第3章
第十九話 宰相とミスティア①
「聞いたぞ」
カチャリと湯気の上がったカップがコースターに置かれた。
深刻そうな声音でそう言うのは宰相ユリウスである。
その表情は鼻から上の仮面で隠されており、表情を読むことは難しい。
ユリウスと面と向かい合い、ミスティアは使用人が淹れた紅茶に手を伸ばす。
「ふう。落ち着きますね」
シンプルな紅茶の味にミスティアはホッとした。
「能力測定値が馬鹿みたいに低かったそうだな」
「長針は一時を、短針は十時を指してましたね」
時計師と礼騎士はローレル・トルベアによる能力測定を義務づけられており、その能力値によって仕事内容や待遇が異なる。
「時計師としての責務を果たせる者は六以上がほとんどだ。五でも厳しい。一など話にならない」
「そう申されましても」
「しかも性質は十時。異質だ」
能力測定で長針は時計師としての力量を、短針は性質を示す。
一時は火、二時は風、三時は水、四時は木、五時は土、六時は雷、七時は虫、九時は氷、十時から十二時を指す者は特異と分けられる。
ほとんどの者が一から九のどれかであるが極まれにこれらの性質に当てはまらない者達がいる。
ミスティアも短針が十を示した特異性質であるようだ。
特異性質者は自分の能力を探り、理解することが難しく、時計師として花開かず生涯を終える者も多い。能力値が十分であっても自分が時計師の能力を発揮できる条件や自身の力の性質を理解できなければ意味がない。
ミスティアも例外ではない。
「時計師の能力が認められなければ時計師の称号は剥奪される」
「別に構いません。元々、私はただの花屋です。それ以上の仕事は重荷です」
時計師という肩書は拘束されそうになったミスティアを助け出すためにカフローディアが用意してくれた被せ物みたいなものだ。
あってもなくても私には大した影響はない。
「大々的に陛下の前で時計師として国に仕えると宣言したんだ。取り下げることはできてもカフローディアには影響が出るぞ」
「うっ」
痛い所を突いてくる。
言うなれば、ミスティアはカフローディアの顔に泥を塗り、国王陛下に虚偽を言ったことになる。
いや、私は陛下には名前を聞かれただけで他は何も答えてないけどね。
「しかも図書棟の一件……怪我がなくて何よりだが、お前の容疑は完全に晴れてはいないことは理解しているか?」
「うっ」
先日の図書棟での事件で真っ先に疑われたのはミスティアだった。
その後の報告によれば各所の検問は数年前から疎かになっていたことが明らかになり、責任者は処罰を受けたと聞く。
恐らく今回の書籍だけでなく、もっと別の危険な物も検問を素通りしているはずだ。
叩けば埃が出て来るはずだ、とカフローディアが調べている最中だ。
私の発言で不正が明るみに出たのだから感謝して欲しい。
しかし、それとこれとは話は別。
他人が考えなかった突飛な推測は一部の不信感を煽ってしまったようだ。
「口は災いの元だ。気を付けろ」
「承知しました」
ミスティアは飲み干したカップをソーサーに戻した。
「それからお願いしたいことがあるのです」
「……何だ?」
ミスティアは部屋の隅に立つ使用人に視線を向けた。
「下がれ」
ユリウスが命じるとメイドは頭を下げて退室する。
「それで。人に訊かれたくない頼みとは何だ?」
「大したことではありません」
ミスティアは仮面の奥を見据えて微笑む。
私は何も持っていない。
けれどもこの城でやりたいことは結構多い。
王宮内でのミスティアの評価はカフローディア殿下のお気に入り。
しかし、これでは弱い。
私の素行に目を瞑り、小さい揉め事はもみ消してくれる力があり、金銭的な援助をしてくれる後ろ盾が必要だ。
なんだかどこかの小説に出てくる悪女みたいだけど。
「十年前のお礼が欲しいんです」
あの時の約束、忘れたとは言わないでよ。
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