第二十五話 ミスティアの演説

 四つ葉宮の使用人用大会議室では大勢の職人と集められるだけ集めた使用人で溢れていた。

 事の始まりは二時間ほど前。

 妹姫と異国にある食文化の真似事をしようとした双子の兄王子達と妹姫の専属騎士が四つ葉宮の庭を誤って火で焼いたらしい。

1度は消火したと思いその場を離れたが火は完全には消えておらず、残り火がは瞬く間に燃え広がり、怪我人はいなかったものの庭の一部が焼野原になった。

 この庭では五日後に令嬢達のお茶会が開かれる場所で、自慢の庭を是非見て欲しいという旨を手紙で伝えており、今更庭を見せることが出来なくなったなどと言えるわけがない。

 なので五日後のお茶会までにあの焼けた庭をどうにかしなければならないのだが、無理だ、不可能だ、と声が上がる。

 リーズも人手が足りないからと駆り出された者の一人だ。

 使用人だけでなく、騎士も礼騎士もこの場に集められた。

 適当にやり過ごしたい所だが、そうはいかなくなったのはこの会議室の中心人物を知った時である。

 絶対に無理だ、時間がなさすぎる、あれだけの広さの庭を元に戻すのは時間が掛かる、やってもが意味ない、間に合わないと非難の声が上がり、騒がしくなる。

 リーズも同意する。

 まず、焼けた規模が大きすぎた。数時間前まで美しく咲き誇っていた花々は見る影もない。

「いいや、出来る! ここにいる人達全員で取り掛かれば!」

 騒がしかった空間を裂くように凜とした声が響き渡る。

「ここには王宮庭師、王宮建築士、王家御用達の家具職人にデザイナー、パティシエ、使用人に騎士を集めたわ」

 声高らかに演説を始めたのはミスティアである。

「ここに集まった貴方達は技術を持つ職人よ。その技術を身に着けるまで血を吐き、汗と涙を流し、身体と心に鞭を打ち、様々な苦悩を味わったはずよ。時には馬鹿にされ、時には罵られ、裏切られ、殺意が芽生えることもあったはず!」

 その言葉に先程まで騒がしかった者達がうんうん、と大きく頷き、中には目に薄ら涙を浮かべて俯き、目元を擦る者もいた。

「それらの苦悩を乗り越えて、私達は職人を名乗る資格を得たのよ。資格を得て、腕を磨き、スランプや葛藤に自分を失うような辛い経験をした者だって決して少なくないはずよ!」

 すると目の前の調理服を着たパティシエが膝を崩し、俯いて嗚咽を上げはじめる。

「だけど! その辛い経験を乗り越え、私達がいるのはどこ? シェルリード国、国王陛下の住まう王宮よ!」

 ミスティアの演説にも次第に力が入っていく。

 彼女の自信に溢れた言葉に周りは熱に侵されていく。

「私達は国王陛下に認められた職人であり、技術者よ! 私達の腕は何のために磨かれてきたのか思い出して。それは認められることよ! 苦しい思いをしてまで勝ち取った資格をここで使わないなんて馬鹿のやることよ。国王陛下が認めて下さった私達の技術と腕前を披露する絶好の機会なのよ!」

 ミスティアがバンっとテーブルを叩く。

「それとも……せっかく磨いたその腕を、何もせずに腐らせる気? 称賛の言葉も受けず、褒美も得ずに? じゃあ何のためにその技術を得たのかしら?」

 その言葉はその場にいた職人達の技術者の胸に刺さったようだ。

「久し振りにやる気が起きるな」

「本当に修行時代は辛かった……」

「最近刺激がなかったから調度いい」

 次々に口にされる前向きな言葉にこの場の流れは決まったも同然だった。

「我々使用人は何をすれば……?」

「そうよね……私達に特別な技術はないし……」

 会議室の入り口側に固まっていた多くの使用人達が小声で囁き合う。

 この場の中心と端にいる者とで温度差ができているようだ。

「そしてこの王宮で誰よりも技術貢献しているのはメイドや執事の使用人達よ!」

「ええ?」

「私達?」

「嫌味のつもりかしら……?」

 自分達にスポットが当たると思っていなかった使用人達は戸惑う。

「メイドと執事がいるから王宮の仕事は回るのよ。同じ時間に同じように。でもしなきゃならないことは死ぬほど多いわ。それも細かい所まで丁寧に。塵一つない廊下、曇りのない窓ガラス、シミの無いテーブルクロスに曇りのない食器、毎日早くから起きて遅くまで働き、次の日はまた同じ時間に起きてをその生活を繰り返す。これが誰にでも出来ると思う? やればだれにでも出来るって? それは貴方達が時間をかけて学んで身に着けた経験と技術よ。誰にでもできる仕事じゃないわ。それも王族の皆さまや来賓に気持ち良く日々過ごしてもらえるように素早く、丁寧に、目立たぬように、効率良くこなすのは技術も必要で、も精神的な負担も伴うのよ。だけど、この城の使用人達は仕事が丁寧で美しいと来賓からの評価も高いと聞くわ」

 ミスティアは入口付近に集めっているメイドや執事達に向かって言う。

 少し離れてはいるが彼女の声はここまではっきりと届いている。

「そして貴方達の評価が高ければ国王陛下の鼻も高くなるわ。そして外からの評価が上がるということは国の評価が上がるのよ。ということは貴方達が国の評価を上げているのよ!」

 その言葉に四つ葉宮の執事長とメイド長が膝から崩れ落ち、お互いに肩を抱き合った。

 あの厳しい執事長とメイド長が涙する姿に若い使用人達もホロホロと涙を流す。

「今回も勿論、貴方達の協力が絶対に必要です!」

 努力を認め、期待しているとミスティアが述べれると会議室の中心の職人達と端に立つ使用人達の間にあった温度差がなくなり、四つ葉宮の使用人用大会議室は大きな盛り上がりを見せたのである。

 異様な光景にリーズは内心引いているが、ミスティアが中心にいるのならば護衛を任されている手前、協力しない訳にはいかない。

 だが、今はあの熱気の中心には飛び込めない。

 後で話し掛けに行こう……礼騎士と騎士もこの場に数名いるが力仕事ぐらいしか協力できなそうだし。

「すごい人だかりだね」

 振り返ると遅れてやってきたウォークがリーズの隣に立つ。

「一足遅かったな。演説は終わったようだぜ」

「聞こえてたよ。彼女の声はよく通るし」

 ミスティアの凛とした声は人の多い場所でもよく通る。

「声を張るのも得意だし、彼女って言葉で人を惹きつけるのが上手い」

 ウォークは周囲を見渡し、ミスティアの演説が上手くいったことを確認した。

「流石だよ。これだけの人の気持ちを動かせるんだから」

「そうだな」

 それにはリーズも感心した。

 人をまとめることの大変さはリーズにもよく分かる。

 王宮礼騎士団の部隊長を務めるリーズにもある苦悩の一つだ。

「まぁ、俺らの仕事は力仕事ぐらいか?」

 リーズはウォークに同意を求める。

 今度は職人、使用人と騎士達の間で温度差が出来始めた。

 流石に顔には出さないがこの手の仕事は専門外だ。

 いつ頼まれてもいいように準備と待機をしていよう。下手に動いても邪魔になるだけだ。

「そうだね……」

「こちらにいらっしゃいましたか。ウォーク。あちこち探しましたよ」

 ぬっと現れたのは三つ子の一人であるマイセンだ。

 にっこりと微笑んでいるが汗が滴っている。

 そして彼の手には分厚い参考書が三冊ほど。

 タイトルは『建築入門~初級編~』、『建築入門~アレンジ編~』、『設計図の書き方』の三冊である。

「急ぎの用?」

「えぇ、大至急だそうです」

「分かった。どこへ向かえばいい? ユリウス様か、王子の……」

「あそこです」

 そう言ってマイセンが指したのは会議室の中央だった。

「……どこに行けって?」

「だからあそこです」

 もう一度、訊ねたが指し示す場所は変わらなかった。

 あの盛り上がっている中心に……? 何故?

「ほら行きますよ」

「えっちょ……えぇ?」

 がっちりと痛いぐらいに肩を掴まれた。人混みを掻き分け、ミスティアのいる中央テーブルまで引きずられていく。

「連れて参りました!」

 マイセンが大きな声でミスティアに向かって告げた。

「ちょっと……一体どういう……」

 マイセンに抗議しようとしたが遅かった。

 既に自分には注目が集まっており、周囲から期待の視線を向けられていることを何となく察した。

 だがウォークは何故この場に連れて来られたか理解出来ていない。

「じゃ、頑張って下さい」

 ぽんとマイセンに背中を押される。

「待って、一体何を……」

「連れて来てくれてありがとう! それに来てくれてありがとう!」

 ウォークを見るなり、ぱっと笑顔を見せるミスティアにウォークの言葉は飲み込まれた。

「お願い。君の力が必要なの」

 がしっとミスティアに両腕を掴まれる。

さっきの笑顔とは打って変わり、真剣な表情の緩急にウォークの胸はざわざわする。

ああ……この感覚だ……。

彼女の美しいアメジストパープルの瞳に見つめられると言葉どころか心までも飲み込まれてしまいそうな感覚に陥る。

しかしそれが不快ではないのだ。彼女に対しては。彼女の瞳は怖くない。

「わっ、分かった。協力するから。僕は何をすればいい?」

「設計図を書いて欲しいの」

 そう言ってミスティアは不敵な笑みを浮かべた。

 



 少し離れた場所。

 ミスティアの元へ連行されたウォークを気の毒に思う視線があった。

「ドンマイ……」

 リーズは聞こえないのを承知でウォークに言葉を捧げた。

 しかし、何やら和気藹々とした雰囲気になり次第に孤立感を覚える。

 一緒について行けば良かったと少しだけ後悔した。



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