第二十六話 学生時代の君

ウォークはこの二日間休暇をもらい、紹介で知った美容師に髪を整えてもらった。

根本から特殊な染料で染め直し、頭皮と髪を痛めつけて出来た発疹をあえて目立つように前髪や後ろ側を整えた。

最悪だ。毎回毎回、繰り返されるこの行為がウォークはとても憂鬱だった。

昨日から染料のせいで頭皮や額の薄い皮膚がヒリヒリと痛み、次第に耐え難い痒みへと変化する。すると我慢できずに手で触れ、擦ると瞬く間に赤くなり目立つようになる。

 染めた日は色が定着するように一日は髪を洗うことができない。

 次第に強くなる痒みに夜は眠れず、何をしていても集中できず、仕事にミスが出やすくなり、寝不足もあってイライラが続く。それが一か月近く続き、二ヵ月を過ぎる頃になればまた染め直さなければならない。 

 もう一生ハゲでもいいし、髪が一生伸びなければいいと本気で思うほどだ。

 あらゆる薬を試したがどんな塗り薬も飲み薬も、痒みや炎症には目に見えて効果はなく、酷くなることも多かった。

 そんなことを繰り返すうちに、効果のある薬探しには疲れてしまった。

 昨日も眠るごとができす、眠気でうとうとしてくると痒みや自分が頭を掻いていることに気付いて目を覚ます。ふと見れば爪が血塗れになり、頭皮から流血していることもある。

 なかなか深い眠りにつく事ができないので疲労も溜まる。

 こういう時に見るのは大抵、悪夢と決まっているから尚更、憂鬱で仕方がない。

しかし、今、浅く意識が沈んだ所でも聞こえるのは彼女の声だ。

何事かは分からないが大勢の前で力説している彼女はとても生き生きしていて、とても眩しく感じる。

昔から、ミスティアの声は騒がしい場所にいてもよく通り、離れた場所からも彼女の居場所ははっきり知ることができた。

あまり人前に出たがる人ではなかったが、何かに熱くなると大勢の前でも堂々と声を張り周囲に有無を言わせない話術で彼ら納得させることのできる人だった。

学生時代の彼女は教室では大人しく、目立つようなことをしなかったが、その美しい容姿

に女子は嫉妬し男子は密かに憧れていた。

 自分もその一人だった。

 彼女は学園の編入生で中途半端な時期の編入で変に注目を浴び、それ故に周囲になかなか馴染めなかったようだ。

 かといってクラスメイトからいじめられているとか避けられていた訳ではなく、少数ではあるが友人もいたようで、教室で明るく笑う姿を見るようになるとウォークもほっとした。

 些細なことがきっかけで彼女とは言葉を交わす頻度が増え、学年が上がる頃には特別な関係ではなかったがかなり親しくなったと思う。

 学年が上がり、クラス替えで離れてしまったら次第に顔を合わせることも会話をする機会も減ってしまった。クラスが変り、環境が変り、ミスティアと接することがなくなった。

 卒業式間際のことだった。

 ミスティアが卒業式会場の設営をさせて欲しいと校長と理事長に直談判しに行ったと耳にした。

卒業式には会場全体を花で飾りつける学園の名に恥じぬ気品と威厳を示すような花飾り、各所に置かれる立派な花瓶に生ける花、卒業生に贈られる花、学年首席に贈られる特別な花束を自分にさせて欲しいという話だった。

 例年通りの業者に頼むと言う学園側に対し、ミスティアは持ち前の話術で学園側を言い包めて学園行事の生花装飾権を手に入れた。

『貴方の夢を応援しています。ありがとうM・L』

 花束の中に埋もれたメッセージカード。

 受け取ってすぐに気付き、ミスティアを探したが彼女は体調を崩したらしく卒業式を欠席していた。

 その日に会うことは叶わなかったが近いうちにお礼を言いに彼女の店を訪れればいい、そう思っていた。

 あんなことが起こるなんて夢にも思わなかった。

 王家の騎士の中でも最も古く歴史ある家門のリオネイラ子爵家。

爵位は高くないが王宮お抱えの騎士の家門として周知されており、建国以来、王家に仕えてきた古い歴史と誇りある一族だった。

王宮剣術の基礎となったのもリオネイラ家の剣術であり、王宮剣術を教える役割を与えられていた名誉ある家門だった。

父は四年前まで王宮近衛兵団団長を務める人物だった。

そして宰相ユリウスの側近でもあり、多忙な人だった。

近衛兵団団長とユリウスの側近を務めるには少々緩い性格の人だったが、剣の腕は歴代

団長随一とも名高く、弱者に寄り添い、力を貸せ、と子供に教えるような立派な騎士だった。

 そんな父が死者蘇生や悪魔召喚の儀式に関与して罪のない人々を殺し、姿を眩ませたなどと信じられるはずもなかった。

邸に人が雪崩込み、母も兄も自分も取り調べのために別々に連行された。

 そしてどこかの地下牢に閉じ込められて拷問を受けた。

 自分が痛めつけられるより隣から聞こえてくる母と兄の悲鳴に耐えられなかった。

 母も兄も自分も看守達に父の無実を訴えた。

 非情に繰り返される拷問、屈辱的な行為の数々、与えず浴びせられる罵声に声を上げることも出来なくなった頃。

 自分だけが牢屋から出された。

 目隠しされて手錠で繋がれたまま何処に行くのかと問い掛ける気力もなかった。

 手荒く粗末な馬車に押し込められ、しばらく走った時点で馬車が転倒した。

 転倒させられたという方が正しい。

『やっと見つけたわ。貴方を探していたのよ』

 はっとウォークは現実に引き摺り戻された。

 額にも手にも身体にもじっとりと汗をかいている。

「夢か……」

 乱れた息を整えて夢であることを確かめる。

 しかしあの時の女の顔が、声が、全てが不気味で醜悪だった。それが今でも自分を縛っている。

『見つけてきなさい』

 手を取るべきじゃなかった。

『必ず見つけてきなさい』

 一体、俺に何をさせたいんだ……?

『正体を隠して生きていたいのなら』

 あの時に死んでいれば良かった。

『従いなさい』

 そうすればこんなに苦しみはしなかったのに……。

『家族を探したいのでしょう?』

 当然だ。父が罪のない人々を殺めるはずはない。

 立派な人だ。誇り高き騎士なんだ。

 自分が必ず事件の真相を白日の元に晒し、罪を償わせる。

 そう憤る気持ちと自分がしていることの罪深さと罪悪感に時折、心が押し潰されそうになるのだ。

 あの女の手を取らなければ自分はここにいることが出来なかった。

 そうしなければ殺されていた。あの時の自分に選べる道はこれしかなかった、そう必死に言い聞かせて罪悪感を無理やり閉じ込めた。

 あの女の手を取ってしまったその瞬間にキース・リオネイラは死んだのだから。

  

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