第三十四話 墓守の貴族


 月魂祭とは二年に一度行われる死者の魂を弔い、滅された時魔の浄化が願って行われる行事である。


 月魂祭の夜に浮かぶ月は青く、静かに燃える浄化の炎を思わせることから二年に一度だけ現れるこの月の夜に月魂祭は行われる。


 森の奥にある祭壇に二十歳前後の王族と時計の王、墓守の貴族の三人が祈りを捧げるものだ。


「何で二十歳前後の王族なの?」

「ティアは王族史を知ってるか?」

「いや……ふわっとなら」


「王族は元々、聖女の末裔だと言われている。その聖女が時計師の始まりだ。その聖女が青い月の夜に自分の身を捧げて時魔の脅威を退けたと伝承がある」


「へぇー」


 ミスティアはカフローディアの話に相槌を打つ。


「その身を捧げたのが二十歳位だったと言われてる。何故かははっきりしないが」


「むしろ、何で知らないんだよ。月魂祭の当日は昼間は街も花や菓子を配ったりして賑やかだし、子供が読むような絵本にもなってるだろ」


「ふわっとなら知ってるって」


 ミスティアはリーズの言葉に反発する。


 絵本も読んだことはなるが、二十歳前後の王族が参加することは知らなかったし、墓守の貴族ってなんだ?


「墓守の貴族っていうのは?」


 ミスティアの問いにカフローディアが答える。


「時計師、礼騎士、礼士は死者に干渉する特別な力がある。特別なその力が彼らの死後、脅かされることのないようにするための墓地がある。普通の人間よりも特別な力を持つ者の方が時魔になった時に強力な力を持つし、怨念や未練が具現化しやすい。彼らの魂を鎮めることを業とした貴族を墓守の貴族というんだが……」


 カフローディアはそこまで話して、顔をげっそりさせた。


「どうしたの?」

「今はアンベラ家が墓守の貴族となっている」

「アンベラ家……あぁ!」


 ミスティアはノアのことを思い出す。


 美しいがあまりお近づきになりたくない少女だ。


「今は? 以前は違ったってこと?」


「……そうだ。リオネイラという元貴族を知っているか?」


 ミスティアの心臓がドクンと大きく跳ねた。


 ウォークの……いや、キースの生家だ。


 まだ金色の髪だった頃の彼がミスティアの脳裏で微笑んでいる。


「……その貴族がどうしたの?」


 ミスティアは動揺を顔に出さないように平静を装って聞き返す。


「リオネイラ家の当主が時計師狩りの容疑を掛けられて逮捕され、その後逃亡し、姿を消した。家は没落し、妻も息子達も行方知れずになっている」


 死者蘇生の研究や残忍な儀式に時計師や女性、子供を利用したという。


 カフローディアの説明にミスティアは酷く動揺した。


 落ち着け……動揺するな、私。


 ミスティアは大きく跳ねる自分の心臓を宥める。


 無意識に奥歯を強く噛み締めていたことに気付き、力を抜くことに努める。


「そのリオネイラ家が代々続くこの国の墓守だった。王家が時計師の子孫ならば彼らは礼騎士の子孫だといえる」


 聖女に仕えた騎士の子孫がリオネイラ家なのだと言う。


 聖女が亡き後も聖女の側を離れることなく、亡骸を守り続けたのがリオネイラ家の祖先だとカフローディアは語る。


「しかし、容疑者になったリオネイラ家の者達は行方知れず。爵位は剥奪され、広大な領地は隣に領地を持つアンベラ伯爵家が引き継ぐことになった。勿論、聖女や時計師達が眠る霊園もだ」


 なので現墓守の貴族はアンベラ家なのだと言う。


「それが何でそんなに嫌そうなの?」


 酷く嫌悪感を露わにするカフローディアを見て、ミスティアは言う。


「二十歳前後の王族ってなると俺が該当する。アンベラ家からは伯爵令嬢が出てくるだろ。苦手なんだよ、あの令嬢が! 怖いんだよ! ギラギラしてる目が!」


 出来れば一緒になりたくない!


 強く主張するカフローディアにミスティアもリーズもミンクスも同情的な視線をおくることしか出来ない。


「……お気の毒に」


「それだけか? 俺にかける言葉はそれだけなの⁉」


「いや、そう言われましても……。まぁ、君が本当に大切だと思う女性と結ばれることを祈ってる」


 ミスティアのその一言にカフローディアはがっくりと項垂れる。


 何故かミンクスとリーズの視線が悪者を見るようだが、ミスティアにはどうしようもない問題だ。


 性格はきつそうだが良家のお嬢様だ。


 伯爵家で資産もあり、力もあるのであれば第五王子の縁談としては妥当だろう。


 カフローディアがテーブルに額を擦り付けて唸っているのをミンクスとリーズが宥めている。


 月魂祭の夜は森の奥にある小さな神殿の中で一晩を過ごす。


 祈りは形式的に済ませたら各々が個室で過ごす。勿論、護衛もいる。


 何も二人っきりになるわけじゃないし……。


 女性であるノアが怯えるのであれば分かるが、ここまで怯えるってことは彼女のことが相当苦手らしい。


「まぁ、まだ二ヵ月あるからね。今から気にし過ぎていたら疲れるでしょ」


 一旦、置いときましょう。


 ミスティアの言葉にカフローディアは姿勢を正す。


「そうだな……意識し過ぎると疲れるしな」


「君は王子なんだよ。たかが、伯爵家のお嬢様如きにそんなに怯えてどうすんの」


「……まぁ、そうなんだが」


「学歴もあってバリバリ国政に関わる君と、家門の力しか頼れないお嬢様と、どちらが強い

の?」


「それは……まぁ……」


「学歴格差や医療格差の問題に一から取り組み、尽力して、国民の感謝が厚い君と、代々の家門の力を笠に着て威張ってるあのおっさんのどっちが国民の支持を得られると思う?」


「君が毅然とした態度でいれば彼らはそもそも君には気軽に近づけないんだよ」


「ティア……」


 ミスティアの言葉にカフローディアの瞳に精気が戻る。


「君はこの国の王族なんだよ。そんなことに負けないように」


 カフローディアは無言で力強く頷く。


 王族に何でそんなに上から目線で物を言えるのか、とリーズは思った。


しかし口から出そうになるのはぐっと堪えた。


「ふう」


 ミスティアは小さく息をつく。


 カフローディアかの瞳に精気を取り戻し、一仕事を終えた気分だ。


 リオネイラ家は没落し、当主と妻と息子達は行方不明。


 行方不明の息子の一人がこの城で働いて君の側をウロウロしてるし、何なら私の隣部屋で爆睡してるけどね……。


 ミスティアは天井を仰いだ。


 ウォークが殺人容疑者の息子だと知れたら大事だが、奇跡的に彼のことには誰も気づいていない。本当に不思議だけど。


 ミスティアから見たら彼は名前と髪色が変わっただけでほぼ変わっていない。


 イメチェンした程度しかないのだが、そのイメチェンが相当効いてるのかもしれない。


 彼も彼で全く別人になったつもりでいるのだろうか……。


 良かったな、本当に。周りに気付く人がいなくて。


 ミスティアは心底、そう思った。


 彼は貴族で貴族間の交流もあったはずなのに、彼を知っている人がいないのは何故なんだろう……。


 社交界には顔を出していなかったのかしら?


 ミスティアは首を捻るが本人に聞かなければ分からないので、そのことについては考えるのはやめた。


 何で彼は王宮に? 誰が手引きしたんだろう?


 聞いてみようかしら。


「そういえば、四つ葉宮のことなんだけど。しばらく向こうで寝泊まりするからよろしく」


「分かった。何か必要な物があればこちらからも手を貸す」


「図案通りになれば素晴らしい庭になる予定」


「お前……本当にウォークに感謝しろよ……」


 リーズの言葉にミスティアはぐっと拳を握り締める。


 自然な流れでウォークの話題へと変えられる。


「彼、本当に優秀だわ。あんないい人材、どこで捕まえてきたの?」


「ウォークは元々、礼騎士になるために出仕したんだ」


 そう答えたのはリーズである。


「え? そうなの?」


 ミスティアは驚いた。


「あぁ。だが、能力測定の値が水準を満たしてなかったんだ」


 カフローディアの言葉にリーズが続ける。


「能力があっても水準が満たされなければ礼騎士としては働けない。だが、礼騎士は無理でもあいつの剣の腕は群を抜いていた。十年に一度の逸材だ。騎士団が逃さないさ。入団してしばらくしてから、ユリウス様の目に留まってそのまま今に至るってわけだ」


 騎士団の訓練にユリウスが現れ、護衛兼雑用に調度良さそうな者を、と言いウォークを連れて行ってしまったと騎士団の上層部が嘆いていた。


 そうリーズは語った。


「礼騎士として入団する予定だったのね……」


 新事実だが、本当に聞きたいのはそんなことじゃない。


「あぁ、何でも時計師長の遠縁なんだとか」


 ミスティアは心の中でほくそ笑んだ。


「エリス様の親戚なんだ?」


「あぁ、だいぶ遠いみたいだけどな。あいつを連れて来たのも時計師長だ」


「へぇー」


 ミスティアは頷く。


 彼の優秀さならユリウスの目に留まるのも頷ける。


 しかし、ユリウスは彼の身元を詳しく調べなかったのだろうか?


 ミスティアはカフローディアの推薦で王宮入りしたが、簡易的な履歴書を提出し、身元は調べられたはずだ。


 ユリウスの側仕えになる人間の調査を行わないはずない。


 全く違和感のない書類を提出したのか、時計師長の推薦だから身元の調査が緩かったのか……それとも……。


 ユリウスが彼の調査をしなかったか……。


 今ミスティアが考えてもどうにもならない。

 だけど収穫はあった。


 エリスが彼をこの場に導いたとしたらエリスは彼の正体を知っている可能性が高い。


 キースは素敵な人だがエリスのような妖艶美女がキースに夢中になることは想像できないので、何も知らない彼女が彼に利用されている可能性は捨てていいかな。


 そもそも彼は何も知らない女性を騙して利用するようなクソ男ではない。


 キースが巧みにエリスを騙して王宮に入った可能性は低い。


 若い男に夢中になって騙される既婚女性や熟女は多いがエリスはそれに当てはまらない気がする。


 逆はあるかもな。


 キースが弱味を握られていてエリスの言いなりになっている?


 いや、ゼロではないけど……何のために?


 今度は目的が分からない。

 ミスティアは再び天を仰ぐ。


「お茶のお代わりいいですか?」

「はいはい、只今」


 疲労回復のためにお茶の催促をすれば、すぐに新しいお茶がカップに注がれる。


 齧りついた焼き菓子の甘さに少しだけ疲れがとれた気がする。


 するとコンコンコンとドアがノックされる。


「失礼致します」


 メイドのリダが恭しく入室してくる。


「ミスティア様、シャマル・オースティン男爵令息様が到着されました」


 ごほっ!


 ミスティアは驚いて盛大に飲んでいたお茶を噴き出す。


「おい、大丈夫か?」

「ティア、火傷はしてないか?」


 リーズとカフローディアが声を掛け、ミンクスは布巾で噴き出したお茶を拭いてくれている。


「だ、大丈夫だけど……早過ぎじゃない?」


 早過ぎる……。


 友人の早過ぎる到着に驚いたものの、心は踊り始めていた。

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