第三十話 妹の憂鬱

 兄が去った部屋に残ったセレーヌは椅子にもたれた。

「本当にミスティアがいたのは幸運だったわね」

 ミスティアのことをどこで聞きつけたのかは知らないが後で褒めてあげなくちゃ。

 カフローディアは優秀だ。

 名門アイシャンベルク学院を成績上位で卒業した。

 王族だからといっても簡単には入れない。兄弟の中でもアイシャンベルクに入学出来たのは一番上の兄とカフローディアだけだ。

 秀才と言わしめた二番目の兄もアイシャンベルクの学力試験には合格出来なかった。

 双子の兄達は勉学よりも武術を好んでいて将来的には国政に関わるよりも国防に関わりたいと考えている。

 第一王子は優秀だがどこか適当な性格をしているし、第二王子は秀才だが兄には及ばず、第三王子と第四王子は政治には不向き。そんな中でカフローディアは優秀で真面目な努力家で行動力もあるので次期国王と噂されるのも無理はない。

 故に兄弟で最も危険に身を晒されている。

 他の王子を皇太子にしたいと思う者からの攻撃を末の王子は最も多く受けている。

 また、皇太子妃の座に収まりたい女達も多く、そのやり方もえぐい。

 媚薬を盛られたり、寝室に潜り込もうとしたり、女性に対して警戒心を持つようになってしまった。

 令嬢の中でもノア・アンベラはことあるごとにカフローディアに近付き、あの手この手で気を引こうと必死になっている。

 カフローディアの若い侍女を呼びつけて泥棒呼ばわりしたり、嫌がらせをされたと嘘をつき、みんなの前で吊るし上げたりとやり方が陰湿だ。

 セレーヌの仲の良かった侍女が淹れたお茶に毒物が入っていたと騒ぎ立てたこともあった。

 ミーナ・ヘルセイスという男爵家の令嬢がいた。

 優しくて明るくて、一緒にいると癒されるような素敵な子だった。

 家格は男爵で高くはないがセレーヌは侍女を募った際に彼女が人目見ただけで気に入って侍女に任命した。兄王子達からも評判がいい子だった。

 しかし、侍女の座を狙って王族との親交を深めようとしていたノア・アンベラに嵌められたのだ。

 罪を白日の元に晒すと息巻くノアに大事にしたくないと言ってその場を収めたが彼女は深く傷つき、侍女を辞めて領地へ引っ込んでしまった。

 手紙でやり取りをしているが、傷はまだ癒えてはいない。

 セレーヌは無意識に拳をきつく握り締める。

 腹が立つ。

 けれども一番腹が立つのは何も出来なかった自分だ。

 ミーナがそんなことをするはずがない。セレーヌだけがあの時、彼女を助けられたはずなのに、出来なかったのだ。

 いいえ、しなかったのよ……本当なら私があの場で彼女の無実を証明しなければならなかったのに……っ!

 四つ葉宮にアンベラ家の息の掛かった者がいるのは気付いている。

 セレーヌはアンベラ家になめられている。

 あの日も、その者達が協力して騒ぎを起こし、ミーナを追い出したのだ。

 セレーヌはその件以来、専任の侍女を募るのを辞めた。

 身の回りの世話は昔から務めている者メイドと側近の騎士に任せている。

 なので四つ葉宮は人でが足りずに忙しい。

 王女であれば普通は五人程度の専任の侍女がいるのだがセレーヌは誰も付けていない。

 専任の侍女を募ればノア・アンベラは間違いなく手を挙げてくるだろう。

 絶対に彼女を選ぶことはないが別の者を選べば、またミーナのように濡れ衣を着せて追い出そうとするだろう。

「はぁ~」

 セレーヌはだらしなく椅子のにもたれて天井を仰いだ。

 今回はミスティアがいて本当に良かった。

 王族に恩を売ることに余念がないアンベラ家がこれを理由に私を利用してカフローディアに接触しようとするのは目に見えている。

「あの女だけは有り得ない」

 どう考えてもお兄様にはふさわしくないわ。

 お兄様にはもっと知的で美しい女性がお似合いよ。

 カフローディアを後ろから支え、時には前に出てはっきりと物事を主張できる芯のある凛々しさを持ち、そんな強い女性をカフローディアが人の見えないところで甘やかす、そんな関係を築ける女性でなければ義姉さまとは呼ばないわ。

「私に出来ることといえば、なるべくお兄様との接点を持たせないことよね」

 ノアはセレーヌを利用してカフローディアに近付くだろう。

 自分が彼女に利用されるような隙を見せてはならない。

「強くならなくちゃ……守りたい人達を守れるように」

 このままではいけない……ミーナの時のようにあの者達に現場の主導権を奪われるようなことがあってはならないのだ。

 セレーヌはそっと双眸を伏せ、自身を戒めた。

「そういえば、ミスティアって誰かに似ているような……」

 仕事着は汚れていたがそんなことは気にならないぐらい凜とした美しい女性だと思った。

 王族や貴族を前にしても物怖じせずに堂々とした姿勢を崩すことはなく、彼女の言葉から感じる自信と表情には同じ女であるセレーヌも魅せられた。

 雰囲気の似た誰かを知っているような気がするがこの時のセレーヌは思い出すことは出来なかった。



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