第二十八話 有能さの証明

「……君は僕に何をさせる気なの?」

 ウォークは多くの職人や使用人が注目する中、椅子に座るように促された。

 リーズも人混みを縫ってウォークの後を追い、ミスティアの側に来た。

「これ! これを庭に造るの!」

 まるで描いた絵を大人に褒めてもらいたくてはしゃぐ子供のようにミスティアは一枚の紙を広げた。

 周囲の職人達と一緒になって机に広げられた絵に視線を向ける。

 リーズは絶句した。

 リーズだけでなく職人達も言葉を失う。

 そこには子供の落書きのような絵が広がっている。

 いや、もう絵? 絵なのか?

 高価そうな大きく白い紙に描かれていたのはミミズのような線が沢山と、ガタガタとアルコール中毒者が引いたような線がいくつか、大きさの違う四角と丸、ギリギリこれは花だと認識できるものがいくつか。

 ギリギリ花だと思えるものも子供の方がまだ上手に描けるはずだ。

 あれだけの演説で士気を上げておきながら、一気に氷点下にまで室温が下がりそうだ。

「あのね、僕はただの騎士なんだよ? こういった専門的な勉強はしたことないし」

 いや、今重要なのはそこじゃないぞ、ウォーク。

「そうだぞ、ミスティア。ウォークは物知りだし、器用だがこれでは……」

 リーズの言葉に横に立った王宮建築士、ソロソ・トマーも絶望的な顔をして頷いた。

 四つ葉宮の筆頭庭師、コーセン・モイットも奇怪なものを視る目で視ていた。

「みんなにも見えるようにしたいから、この図を壁に……」

 ミスティアが図を持ち上げようとしたのをリーズ、ソロソ・マイセン、コーセンが全力で机に縫い留めた。

 こんなものを見せたらせっかく上がった士気が……!

 こんなものを姫様が見たら命が……!

 誰もがミスティアについて行こうとしたことを後悔する。

『『どうする……⁉』』

四人は口には出さずに心が共鳴した。

四人の背中に冷や汗が止まらない。

「……この部分はどうするの? それからこれはこの向きでいいの? それとも……」

 一人だけ無言だったウォークが図案を指してミスティアに問う。

『『え……? 分かるの? この落書きが……?』』

「それはこうして、ここはこうする。で、この向きであの庭にこう置いて、ここはもっとこうしたいの!」

「ここの長さは?」

「えっと大体、あそこからここまでぐらいで、そこはこれくらいの高さが必要で」

 ミスティアの身振り手振りにうんうん、なるほど、と頷くウォークは新しい白い紙に鉛筆を走らせ、時々消しゴムで修正している。

「ここはどうするの? シンプル過ぎない?」

「そこはそれでいいの。で、その代わりにあそこにこういうデザインを入れて」

『『装飾のデザインまで⁉』』

 実体が掴めない靄のようなこの図案で、デザインの話をしているのだ。

「なるほど。それでこの配置ね」

「そうそう!」

 なるほど、と言いながら鉛筆を動かし続けるウォークに他の四人は唖然とする。

 自分達には読解不可能なミスティアの図案がウォークには伝わっている。

『『何で読めるの? 俺達だけ読めないの?』』

自分達にはこの図案が図に見えなければ勿論、イラストにも見えていないのに対し、ウォークは全てを理解し、細部の装飾や配置をミスティアに確認しているのだ。

ウォークはいくつかミスティアに確認をくりかえした。

程なくして、鉛筆を置いてみんなが見やすいように図案を広げた。

「どう? こんな感じで」

 ウォークの言葉にミスティアは満足そうに親指を立てた。

 そこには美しい五日後の四つ葉宮が広がっていた。

『『凄すぎる……』』

 ミスティアは部屋にいる人達が見やすいように壁にウォークが描いた図案を掛けた。

 その出来栄えにミスティアの原本を見ていない皆は感嘆の声を漏らす。

「この素晴らしい図案を彼女が?」

「凄いわ……こんな庭は見たことはないけど、素敵」

「珍しいし、こんな庭を持っている貴族はいないからきっとご令嬢達も驚くに違いないわ」

「きっと素敵なお庭になるわ!」

 口々に皆は言うがもうそれはミスティアの図案ではなくウォークの図案だ。

「お前、凄いな……」

「凄いのはミスティアだよ。僕は見やすく清書しただけだから」

 いやいやいや、あれを清書できるお前が凄いんだよ……。

 ウォークの仕事ぶりにリーズは引いた。

「でも設計図っていうのは? 流石に僕も専門的な知識はないよ」

 だよな、ウォークも流石にそういう専門的なことはできないはずだぞ。

 どんなに知識量が多くて器用でも建築などの専門分野は学ぶための試験があり、合格

しないと学ぶことすら出来ない。そのための教材も一般的には流通していない。

「それは大丈夫!」

 明るく言ったミスティアはウォークの前に三冊の分厚い専門書のようなものを置いた。

 なかなかの重量で安い机が重さに悲鳴を上げた。

「王宮の図書館は最高ね。本当に何でもあるわ」

 惨劇の起きた図書棟は未だに閉鎖されているがほとんどの本の貸し出しが一時的に可能になっている。

 この三冊の参考書も持ち出し不可の判子があるが特別に許可が出ているものだ。

先程マイセンが手に持っていた『建築入門~初級編~』、『建築入門~アレンジ編~』、『設計図の書き方』の三冊である。

「いやいやいや! 無理だって! いくらウォークでも無理だって! 今からは!」

 リーズは思わず口にする。

 本の内容や理解するのにどれぐらいの期間を有するのかは分からないが今からは無理だ。

それはリーズでも分かる。

 お前も何か言えよ……。無茶を言うなと主張しろよ!

 リーズがウォークに憐みの視線を送ると予想に反してウォークが不満そうな顔でリーズを睨んでいた。

 えっ? 何で俺が睨まれてるんだ……?

「誰も無理だなんて言ってないでしょ」

『『え?』』

 再び四人は共鳴した。

「はい、じゃあこれ持って」

 ミスティアから芯の尖った鉛筆と新しい紙をウォークに渡す。

「じゃあ、行きますよ!」

 ミスティアが一冊目の参考書を手に取り、パラパラとめくり出す。

 ウォークの向かいに座ったミスティアが参考書を雑にめくっていく。

 到底、何が書いてあるかなど見える訳がない。

 ページをめくる速度は一定だがそれでも早い。

 ウォークは姿勢を正し、瞬きもせずにミスティアのめくる参考書に意識を集中させている。

 お前の持ってる鉛筆は何のために握ってるんだ?

 リーズは手元にある鉛筆も紙も存在意義がなくて気の毒に思った。

「止めて。今の所、もう一回」

 ウォークがそういって持っていた鉛筆をページの間に挟んだ。

 なるほど、栞の代わりか……。

「分かった!」

 一旦、ミスティアの手を止めたウォークに元気よく頷く。

『『読めてんの……⁉』』

 速読の域を超えている。

 視界に情報を入れるだけでなく、内容も理解しているのであれば最早人間技ではない。

 あっという間に三冊の参考書が終わる。

「もう一回確認したい所があるんだけど」

「何回でもいいよ! あ、でも少し休憩する? 何か飲みたい?」

「いや、このまま進める。僕のことはいいから、動かせる人員を動かし始めて。ここには建築士と家具職人とデザイナーを残して。後は各々の作業をできる所から進めて行こう」

「ありがとう!」

 何だか二人の間にだけ連携がとれている気がする。

 一体何なんだ、この『長年を共に過ごした仲間感』は……。

 リーズは異常者を見る目でウォークを見やる。

 もうこれで設計図とやらが完成したら才能の格差に絶望して死人が出ると思う。

 身分も後ろ盾も何もなく、ただの騎士でしかなかったウォークがユリウスに気に入られ側に置かれている理由がよく分かった。

 ウォークの代わりになる者は国中探してもそうそういないだろう。

 俺にウォークの代わりをしろと言われたら泣いて逃げ出すね。確実に逃亡する。

 ユリウスの目に留まり、瞬く間に出世したことを妬む者はかなり多い。

 非難や罵倒されているのを見たり聞いたりしたのは片手では足りない。

 見かければ仲裁には入るが妬む者達は納得した様子はないし、ウォーク自身は大して気に留めていない様子だったことが心配だった。

 だが、これだけ自分の能力があると、非難や罵倒の声もハエの飛ぶ音と変わらないかもしれない。

 流石、次期宰相候補と噂される男だ。

 リーズは黙々と鉛筆を動かし、白い紙に立体が浮かび上がり、設計図が出来上がっていくのを見て改めて彼の人間離れした技にドン引きした。

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