第二十九話 兄妹の憂鬱
ミスティアにより高められた職人達のやる気に四つ葉宮はかつてないほど活気で満ちていた。
報告を受けて四つ葉宮を訪れたカフティは驚いている。
「お兄様、勝手にミスティアを連れて来てしまってごめんなさい」
「勝手にしたのはビガージャックだろ」
「主である私の責任よ。叔父様にも謝るわ。でも、正直、今回はよくやったと言いたいわ。あの爆心地みたいな庭の景観を取り戻すにはうちの庭師だけでは無理だったし……」
セレーヌは言う。
「五日後のお茶会は失敗できないのよ……招いた令嬢の中にはアルフォード侯爵令嬢に、バースロス伯爵令嬢、その取り巻きが数人……私をダシにするために来るのよ!」
「女って本当に面倒だな……」
「他人事じゃないわよ、お兄様! 彼女達の一番の目的は私に気に入られてお兄様方に近付くことなのよ。陛下は未だに皇太子を据えていないから貴族達は誰が皇太子になるのか、考えるのに必死なはず。誰がいつ皇太子になるか分からない今、いつでもお兄様達に近付けるように私を利用するわ」
「……あぁ……うん……そうね」
遠い目をして視線を逸らすカフティにセレーヌは続ける。
カフティや他の兄王子達も押しの強い令嬢達のアピールには気が滅入っている。
代々、王家の男達は気の弱い者が多く、多くの女性を手玉に取って遊べる器量のある男
はあまり多くない。
現国王陛下自他共に認める色男だったらしいが、側室は持たず、王妃ただ一人。
女性と戯れるのは好きなようだが心は間違えず、王妃にのみ捧げている。
陛下の兄弟である宰相ユリウスも愛した女性は亡きリディア一人だ。
二十年前に亡くなった女性一人を今でも愛し続けている。
先代王も、先々代も他の王子の多くも女性と積極的に関わることが苦手な者が多かったようだ。
一人でいいんだよ、一人で。自分で見つけるし、ゆっくり考えるからそんなにグイグイ来ないで欲しい……。
王子達を代表してカフティは心の中で訴えた。
気付く者は勿論、いない。
今でも貴族邸では王子といつ接近しても良いように、ご令嬢達が必死に準備をしているはずだ。
「それだけじゃないわ。私を自分の家門に嫁がせる算段も付けようとするはずよ。兄達が誰一人結婚していないのに何で私が真っ先に婚姻を結ばなければならないの? 絶対嫌よ! 今回のお茶会で見事な庭園とお菓子をお見舞いすれば、鼻で笑われて『我が邸自慢の庭も見にいらしてくださいな』なんて言わなくなるわ。煩わしいのよ、本当に!」
セレーヌが力強く、心の内を吐露した。
「本当に憂鬱だわ……毎回、のらりくらりと交わしていたのに段々相手の攻撃も強くなってくるのよ……きっとバースロス伯爵令嬢は噂の兄を連れてくるわね……」
「バースロス伯爵令嬢の兄は……マークスだったか?」
「えぇ。カフティお兄様より二つ年上ね。王立貴族学院に通っていたから、カフティお兄様とは関わりはなかったはずだけど……」
「アイシャンベルクは王都内の全ての教育機関と交流があるからな。噂なら耳する」
王立貴族学院とは貴族の子息子女達が教養を身に着けるための学校である。
入学するためには一定の資産水準を越えている家門の者で、学力試験に合格しなければ入学を許されない。
昔の女性貴族は家門を守るために嫁ぎ、跡継ぎを生むことだけを求められた。故に女性貴族に求められるのは女性らしい淑やかさだった。
刺繍や音楽を嗜み、美しく装って社交の場に出席し、貴族間で交流を持ち、夫の仕事に有益な情報を得たり、子供の縁談を繋ぐ役割があった。
しかし、近年では家格は勿論のことだが女性貴族にも高い教養が求められた。
基礎学力の高く、自立した精神の女性にこそ、安心して家門を任せられるという風潮になってきた。
跡目争いの末、女性が当主に収まる家門も多い。
王立貴族学院も以前は資産水準をクリアすれば学力関係なく入学できたが近年では求められる基礎学力が高くなり、女性の入学希望者も多い事から毎年多くの試験者が落第する。
「マークス・バースロス……確か見目は良いが欲深く、女好きだと聞く。頭は貴族学院に入れたぐらいだから悪くはないはずだが、噂では妾が生んだ異母弟の方が賢いし、人が良い」
「弟はアイシャンベルク学院で一緒だったのよね?」
カフローディアは王立アイシャンベルク学院を卒業している。
貴族学院よりも歴史が長く、次代の国政をの担い手を教育する目的で設立された。
最初こそ貴族ばかりだったが身分が低くともより能力の高い者には教育の機会を与えるべきだという民衆派の貴族達の声を拾い、身分の敷居が取り払われた。
その代わり、レベルの高い学力と勉学に臨む姿勢が求められ、徐々に学院としての学力レベルは国内随一。最難関の教育機関の名を轟かせ、不正を許さず、王族すらも難しい学力試験を突破しなければならない。
質の高い生徒が多く集まり、歴代の偉人、政治家、医者、弁護士、裁判官、など国を支える者達を多く輩出している。
カフローディアも最難関の試験を見事突破し、六年間の教育を受けて卒業した。
「あぁ。いつも試験では十位以内に入るし、穏やかな性格で人にも好かれてたな。とにかく、兄の方には近づくなよ」
「私だって極力近づきたくないわよ」
「何のために番犬おいてるんだ」
「エドがいると令嬢達が怖がって必要な会話もままならないのよ。お茶会にはおいて置けないわ」
はぁ、と大きな溜め息がセレーヌから漏れた。
「言っておくけど、招待客の中にはノア・アンベラもいるのよ。本当に良かったわね。エドがミスティアを連れて来なければ庭はアンベラ家に任せなきゃならなかった。それを理由にお兄様を売らなければならないところだったわ……」
わざと大袈裟に言ってみせると、兄のカフローディアは顔を真っ青にして震えている。
手にしているティーカップが揺れて、たいして中身が入っていないのにも関わらず零れ
そうなほど波打っている。
「売るな! 兄を売るな!」
「売りたくないけどしょうがないじゃない。ノア・アンベラは誰よりもカフティお兄様に執着してるんだから」
「……アンベラ家は黒い噂が多い。ノア・アンベラは時計師として在住しているが力を持ちながらも文句を言って任務を拒否している」
「職務怠慢じゃない」
「だが、アンベラ家は下手に手を出せない」
「本当に、ミスティアがいてくれて良かったわ。伯爵はこちらに恩を売るつもりだったのでしょうけど……ふふ、鼻をへし折りたくて仕方なかったの。さっき、ミスティアが考えた図案を見たのだけど素晴らしいわ。あれはそこらの庭師を数だけ揃えても真似できないわよ」
楽しそうにはしゃぐ妹姫にカフティは視線を泳がせた。
「……それは良かった」
ミスティアの直筆の図案を見たカフティはゾッとした。
あの画力のなさは異常だ。
セレーヌが見たものはウォークが清書したものに違いない。
あれをミスティアの考案というのも些か語弊があるような気がする。
今更だがカフローディアはこの件をミスティアに任せて大丈夫なのかと心配で落ち着かない。
「人手でも物でも必要なら何でも言え。こちらは全面的に協力する。お前のためにも」
「もちろんお兄様のためにもね」
「あぁ、俺達のために」
兄妹は頷き合い、互いの意思を確認したのだった。
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