第十七話 時計師長エリス・アンバー

「そう言えばどこに向かってるの? いつの間にか森の中だけど」


 景色は深い緑色で囲まれている。緑に囲まれているせいか、空気がより新鮮に感じて心地良い。

 どこからか水の落ちる音がする。どこかに川か小さい滝のようなものがあるのかもしれない。

 ふと、目に留まったのは道から逸れた所に咲いている白い花だ。


「ちょっと、ごめん」

「あ、おい、どこ行くつもりだ?」


 リーズの言葉を無視して白い花を観察する。


「その白い花がどうかしたのか?」

「城の敷地内では他に見ないから気になって。町中にもあまりないし」


 白い花はスイカズラという。白く、細い管のような形をしていて蜜が溜まるので吸うと甘い。生薬にもなる植物だ。


「この花、摘んだら怒られるかしら?」


「そんなに珍しいのか? ここはあの宮の主が管理してるから後で聞いてみるか」


「是非とも!」


 この花の蕾は乾燥させれば抗菌、抗炎症作用のある薬になる。


 秋には茎の部分を同じように乾燥させて同じ効果のある薬を作れるので二度美味しい薬草の一種だ。


 ミスティアのガッツポーズをやや引き気味にリーズは頷く。


「あそこだ」


 リーズが指を刺す先に建物が見える。


 少し古いが周辺は綺麗に整えられていて、人の出入りがあることが覗えた。


「着いたぞ」


 他の離宮と比べれば小さいが、それなりの大きさと何か不思議な感じがする。


 森の中に立つ館……魔女でも住んでいそうな雰囲気だ。


「何か感じるか?」

「え、嫌な感じはしないけど……でも何かそわそわするような感じが……何かくすぐったいような」


 ってか何? その意味深な質問。


「何かあるの?」

「入れば分かる」


 門を抜けて両脇にいた騎士に一言リーズが話すと重い扉が開く。


 リーズの後ろを歩いて通路を進む。


 魔女が住んでいそうな外観だったが中は城っぽい内装でとても明るい。


 床に使われている石も大理石だ。


「大理石の床……高そう……」

「この建物の床は全面が大理石だ。全面が大理石なのはここだけだな」

「うわぁ……」


 大理石と言えば高級品で裕福層にしか需要のない富の象徴みたいなものだと友人がいっていたのを思い出す。


「やっと来たわね」


 床ばかりに目が行って前を見ていなかったミスティアは女性の声に顔を上げた。


 ふわりと甘美な香りが鼻を掠めた。


 刺激臭のような不快臭ではないがいつまでも鼻に残るような頭の奥が痺れるような甘い香りだ。


「ふふっ。初めまして。今、時計師は女性が少ないから嬉しいわ」


 眩く波打つ金色の髪、長い睫毛が縁取る青い瞳、赤く艶やかな唇に、色白の肌までも艶やかで驚くべきは抜群のスタイルだ。


 豊かな胸元に華奢な腰は女性の理想で黒い衣装は胸元とスリットが入った脚をより煽情的に見せている。


「女神だ……」


 鼻血出そう……。


「あらあら、大丈夫?」


 おかしそうに微笑む姿がもう極上の景色だ。

 頭がクラクラするような色気にミスティアは身体が熱くなる。


「お、おいっ、大丈夫か?」

「へ?……あ……」


 絶世の美女を前にして、ミスティアは生まれて初めて興奮し、鼻血を出すという醜態を晒した。




「失礼しました。まざか生きているうちに女神に巡り合えるとは思わず」


 ミスティアはハンカチで鼻を拭いながら応える。


 鼻血を止めるために、一旦落ち着いた方がいいということで、応接室のような部屋に通された。

 椅子に腰を掛け、しばらくすると鼻からの流血も治まってきた。


 女神の名はエリス・アンバー。


 王宮時計師長の肩書を持つ年齢不詳の時計師だ。

 時計師長などという肩書を持つくらいなのだから髭を蓄えた中年男性を想像していたミスティアはかなり衝撃的だった。


「嬉しいわ。女神だなんて」


 手に頬を当てて微笑む姿は女神のように美しく、初な少女のような愛らしさがある。


 しかしながらその妖艶な色香は老若男女の全てを骨抜きにする魔女のようにも見える。


「女神でなければ天界より遣わされた美しき天使様⁉」

「もうっ、貴女、上手ね」


 満更でもない様子のエリスを横にリーズはミスティアの発言に少し引いていた。


「歯が浮くぜ……」

「リーズ、何か言った?」


 そう言ってエリスは肉感のある身体を寄せて、リーズの爪先をピンヒールで踏みつけた。


「うっぅ!」


 情けない声を寸でのところで堪え、リーズが悶絶する。


「改めてまして、時計師長のエリス・アンバーよ。それから……」

「失礼します、エリス様」


 一人の女の子が入室してきた。


 年齢はミスティアと同じぐらいか、もう少し幼いかもしれない。


「タイミングが良かったわ。紹介するわね」

「アンベラ伯爵家長女、ノア・アンベラと申します」


 足首ほどの長さのあるスカートを指先で摘まみ、優雅にお辞儀をする姿はまさに貴族のご令嬢だ。


 栗色の長い髪は艶やかで色白ではっきりとした顔立ちは愛らしさがあり、所作も美しく品がある。エリスの露出が激しい黒い衣装とは対称的に露出は少なく、慎ましい雰囲気だ。


「ミスティア・ロンサーファスと申します。よろしくお願いします」


 軽く会釈をして顔を上げるとノアがこちらをじっと見つめている。


 頭のてっぺんから爪先まで観察されているような視線に居心地が悪くなる。


「私の顔に何かありますか?」

「いえ、別に何も」


 堪え切れずにミスティアが言うとノアからは素っ気ない返事が返って来た。


 何かおかしいのか分からないがくすっと笑う声も聞こえる。


 あんまり関わりたくないな、この子と。


 胸の中に不快感が生まれる。


「じゃあ、場所を移しましょうか」

 そう言ってエリスが立ち上がる。

「あの、これから何をするんですか?」


 ミスティアが問うとエリスはにっこり微笑んだ。


「貴女の力量と属性を測るのよ」

 

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