第4章

第二十三話 休憩時間

「……何これ……」

 ミスティアは目の前に広がる光景に唖然とした。

 美しかったであろう庭からは微かに黒煙が上がったなごりを感じ、芝生だったスペースは焼畑のようになり、咲き始めたばかりでこれからが見頃の薔薇は一部は焼け焦げて一部は燃えて灰も同然の悲惨な有様である。

「一体何があったのさ」

 ミスティアを脅迫して強引にこの場所まで連れて来た男に訊ねる。

 前を歩く男は騒ぎの中心に向かってずかずかと進んで行く。

「はぁ……全く。今度は何よ」

 ミスティアは大きな溜め息をつき、腕を組んで首を傾げた。

「早く来い」

 赤茶色の髪の男がミスティアを急かす。

 ミスティアは黙ってその男の後を追い掛ける。

 ある日の午後、ミスティアは四つ葉の宮にいた。

 始まりは午前中のこと。

白蘭宮の廊下や部屋に飾る花を調達し、メイド達と生けていた最中であった。

「ミスティア様、本当にお美しいですわ」

「本当に! 先日に陛下がこちらにいらした時に飾ってある花を見てほめていらっしゃいましたのよ!」

「ユリウス様も鼻が高そうで! 建物全体の雰囲気も明るくなりましたわ」

 そう言って褒めちぎる年嵩のメイド達にミスティアは微笑んだ。

「それなら嬉しいです。やっぱり綺麗な花があるとその空間は生き生きしますしね」

 その言葉にメイド達が頷く。

「これで終わりですわ。片付けは私達が致しますので」

「お茶を淹れますわ。少し休んで下さいませ」

「じゃあ、私はこの水を捨てて来るので、みんなで休憩しましょう」

 ミスティアの提案にメイド達は微笑み、ささやかなティータイムが始まった。

「リダさんは随分長くここにお仕えしているんですね」

「えぇ、ユリウス様がお若い頃からお仕えしております。この二人もそうです」

 白蘭宮の古株の一人であるリダは言う。

 隣りに座る二人はランとシルアだ。

 三人とも同時期に白蘭宮に勤め始めたと言う。

「あの、ただの興味なんですが宰相様が着けている仮面はなんですか? 目が直射日光を受け付けないのでしょうか? 仮面の下は醜いという噂もありますけど……」

 本人を目の前に訊く度胸はない。

 こんな質問をして怒られるかもしれないと思いながらも思い切って訊ねた。

 怒られると思いきや、三人はニコニコと微笑んで話始める。

「ふふふ、そういう噂もあるわね」

「ただの噂だよ」

「だってね、あの仮面の下は……」

 三人は顔を見合わせて、目を細める。

「「「とっても男前なのよ~」」」

 キャーっと頬を赤らめた彼女達から黄色い歓声が聞こえてくる。

「幼い頃は傾国の美姫になると言われたお方よ」

「若かりし頃は老若男女問わず夢中にさせ」

「常に求婚が絶えない青年時代を送られたのよ」

「え……そうなんですか?」

 三人の興奮した様子にミスティアは若干後退する。

 あの仮面の下が? イケメン? いや、今ならイケオジ?

 まぁ、酷い顔だったり、目を見たら呪われるとか、そんなんじゃなくて良かったけど。

「そんな素敵なご面相なら隠さずとも……」

 ミスティアの問いにリダは溜め息を付いた。

「そうなんだけどね……ユリウス様は人に言い寄られることに辟易していたみたいでね」

「あの仮面を着けてから求婚の嵐はピタッと止んだものね」

「十七歳ぐらいの頃だったわね」

「その頃よね、庭師の小さい娘さんがユリウス様の後ろを付いて歩いてたのって」

「懐かしわねぇ~ あの子もとびっきり可愛いくてねぇ」

「庭師の仕事について来て、庭に出たユリウス様にかまってもらっていたわね」

「ふふ、懐かしいわぁ」

 当時を思い出しながら三人は目を細めながらお茶を啜った。

「私達が話せるのはこれくらいかしら」

「そうだったんですか……聞かせて下さってありがとうございます」

 三人にお礼を言って飲み終えたカップを置く。

「あの、私のお茶も皆さんと同じカップで大丈夫ですよ」

 ミスティアだけ銀製のカップが用意された。

 もしも毒物が混入していた場合に銀製食器は発見しやすいからだ。

「念のためよ。貴女に何かあったら……」

「……何かしら?」

 リダが言い終えるより先に廊下の騒がしさに気付く。

 喧騒が徐々にミスティア達のいる部屋に近付いてくる。

 何かがドカっとぶつかる音や、呻き声のようなものが聞こえ、緊張感が走る。

 ただ事じゃない。

 メイド三人が顔を見合わせてミスティアを守るように扉の前にランとシルラが立ち、リダはミスティアを立たせて窓際に引き寄せて窓を開けて逃走経路を確保した。

 騒々しさが部屋の前で止まり、ノックもなく乱暴に開けられた。

 開けたというよりも壊されたという方が正しいだろう。

 赤茶色の髪に浅黒い肌の男が乗り込んで来た。

 緑色の騎士服を着崩して腰に剣を二本差した男はミスティアを見るなり、やっと見つけたと笑みを浮かべた。

 端整な顔立ちにバランスがとれた体躯、剣を降るのに適した骨格、荒々しい雰囲気

は野性味が溢れていて獰猛な獣を思わせた。

「一体、四つ葉宮の騎士が何用ですか。エドワード・ビガージャック」

 一番前に出ているランが厳しい声音で男に問い掛けた。



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