第二十七話 無茶ぶり
ウォークは自室を出て、ユリウスの政務室に向かった。
ユリウスは不在だったが自分に割り当てられた書類を回収して隣部屋にある自分の机で作業を始めた。
どうせ眠れないのだし、それであれば何か仕事を片付けて明日の仕事を楽にした方がいい。
ユリウスの政務室の隣にあるこの部屋はユリウスの側近が作業する用の部屋だ。
机は全部で四つあり、ユリウスからの呼び出しが多い順に入口側に机が並ぶ。
ちなみに、今はウォークの席が一番入口側にある。その隣はシュースタン・ボイルだ。
ウォークの席はここ数年の間は空席だったらしい。
「ん? そなたは今日は非番だっただはずでは?」
そこへ書類を抱えて戻って来たのはシュースタン・ボイルだ。
「お疲れ様です。隊長」
シュースタンはユリウス付きの近衛隊長だ。
王宮には幾つかの騎士団体が存在する。一つは王宮警羅隊で一から十五の部隊に別れる。
だが一から八の部隊は王族個人の近衛騎士団だ。
ウォークもシュースタンも王宮警羅隊の一人ではあるがユリウス専属の部隊員だ。
ユリウスの専属部隊は少数精鋭で人数が少ないが訓練は極めて厳しい。
「用事は済みましたので。どうせすることがないなら少しでも仕事を進めたいですし」
「有給は有効に使ったらどうだ」
「ですので有効に使っています」
シュースタンはその部隊の隊長である。
シュースタンには訓練で肉体的にしごかれ、ユリウスには政務で精神的に消耗させられ
て、古株の政務部員には気に入られ部隊変更も敵いそうにない。
「……もういないがかつてそこに座っていた奴に聞かせてやりたい」
仕事も人当りも厳しい人だが決して悪い人ではないことはもう知っている。
たまにこんな風に柔らかい表情を見せることがあるのだ。
「息抜きも必要だ」
そう言って差し出されたのは二つの可愛らしい包み紙の飴だ。
「いえ、自分は……」
「遠慮するな」
躊躇いがちに受け取るとシュースタンは満足そうな顔をする。
思えば、特に古株の政務部員には孫を見るような目で見られていて、今回のようにこっそりと菓子をもらったりすることがある。
何で……?
そんな風に思っていると部屋のドアがノックされた。
「ウォークさん、いますか?」
現れたのは三つ子の一人、ミンクスである。
「何かあった?」
ウォークはユリウスとカフローディアの繋役もしている。
そのため、三つ子とは頻繁に顔を合わせている。
「四つ葉宮に行ってもらいたいのです。ミスティア様がエドワード・ビガージャックに連れて行かれてしまい……」
「……何だって?」
あの男に? ミスティアが? 一体何のために? 彼女は無事なの?
疑問が次々と浮かぶのと同時に胸に沸々と煮えるような思いが生まれた。
「エドワード・ビガージャックがあの娘に何の用だ?」
「シュースタン殿、お疲れ様です。えぇ、実は四つ葉宮の庭でトラブルが起こり、庭の一部が焼けてしまったらしいのです。その場所は五日後に貴族のご令嬢にお見せする約束をしている場所でして。どこからかミスティア様のことを聞きつけたあの男が彼女を勝手に連れていってしまったらしいのです」
白蘭宮の騎士をなぎ倒してミスティアを誘拐したという。
「彼女に怪我は?」
「ご無事だそうです。ユリウス様とカフティ様には報告済みです」
「そう……」
彼女が五体満足であることを聞き、ひとまず安堵するがこうしてはいられない。
「相手はあの凶暴な獣、『毒華三輪』の一人だ。あの男は姫君以外に容赦がない」
シュースタンの言葉に再び不安と焦燥に掻き立てられる。
「『血の彼岸花』は凶暴だ。いつ暴走のスイッチが入るか分からないからな」
「ウォークさん、彼女の様子を見に行って下さい。支援が必要であれば白蘭宮からも人を貸
します。何か大掛かりな事を始めるみたいなので必要な物があればいうようにミスティア
様に伝えて下さい」
そう言われて急ぎ駆けつけたのだが、一体どういう状況なのか全く理解できない。
「お願い、君の力が必要なの!」
キラキラと輝く紫色の瞳がウォークの心を捕える。
彼女にはもう近づいてはいけない。
離れなくては……そう思うのに……。
真摯な眼差しにウォークはたじろぐ。
純粋にウォークを頼る彼女はまるで幼い子供のような無邪気さがある。
抗いがたい何かが自分の中に生まれてしまう。
あの女達と違い、彼女の視線も言葉も触れられるのも嫌じゃない。
あいつらと同じ女なのに、やっぱり彼女は違うのだと思い知らされる。
「わっ、分かった。協力するから。僕は何をすればいい?」
ウォークは居たたまれなくなり、目を逸らして言う。
彼女のすることに協力しろというのはユリウスの命令だ。
自分は必要最低限、彼女に協力する。
しかし彼女の一言はウォークの予想から大分外れていた。
「設計図を描いて欲しいの」
聞き違いかな?
ウォークは大きく瞬きをして乾燥した瞳に潤いを与えていた。
しかし彼女の瞳は期待に満ちていた。
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