第三十三話 ティータイムと新たな問題
カフローディアは溜め息をついた。
ミスティアの提案で行われるティータイム。たとえ短い時間だったとしても心安らぐ一時になるだろうと思っていただけに落胆は大きい。
カフローディアは椅子に腰を掛けてお茶に口を付ける。
紅茶の香が鼻孔を抜け、クセがなく微かに甘みのある定番のお茶を味わう。
「殿下……何だかすみません」
「気にするな」
謝罪の言葉を述べたのはリーズである。
斜め向かいに座り、お茶と出された茶菓子を遠慮がちに食んでいる。
「もう少しで終わるそうですよ」
そう言ってお茶のお代わりを注いだのはミンクスだ。
ミスティアとのティータイムを楽しむはずが、肝心のミスティアが不在である。
『すぐ戻るから先にお茶してて』
そう言いながらウォークの担架と共に別室に向かったきり戻らない。
すぐ戻ると言ったのに……。
忙しい中でやっと捻出した貴重なお茶の時間がミスティア不在のまま過ぎていく。
カフローディアが大きく息をついた時だ。
ドアがノックされ、ミスティアがやって来た。
「遅い!」
「ごめん、ごめん。まだ時間大丈夫?」
カフローディアの言葉に軽々しい謝罪をしてミスティアは椅子に腰を降ろした。
「一仕事してきたら遅くなっちゃった。ごめんね」
王子とのお茶よりも大事な仕事なのかと文句を言いたいのをぐっと堪える。
来てくれただけでも良しとしよう。
「まぁ、いい。ティアも忙しいだろう」
ミンクスが淹れたお茶がミスティアの前に置かれる。
「ありがとう。頂きます」
そう言って紅茶とクッキーを頬張る。
「そう言えば聞いておきたいんだけど」
思い出したようにミスティアが口を開く。
「この前の君とお茶をした時の毒の件、何か分かった?」
以前、ミスティアとお茶をした時に茶葉に混ざった毒物の件だった。
「あの茶葉は俺宛ての献上品の中にあった品だ。茶葉の缶は中身を一部減らしてマドラスの根を混ぜたようだ。俺があのお茶を気に入っていたのはメイド達は知っているし、保管も彼らがしている。毒物を混入させようと思えば簡単だろう」
ミスティアは腕を組み、首を左右に傾けたり、天井を仰いだりして何やら思考を巡らせている。
「他はどんな感じで毒を盛られたの?」
「そうだな……やはり食事が多い。あとは食器類に。大事には至らなかったが医務官も原因を見つけられないこともあって……息が出来なくて、生死の境を彷徨ったこともある」
思い出しただけでも精神が削れそうになる。
一番酷かったのは貴族の邸で開かれた夜会で飲んだワインだった。
飲んですぐに症状が出た。
「気管支が圧迫されるようで、肺に空気が回っていないような感じだったな、呼吸困難で一時的だが意識を失った。あの日は夜会で一晩泊まる予定だったから主治医も同行していたが充分な処置が出来なかった。あの時ばかりは死ぬかと思ったな」
カフローディアの言葉にミスティアは目を大きく見開いてこちらを見つめていた。
「……その時はどうやって対処したの?」
「宰相もその夜会に参加していたんだが、宰相が持っていた薬で助かった」
「宰相様が薬を?」
そう聞き返したのはリーズである。
「ああ。以前、同じような症状が出る毒を盛られ、その時に飲んだ薬と同じ物を飲ませてくれて助かった」
その言葉にミスティアは肩の力を抜いた。
「生きててくれてありがとう」
ミスティアがぽつりと零す。
その一言がカフローディアの胸に温かく広がる。
毒を盛られ、苦しむ度に何故こんな目に遭わなくてはならないのだと憤った。
王族である限り、暗殺とは隣り合わせの人生を歩むことになる。
幼い頃から耐性をつけるための訓練もある。
しかし、毒を盛られるのは兄弟の中でも自分が圧倒的に多く、一月の間に複数回盛られることもあった。
その度にメイドや使用人達を厳しく叱責し、疑わしい者は追い出し、不備があった者は罰した。
故に白蘭宮には長年仕えた使用人しかおらず、人数も少ない。
いつもみんなが忙しく、身体も弱かったため、他の兄弟と遊ぶことも出来なかった。
双子の兄や妹がたまに顔を見せに来てくれるが、同じように外を駆けまわることは出来なかったので寂しい思いをしたのははっきりと覚えている。
ここ数年は毒殺未遂も起こっておらす、比較的平和であった。
しかし、ここに来て再び起こった毒殺未遂だ。
別の国であれば皇太子の座や王座を巡った争いもあるのだろうが、この国は少し他国とは事情が異なるし、自分は第五王子で王位継承権などあってないようなものだ。
そもそも玉座など部不相応でそんなものを望む気はない。
カフローディアの願いは国民の学力格差や医療格差をなくし、生活水準を引き上げて生活を豊かにするために尽力し、大切な人達と寄り添って生きていくことだ。
宰相であるユリウスも年齢的に仕事がキツイと文句を言って仕事を押し付けてくるし、王位に興味などない。それ以外の仕事で十分忙しい毎日を送っているのだ。貴族同士の諍いも、あいつらの手綱を握るのは面倒だし、関わりたくない。
カフローディアは自分を毒殺するメリットがどこにあるのか、全く分からない。
こんなにも王位継承に無関心な王子もいないはずなのに、何故?
幼い頃から常々疑問に思っている。
だけども誰が何のためにしているのかがはっきりしない以上は動けない。
「あと、図書棟の件で何か分かったことは?」
ミスティアの質問に今度はリーズが答えた。
「やはり書籍の搬入時の点検は甘かった。中身を確認することなく、検問を通過したようだ」
「職務怠慢だよ」
「それだけじゃない。各出版社の書籍が集まる一か所目の検問所を調べたら、その日に箱に入った大量の衣類を焼却処分したと清掃担当者が証言している。血が付いている物が多く、気味が悪かったので言われるがままに処分したと」
焼却された衣類だが、燃え残った物の中に失踪した時計師の持ち物があった。
黒く、すすだらけになっていたが、恋人と揃えて作られたペンダントがその時計師の身元を教えてくれた。
「時計師を時魔にしたのね……あの中に自分の仲間がいたと思うと何とも言えないけど、切ないな」
運よく遺品として残ったペンダントは恋人の元へと渡ったという。
失踪した恋人がもう帰らぬ人になっていたなんて、あまりにも悲しい。
ミスティアの表情は複雑だ。
「あと、時計だが俺達が確認した時点で進むのが遅れていた。細工がしてあった」
おおよそのことがミスティアの推理通りになっていることにリーズは驚いた。
疑惑の目を向けられたミスティアだが、彼女には動機がなく、これだけ大きな事件を彼女一人では無謀で、王宮に入ったばかりでは困難だという理由から捜査対象からは外れている。
どんな角度から見てもミスティアが死ぬ思いをしてまでこんな事件を起こす理由はない。
リーズも最初からそれを理解していたが、ミスティアの発想は突飛で誰にでも思いつくものではなかった。
一度でも彼女を疑ったことに申し訳ない気持ちが込み上げて来る。
「とにかく責任者と担当者は罰せられ、検問の体制も見直される。お前、いい仕事したぞ。どうも検問をすり抜けていたのは書籍だけじゃなさそうだからな」
「どういうこと?」
「誰も頼んでいない宝石、貴金属、薬品等が検問を通り抜けて複数回王宮へ持ち込まれていたことが分かった。しかも王宮に持ち込まれたあとで誰の手に渡ったのかは不明だ」
「献上品じゃなくて?」
「献上品であれば誰に宛てた物なのか記入が必須だし、検品もある。だが、それらは宛名もなく、誰から贈られた物かも不明なまま王宮に持ち込まれ、姿を消した。これは検問の責任者を取り調べた際に分かったことだ」
何者かに頼まれたと元責任者は答えたそうた。
金と荷物の中にある宝石の一部を受け取ることを条件に差出人、宛名不明の荷物を検品にかけられないように偽造したと言う。
「なんかきな臭いね……」
「あとは時計師狩りと墓荒らしの……」
「墓荒らし?」
「リーズ!」
リーズの言葉をカフローディアが遮るが遅かった。
「すみません、口が滑りました」
申し訳なさそうにするリーズにカフローディアは溜め息をつく。
「時計師狩りは何か進展があったの? それに墓荒らしって何?」
「……不安にさせたくないから黙っていようと思ったんだが、はぁ」
カフローディアにミスティアは首を降る。
「いや、気持ちは嬉しいけど情報がない方が心配だから。教えてくれない?」
ミスティアの言葉にカフティは黙って頷く。
「実はティアが城に入って以降、五人の時計師が殺害された。例の如く、儀式の痕跡もあった。短期間で立て続けに確認されたのは初めてなんだ」
「……そうだったの」
ミスティアの眉間にシワが寄る。
不可解な事件に憤りを感じているようだ。
「墓荒らしっていうのは?」
「最近の話だが女性の墓が荒らされている。それも若くしてなくなった女性の墓ばかりで遺骨が盗まれている」
深刻な面持ちでカフローディアは告げた。
「……うっわ……何のために」
「それが分れば苦労してないさ」
リーズが言う。
「遺骨を盗む、か……」
ミスティアが何やら考え込んでいる。
「何か気になることがあるか?」
「有り過ぎるけど……遺骨……私の母親の遺骨も盗まれたまま帰って来ないんだよね」
「「は?」」
ミスティアの発言にカフローディアとリーズは驚きを隠せない。
「……ミスティア様のお母さまの遺骨……盗まれたのですか?」
恐る恐るミンクスが問うとミスティアは頷く。
「随分昔だけどね。二十年位前かな? 流行ったみたい。私が二歳か三歳の時に亡くなってしばらくしてからの話だから」
「「「……」」」
三人は何も言うことが出来ずに視線を逸らした。
「いや、もう戻って来ないだろうなと思ってるんだけどさ。遺品は他にあるから」
そんなに気にしてない、とミスティアは言うが三人は大いに気にしていた。
カフローディアもリーズも話題に出したことを悔やんだ。
「じゃあ、時計師狩りと墓荒らしが横行してるってことね」
暗い三人とは対照的にミスティアの声は明るい。
「あぁ。二ヵ月後には月魂祭があるからな。不安を煽らない為にも世間にも公表していない」
カフティの言葉にミスティアは首を傾げて説明を求めた。
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