第二十四話 好機

『ついてこい。じゃなきゃ殺す』


 いきなり現れて何言ってんだこいつ。

 しかし、本当に殺されるかもしれない……。


 本能がこの男は危険だと警鐘をならしていた。

 目の前の男にはそれだけの狂気を感じている。


 ミスティアがそれに応じようとすると三人がミスティアを止めたのである。


 それも必死にミスティアを守ろうとする姿勢を見せる。


「目的は何? 私に何の用?」

「あぁ? 来れば分かる。早くしろ」


 ミスティアは溜め息をついて目元の凝りをほぐした。


 今度は一体何だ……もう……。

 私、なんかしたっけか?


 ミスティアが要求に応じようとすると三人が止めに入る。


「なりません!」


「ビガージャック、貴方の行動は主に返るのですよ。主に迷惑を掛けるような振る舞いはお控えなさい」


「廊下の騎士も倒されたようですね。四つ葉宮に厳重に抗議します」


 三人が口々に言うと煩わしいと言わんばかりに顔を歪める。


「うるせぇなぁ」


 たった一言なのにゾクっと背筋が寒くなる。

 圧倒的な強者が弱者を見る目に自然と身体が強張る。


 血のような紅い瞳が恐怖を肥大させた。


 しかし三人のメイドは固唾を飲むものの、引こうとはしない。


「分かった。行きます」


 このままでは本当に血が流れそうだ。


「なりません!」


 リダはミスティアを抱き締めるように守ろうとする。

 リダの温もりに祖母に抱き締められた時の記憶が思い起こされた。


 こんなにも私を心配してくれる人達を危険な目には遭わせられない。


「リダさん、大丈夫です。皆さんは怪我人の手当を」

「物分かりが良いじゃねぇか」

「では、私も付き添います!」


 シルアが言うがミスティアは首を降る。


「いや、廊下の様子を見るに、人手が要ります。もし日暮れまでに戻らなければ三つ子に私のことを知らせて下さい」



 

 廊下を歩きながら予想以上に負傷している騎士が多かった。

 ほとんどが気絶したり、腹部を殴られたのか悶絶している。


 死傷している者はミスティアが見た限りいなかったので安心した。

 そうしてしばらく歩いて連れて来られたのは四つ葉宮だった。


「おかしいな……」


 いつだったか見た四つ葉宮の庭にこんな風景はなかったはずなんだけど。

 男はズカズカと騒ぎの中心に向かって行く。


 そして彼を見るや否や、人だかりは震え上がり、そこに道ができた。


 ……?


 エドワードを見る人々の顔は青くなり、一定の距離を保っている。


 この人、もしかしてめちゃくちゃ偉い人……?

 いや、でも騎士だしな……服装だらしないけど。


 整髪料でツンツンと尖らせた髪と鋭い目つきは凶暴な獣を思わせて非常に怖かった。


 首元は大胆に開いていて制服はかなり着崩している。


 不良だ。獣男だ。


「エド! あんた一体どこ行ってたのよ!」


 バコーンと扇でエドワードの頭を叩き少女は怒鳴った。


「いってぇぇ」


 エドワードは頭を押さえて前のめりになる。

 彼を殴ったのは栗色の長い髪をなびかせた少女である。


 愛らしい顔立ちと白い肌を引き立てるライトグリーンのドレスがとてもよく似合っている。


 そして周りの状況から察するに彼女は身分のある人の様だ。


 もしかして……彼女が……。


「あんたが庭師探して来いって言ったから連れて来たんだろ⁉」


「あんたですって? 王女である私に何て口の利き方してるの? それに庭師はここにいるわよ! どこ見当違いな所を探してたのよ!」


 そう言ってもう一発、今度は脛を華麗に蹴り上げた。


「うっ」

「まあまあ、セレーヌ。落ち着いて」

「そうだよ、何とかなるって」


 ……やっぱり王女様でしたか……。


 この可憐な少女はカフティの腹違いの妹である第二王女セレーヌ姫だ。


確か、今年で十六歳だったはず。


 国王陛下より与えられた花名は四つ葉。幸多からん事を願い、与えられた幸福のシンボルだ。側に控える騎士達も四つ葉の緑色を施した騎士服を身に纏っている。


 膝を抱えているエドワードも緑色の制服を纏っているということは彼女専属の護衛だろう。


 王族は専属の騎士に自分が与えられた色の制服を着せているからだ。

 可憐な容姿に似合わず活発なお方のようだ。


「落ち着いていられるわけないでしょ! そもそも責任は兄様達にもあるんだからね! 五日後には令嬢達がここに集まるのよ⁉」


 どうやらご令嬢を集めてのお茶会があるらしい。

 この庭でする約束でもしていたのだろうか。


 この国で貴族の間では庭の見栄えもステータスの一つだ。


 いかに庭を美しく、見栄えよく彩るかでその家門の豊かさが分かるからだ。

 そうなればミスティアがここに呼ばれた理由も見えてくる。


 そして姫様を宥める同じ顔が二つあることに気付く。


「心配するな。うちの専属庭師がどうにかしてくれる」

「そうさ、問題ない」


 そう言って双子の王子はぎこちなく答える。

 第三王子のアスランと第四王子のフランだ。


「どうにもならないわよ! この薔薇なんて根元から焼けてしまってるのよ⁉」


 いつぞやに遠くから拝見した時はキラキラして見えたけど今日は汗ダラダラかいてるな。


 すると騒ぎの中心に身なりの良い中年男性がやってきた。


「これはこれは王子様に王女様、お呼びと伺い、馳せ参じました」


 恰幅の良い腹を揺らしながら言う。


「よくぞ来てくれた! ベレーク・アンベラ伯爵」


「事情は窺っております。腕利きの庭師達を連れて参りました。すぐに作業に取り掛かりましょう」


 男の後ろにぞろぞろと控えていたのは庭師のようだ。

 庭師達は悲惨な光景を前にざわついている。


「本当に出来るの? 五日しかないのよ?」


「いっ……五日ですか?」


「そうよ、五日よ。三日で見れる状態に出来るのかしら?」


「と、と、当然でございます! お前達! できるだろう⁉」


 伯爵は後ろを振り返り、連れて来た庭師達に同意を求めるが皆が目を逸らす。


「伯爵様、お言葉ですが……三日ではとても……広いお庭ですし、焼失した規模が大きいです。焼けて使えない樹や花は取り除き、新しく植えるためのに土の状態も確認し、植える樹や花を考えなければなりません……」


 庭師の一人が遠慮がちに言う。


 ミスティアは心の中で頷いた。

 この庭を元に戻すのは三日ではまず無理だ。


 物理的に不可能である。


「それを何とかするのがお前達の仕事だろうが!」


「お止めなさい!」


 庭師を怒鳴り付ける伯爵をセレーヌが諌める。


「伯爵、貴方は何もない所から砂糖や塩が作れるのかしら? 庭師に無茶を言うのはやめなさい」


 伯爵としては王族に恩を売る良い機会だっただろう。

 悔しさが顔に出ている。


「ではどうなさるのです? もう少し時間を頂けれさえすれば一流の庭師を雇っている我がアンベラ家が見事な庭にしてみせます!」


 はぁ~王子と王女の大きな溜め息が聞こえる。

 絶望の溜め息だ。場の空気が重くなる。


「だからこいつを連れて来たんだろ」


 そう言ってエドワードがミスティアの腕を引き、頭を抱えるセレーヌの前に押し出した。


「この者は?」


 ミスティアの存在にようやく気付いた王女達がもはや活力を失った目でミスティアに視線を向けた。


「宰相のとこの庭師だ」


「はぁ⁉ ユリウス様の⁉ 何てことしてるのよ!」


 セレーヌ達は青い顔をして慌てるがミスティアは時計師として王宮に来た。なので庭師ではない。時間が空いた時に庭の手入れを手伝っているだけだ。


 だけど……。


 ミスティアはちらりと伯爵側を見た。


 良い機会だからこれは私がもらうとしよう。


「ミスティア・ロンサーファスと申します。突然、この方に連れて来られたので詳しい事情は分かりませんが皆さまの会話から察するに五日でこの庭を美しく整えればよろしいのですね?」


「そうよ……でも美しいだけでは駄目なのよ。今までにない新鮮な感覚が欲しいの……いいえ、もうそんなこと言っていられないわね」


「私なら出来ます」


 ミスティアが宣言すると伯爵側から非難の声が上がるがエドワードが一度睨み付けて黙殺した。


「本当に出来るの?」


「勿論です。美しく、品があり、今までにない斬新で新鮮な感覚を味わって頂けます。私に任せて下さるのでしたら」


 ミスティアがはっきり述べるとセレーヌ瞳を輝かせて長い睫毛を躍らせた。


「おい、今ミスティアと言ったか?」


「タイラーの所の娘じゃないか?」


「タイラーってタイラー・フローズか?」


 庭師のざわめきにミスティアは誇らしい気持ちになる。


 店長のタイラー・フローズの名を知らない者はこの界隈にはいないだろう。


 フローズは王都の中心街に店を構える生花店だがその規模は他の店の比ではない。


 広い店内にはびっしりと鮮度の良い生花が並び、裏手には球根や苗、種を保管する倉庫に、栽培のための温室もある。これだけ広く大きな設備があるのはタイラーの店だけだ。


 郊外には広い土地を持ち、栽培と品種改良などを行う施設がある。


 店にはミスティアをはじめ、腕の良い生花装飾師と庭師が多くおり、身分の高い方々からの人気も高い。


 それらは全てタイラーの手腕を持って成せたこと。


 そして白蘭宮の庭の設計をしたのもタイラーである。

 ミスティアはそんなタイラーの店で働けたことを誇りに思っている。


「シーナ、彼女を残して彼らをお送りして頂戴」


 セレーヌがそう言うと緑色の騎士服をきた女性が前に出る。


「かしこまりました」


「お待ちください! 誰であろうと無理です! おい、お前! いい加減な事を言うんじゃない! 遊びじゃないんだぞ」


「勿論、仕事です」


 ミスティアははっきりと自信に満ちた表情で伯爵に言う。


「あの娘なら……」


「もしかしたら……できるのか……?」


 自分のことを知っている者もいるらしい。


 庭師達の批判的な色は徐々に薄れ、どこかに期待を感じる。

 セレーヌと王子達は顔を見合わせて頷き合う。


「うちのも付けよう。お前達、伯爵達を丁重にお送りしてくれ」


 王子の片割れがそういうとまたもや同じ顔が現れる。


 こちらはクリーム色の騎士服を身に着けた双子の男性騎士である。

 こちらも瓜二つでミスティアにはぱっと見て区別がつかない。


「「承知しました」」 


 双子騎士の声が重なり、伯爵達は半ば強引に撤退を余儀なくされた。

 ミスティアもこうしてはいられない。


「必要なら人でも物でも何でも使いなさい。惜しまなくてよ」


「こちらも強力は惜しまない」


「ありがとうございます」


 ミスティアは深く頭を下げ、礼を述べた。


 カフティ以外に王族に近付けるチャンスだ。

 恩を売る絶好の機会に加えてミスティアが以前から考えていたことが形にできる良い機会だ。


 王族に恩を売れて、やりたいことが出来るなんて最高じゃない?


「まずは庭師と動ける使用人を集めて下さい。この庭の一部をハゲにします」


「ハゲ⁉」


「次に、王宮建築士を二人呼んで下さい。一人は若い者、もう一人は熟練の者を。それから家具職人とデザイナーを。あと紅茶店のルアン・ブルネットに連絡を入れて。ルアンが来たら私の所に連れて来て。それに合わせてパティシエも一緒に。あと、誰かこれから私が指定する本を簡易図書館から持って来て下さい。あの大至急しなきゃならないのが……」


 ミスティアは指示を出しながらポケットに入ったメモにペンで持って来てもらう本のタイトルを記し、一枚破って使用人に手渡す。


 メモを渡された使用人はすぐに駆け出し、姿を消す。


 そうして必要な物をサラサラと記入した。


 新しく生まれ変わるために必要なとても重要なものだ。


「大至急です。シャマル・オースティン男爵令息にこのメモごと連絡を。私の所に連れて来て下さい」


 そう言ってミスティアはメモを突き出し、使用人に指示した。




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