第三十五話 旧友
カフティの了承を得て、ミスティアは部屋の外に控えていた人物を招き入れる。
「久し振りだね、ミスティア」
そう言って手の甲に唇を落とすのはシャマル・オースティンだ。
キースには劣るが彼もなかなか整った顔立ちをしている。
深い灰色の少しクセのある髪とオレンジ色の瞳が特徴的だ。
「そんなに久しくないと思うけど、急な話だったのに来てくれてありがとう」
何と言っても、今回の庭造りに関してはシャマルの力が不可欠なのだ。
ミスティアはシャマルの手を握り、ここに来てくれたことへの感謝を示す。
「ん?」
握ったシャマルの手に赤い湿疹のようなものがあることに気付く。
「後で見てもらえないか?」
手の湿疹を差してシャマルは言う。
「分かった。で、手紙に書いたあれは?」
「まぁ、待ちなって。殿下にご挨拶をさせてくれ」
「そうね」
ミスティアは頷き、一先ずカフローディアへ紹介をすることにした。
「カフローディア殿下、友人のシャマルです」
ミスティアが言うと、シャマルが深く頭を下げる。
「王子殿下にオースティン男爵家三男、シャマル・オースティンがご挨拶申し上げます」
「話には聞いている。ミスティアの学友で男爵家が経営している造園会社を継いだとか」
「はい、その通りです。友人の頼みですので、こうして馳せ参じました」
「彼は石にとても詳しいのです。宝石から道端の石ころまで、石に関する知識でしたら彼の右に出る者はいません」
ミスティの言葉にシャマルは当然と言うように胸を張る。
「もしもお求めの宝石がおありでしたら、お申し付け下さいませ。どこの宝石商よりも優れた品質の品をお届けに上がります」
「あぁ。その時は頼む」
「もちろんです」
にこやかな表情でシャマルは言う。
「では、俺は行く。シャマル殿」
「シャマルとお呼び下さい、殿下」
「なら、そうしよう。シャマル、ミスティアに力を貸してやってくれ」
「役に立てるよう尽くします」
カフローディアは頷くと、ミンクスと共に退室する。
扉が閉まり、姿が見えなくなるとシャマルはあからさまに肩の力を抜く。
「シャマル、本当に来てくれてありがとう」
「いいや、こちらこそありがたい話だ。飛んで来るに決まってる」
「君、王族のお抱えになりたいとか言ってたしね」
「あぁ! 本来ならうちみたいな男爵家が王宮と商売なんて到底無理な話だが、こんな千載一遇のチャンスを与えてくれたミスティアに感謝するよ! これを機に認められれば我が社の印象を強く植え付けられる。お抱えとまではいかなくとも、今後の商売は右肩上がりだ」
力強く語るシャマルにミスティアは疑問に思うことがある。
彼には商才はあるのだが、こんなに収益を気にする人だったか?
「君、そんなにガツガツした人だっけ?」
石を眺めていれば幸せ、石以外には興味がない、そういう変わった性格だったはず。
卒業して家業を継いで、家門のことを考えるようになったのだろうか。
大人になったのね。
そんな風に思ったがシャマルは整った顔を歪ませて子供のように唇を尖らせた。
「だって……家門の利益を増やさないと石を捨てるって脅されてるんだ」
石に魂を奪われて十数年、集めた石は数えきれない。
到底、部屋の一室に収まるはずはなく、保管庫と称してちょっとした貴族の別邸ほどの大きさの建物を立ててしまった。
石の中には小さい国が一つ買えるぐらい高価で貴重な石もあり、防犯面も考えて警備も雇っている。
保管庫の所有を認める代わりに、家門の利益に繋がるよう仕事もしなければならない。
「できることなら石だけを愛でて生きていたいよ」
「安心したよ、学生時代と変わりなくて」
石好きを通り越して変態の域に入っている彼だ。
学生時代は美術室の石膏像を口説いていた時はかなり引いたが性的嗜好は人それぞれ。
未成年に手を出す犯罪者よりもよっぽどマシというものだ。
理解はできないけどな。
「シャマル、礼騎士のリーズ・グラシエルよ」
ミスティアはリーズを手招きしてシャマルに紹介する。
「初めまして、シャマルです。グラシエル……君はストレディア学園の出身だったかい?」
顎に手を当てて言うシャマルにリーズは目を見開いて驚く。
ミスティアも驚いた。
「君、ストレディアの出身だったのね」
剣技などの武術に優れた者が集まるストレディア学園は『王宮警吏の登竜門』と呼ばれている。
王宮の騎士や国防に関わる者は多くがストレディア学園の出身である。
将来の国の防衛に関わる職に就くため、厳しいカリキュラムが組まれている。
優秀であれば卒業後すぐに王宮や国の要所の警備や要人の護衛の仕事が約束されているとか。
リーズがこの若さで副礼騎士長という地位に就いているのも、ストレディア学園での優秀さを認められたからかも知れない。
「そうですが……どこかでお会いしましたか?」
「敬語はよしてくれ。同い年だろ? 君は一目見た時から燃えるようなガーネットの石が似合いそうだと思っていたんだ」
「あぁ……始まった」
ミスティアは奇怪なものを見る目でシャマルを見た。
「始まった? ガーネット?」
何の事だ? とリーズはミスティアに解説を求める。
「是非、うちの邸に来てくれ! 君に似合う最高の石で飾り付けよう!」
リーズの手を取り、瞳をキラキラさせてシャマルはリーズに迫る。
「ひっ……」
リーズが毛を逆立てた猫のようになっている。
ぞわっと鳥肌が立つ様子が見ていて分かった。
「シャマル……リーズが驚いているででしょ」
「おっと、失礼。つい」
ミスティアが止めに入るとシャマルはリーズの手を離し、リーズは勢いよく後退してミスティアの影に隠れた。
「シャマルは大の石好きでね。気に入った人をお気に入りの石で装飾したがるのよ」
「君のことは対校試合で知ったんだ。うちの生徒に負かされて悔しがる君の表情を見た時から、君には僕のガーネットが良く似合うだろうと……」
シャマルの言葉にリーズは嫌そうな顔をする。
「対校試合……ってことは貴族学院か?」
「いや、僕らはアイシャンベルク学院の出身だよ。年に一度、対校試合をしていたじゃないか」
「あぁ……思い出したくない記憶が……」
リーズが頭を抱えて苦しそうに唸り声を上げる。
「高等部二年の春の対校試合、代表チームから順当に勝ち上がった君はうちの代表のじょ……」
「いい! もう言うな! 思い出したくないっ!」
シャマルの言葉をリーズが大きな声で遮る。
「何があったのさ?」
ミスティアが問うとリーズは首を降って訊くな、と言う。
「あれは……屈辱だ」
リーズは精気のない顔でぽつりと呟く。
ミスティアはシャマルに視線で説明を求めるが、シャマルはにやにやと笑うだけで言葉はない。
「『僕ら』って言ったが、ミスティアもアイシャンベルクの出身なのか?」
思い出したように言うリーズはミスティアに問い掛ける。
「まぁね。でも私は編入組だから」
「編入組?」
リーズが首を傾ける。
「アイシャンベルクはこの国の若き頭脳、なんて言われるほど優秀な人材が多く集まるがそれだけじゃない。他には類を見ない特別な才能、そんな人材も大好きだからね」
音楽に秀でた者、絵画のコンクールに入選した者などの芸術に秀でた者も積極的にあつめていた。
「その話は聞いたことがあるな。ミスティアは何で入ったんだ?」
「『観華会』で銀華賞を貰ったからかな」
年に一度、花装飾の腕を競う『観華会』が開催される。
それは国中の花好きが自分の花装飾を披露し、腕を競う展示会兼大会である。
年齢は問わず、自分の作品を出品して、会場に訪れた観覧者が票を入れ、当日は沢山の出店が並び、一日中催し物もあるため、会場は大勢の客で溢れ返る。
それが三日間続く。この国で最も歴史の長い祭りだ。
幼い頃から花や木々の植物と触れ合い、花が好きだったミスティアもこの観華会に作品を出展した。
ミスティアは十四歳で銀華賞を受賞した。
一位は王華賞、二位は銀華賞、三位は銅華賞、ミスティアは銀華賞なので国で二番目に腕が良い花装飾師の称号を手にしたことになる。
銀華賞を貰って浮かれていた頃は幸せだった。
その銀華賞がきっかけでミスティアの人生は険しいものになってしまった。
恨み言しかない。
「とにかく、私はその枠で学院に入ったから。頭は悪い」
「別に悪くないだろ。そんなこと言ったら僕だってそうだ。ただの石好きが高じて貴族学院からアイシャンベルクに引っこ抜かれたんだから」
ミスティアもシャマルもアイシャンベルクでは編入組で地頭が良くて入学した訳ではない。
「本当に参ったよね」
「あんな恐ろしい場所だとは思わなかったよ」
ミスティアとシャマルは学生時代を振り返り、げっそりとした顔で溜息をついた。
「……色々あるんだな」
リーズは同情的な視線を向ける。
非常に頭が良い連中に並の学力でついていくのはさぞかし大変だっただろう。
リーズは心の中でそっと涙を流した。
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