地に白と金糸の刺繍が施されている。

 肌触りの良い生地だ。鮮やかで艶のある生地は見るからに高級感がある。


 田舎貴族と言ってもやはり貴族の坊ちゃんだな。

 持ち物はやはり一級品だ。


「とある貴族のお茶会に参加した際に配られた物なんだ。艶があって肌触りが良いし、色落ちしない、っていうのが謳い文句だったよ。使っても何ともない人もいたし、僕のように手荒れを起こした人もいた」


「なるほど。君、肌弱かったもんね」


 石いじりが好きで土は頻繁に触るシャマルだが石についた苔や草露でも被れるので、手袋、軍手は必須であり、常に塗り薬を持っていた。

 日焼けや乾燥、汗や海水でも肌荒れするので沢山の薬を原因によって薬を使い分けていた。


「そうなんだ。どの薬じゃ治らなくてね」

「使った薬はある?」

「持った来てるよ。後で渡す」


 ミスティアは頷く。


 まじまじとハンカチを観察する。


 ハンカチは白や白っぽい色味の物が主流だ。黒いハンカチは珍しい。

 制服や作業着と違い、下着やハンカチが肌に触れて汗をかくし、頻繁に洗濯をするため、色落ちが激しい。


 肌触りの良さは絹、ハンカチを染める染料がシャマルの肌に合わなかったのだろう。


 しかし、『どの薬を使っても治らない』というシャマルの言葉が引っかかる。


 被れの原因に薬が対応していないということだ。

 手持ちの薬では原因に対応する成分が入っていないということになる。


 衣類で起こる肌荒れは毛羽立ちなどの繊維の荒さ、生地を染める染料などがほとんどだ。

 シャマルは綿や絹などの柔らかく、滑らかな生地であればほとんど肌荒れは起こさない。

 色落ちしない生地、ということから原因は染料だと考えられる。


「今までにない特別な染料を使ってるのかしら……」

「希少な植物からとれる染料らしいよ。希少だから値は張るけど、これで染めた糸で作られた生地は光沢が出て、艶が消えないと言っていたよ」

「配られたハンカチは他に何色があった?」

「全部黒だよ。黒だけ」


 ミスティアは思考を巡らせる。


「希少で黒い染料になる植物……いくつかあるけど、どれもシャマルの手持ちの薬で治るはずなんだけど……」

「ヒリヒリしてしょうがないんだよ。今は落ち着いたけど最初は物凄く痒くて……」


 また痒くなってきたとシャマルは言う。


「おいおい、余計酷くなるだろ」


 手を擦り合わせるのをリーズが止める。


「そんなに痒いのか?」


「もの凄く痒いんだよ。気が狂いそうになるぐらい」


「あ」


 ミスティアははっと顔を上げる。


 痒い……赤い湿疹……希少で色落ちしない染料……最近、それを見たことを思い出した。


「ねぇ、そのハンカチはどこの誰から受け取ったの?」


 ミスティアの中で何かが繋がりそうな気がしていた。


 もう少しで何か大きなものが動き出すような、そんな胸の高鳴りを感じる。


「アンベラ伯爵家の事業成功記念のパーティーだよ」

 





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