第十八話 能力値

『時計の間』そう呼ばれた広い空間にミスティアは通された。


 上を見上げれば天井はなく、青い空が広がり、綺麗な空気を感じる事が出来る。


 敷き詰めれたように咲く可憐なライラックの花が甘い香りを放ち、甘い香り誘われた蝶が辺りを舞っている。


 淡い紫色のライラックの花の中心に針のない巨大な時計版の姿がある。


 地面にある時計版はこちらを六時の方とすると対する十二時の方向に階段があり、そこに椅子に座る人物とその両脇に立つ騎士の姿があった。


「待っていたよ。私の可愛い時の子よ」


 椅子に座る人物の声がミスティアに向けられる。


「こちらへおいで」


 今まで側に付き添ってくれていたリーズに促されて時計版の中心まで足を進めた。


 事前に説明されたように時計版の中心で止まり、跪く。


「時計師の王、ローレル・トルベア様にご挨拶申し上げます」


 城に仕える時計師は時計師教団という団体に所属する。


 しかしそれは現役で働く時計師達であり、現役を退いた時計師達の組織や、時計師の能力を持っていても理由があって時計師教団に入らない者達も存在する。


 いくつかある時計師の組織全ての頂点に立つ男がこのローレルだ。


「名前は?」

「ミスティア・ロンサーファスと申します」

「顔を上げなさい」


 ゆっくりと顔を上げるとミスティアは息を飲んだ。


 その人物は美しいシルバーブロンドの髪と色白の肌に、今日の青空を目に嵌め込んだかのような綺麗な瞳をしていてとても神秘的に思えた。


 そしてその容貌までも美しい。神秘的な美しさとはこのような人に使う言葉なのだろうと理解した。


女性とも男性とも見て取れるが声は男性のものだ。


「美しい瞳だ……非常に珍しい」

「ありがとうございます」


 ミスティアの瞳はこの国では稀な紫色をしている。


 母も祖母も祖父もこの色ではなかったし、母方の親族にミスティアと同じ色の瞳を持つ者はいないので父親の遺伝かもしれない。


「そなたには謝らなければならない」


 はい?

 何の事ですか?


 ミスティアは首を傾げる。

 時計師の王から謝罪をされる心当たりがない。


「シャーロットの心時計、あれをそなたが止め、時魔になるのを防いでくれたと聞いた。感謝している。しかし手違いでそなたに手錠を掛けてしまった。すまなかった」


「…………」


 ミスティアは無言のまま頭を下げた。


 手違いねぇ……。


 以前にカフローディアが言っていた言葉が脳裏をよぎる。


『国の中枢に関わっている者がいる』


 その者達がミスティアに手違いで手錠を掛けたとミスティアは考えている。


「おや、怒っているかな?」


 呑気な声にミスティアは眉根を寄せた。


 怒るに決まってるだろ。死ぬかと思ったんだからな。


 すぐに表情を取り繕い口元に笑みを浮かべて見せる。


「怒りの矛先をどこに向けたら良いのか、考えている最中です」

「ふふふ、怒りの矛先が決まったらどうするんだい?」

「それも考えている最中です」


 ふわふわとした優し気な口調と穏やかな笑みを浮かべているが、何を考えているのか底が見えない感じがしてミスティアはこのローレルという男が不気味に感じた。


 感情がない、というのだろうか。


 先ほど目が合った時も微笑んでいたが、瞳の奥は冷えているように感じた。


 それなのにこちらを探ろうとするような視線も感じる。


 こちらには何も悟らせず、向こうはこちらを探ろうとしている感じがしてぞわぞわするのだ。


「ふむ。まぁ、いい」


 そう言うとローレルは立ち上がり腕を前に高く挙げる。


「始めよう」


 その言葉が発せられたと同時に地面の時計版が淡い光を放ち始める。


 白い光が十二時から時計回りに中心に立つミスティアを囲う。


 眩しい……何が起こっているの?


 目を細めているとこの場所に立った時にはなかった時計版の針が浮かび上がり存在を示していた。


「時計師と礼騎士にはそれぞれ属性がある。十二の属性を短針が、今現在の能力を長針が示す」


 ガタガタと音を立てて時計版が振動する。


「うわっ」


 ドッツンと地面から何かが突き上げるような強い振動を感じた。


「きゃあっ」


 ノアの悲鳴が後ろから聞こえる。


「何⁉ 地震⁉」


 激しい振動にミスティアだけでなく、リーズやエリス達もふらつきローレルの側に立つ騎士も床に膝を着いていた。


 ちょっと、この建物大丈夫なの? 避難した方が良いんじゃないの⁉ 


 天井からパラパラと砂埃が降っている。


 未だに収まらない振動に周囲はパニックになっているにも関わらず、時計師の王であるローレルだけは涼しい顔をしていた。


「ほう……ここまで揺れるのも久し振りだな」


 そう呟いたが混乱が起きているこの場でローレルの言葉は誰にも届いてはいない。


 淡い光が徐々に強くなり、視界が白く覆われた。


 ローレルは眩い光の中で時計版が指示した数字をその目で捉える。


 短針と長針が指示した数字を見て、ローレルは口元に弧を描いた。




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