第十五話 関係性
「ここまで言えばたぶん分かると思うけど、あの時の状況と昨晩の事件は酷似してる」
ミスティアは過去の回想を終えた。
そこまで話すとリーズから疑惑の眼差しが消える。
「疑わしいなら当時の地方警吏にでも話を聞けば良いわ。新聞にも取り上げられてあの地域の警吏達総出で捜索と処理に当たったって聞いてるから」
記憶にはないが、駆けつけた礼騎士と時計師によって現場は沈静化され、亡くなった人達は身内によって埋葬され、身元の分からない人に関しては警吏達が引き受けてくれたと聞く。
ミスティアはまだ幼かったということで取り調べなどは受けず、ミスティアの時計師の能力は事件の凄惨さと、幼い子供が事件に巻き込まれたが無事に助かったという奇跡に覆い隠され触れられることはなかった。
能力のことは自分から周囲に言いふらすことをせず、不可抗力でバレてしまった相手は口を噤み、秘密を共有してくれた。その一人はアンである。
なのでミスティアは自身の力を隠して今まで生きて来たのである。
つい先日まではの話だが。
ミスティアは能力を使った後に気を失って倒れた。
目が覚めると真っ先に視界に入ったのは泣き腫らした祖母の顔と寄り添うタイラーだった。
疲れから熱を出し、寝込んでいたらしい。
ミスティアと一緒にいた男の子を訪ねても、タイラーはご縁があればまた会えるよ、と言うだけだった。
きっとそれは祖母とタイラーの優しい嘘なのだと思う。
時魔に引き裂かれた少年は助からなかっただろう。もし生きていたとしてもあんな悲惨な目に遭ったのだ。蓋をして忘れてしまいたい記憶になっていてもおかしくない。
こんな悪夢は忘れて幸せになっていて欲しいと願うから少年とはそれっきりだ。
「ティア、窮屈かもしれないが何人か護衛を付ける」
「え……いいよ、要らない」
「ダメだ。関係性がはっきりするまでは護衛を付ける」
嫌そうな顔をするミスティアに問答無用で言い放つ。
「関係性?」
「これは憶測の域だが、今回の事件は時計師狩りと何らかの関係があると踏んでいる」
カフローディアの言葉にミスティアは緊張感を高めた。
そして顔に出さないが嬉しさもある。
もしかしたらウォークの生家に関することも調べられるかも知れない。
時計師狩りは多くが失踪後、拷問ないし、何かの儀式を行われた後に遺体で発見されている。未だに行方が分からない者も多いが、恐らく無事ではないだろう。
ミスティアは新聞記事にあった『時計師の不審死』は時計師狩りによるもので『死者の蘇生実験』はこの残忍な儀式の痕跡と繋がると考えている。
「時計師狩りと今回の事件は繋がっているとどうしてそう思うの?」
「……すまん、ティアには黙っていたが失踪した時計師はそのほとんどが儀式の生贄にされ、遺体で発見された」
「え⁉」
「言い方に語弊があるな……その、儀式に使われた人間の八割以上が時計師であることが確認されている。残りの二割は能力の高い礼騎士とあとは身元が確認できる状況でなかった。だが一般市民は誰一人として犠牲になっていないことは確認が出来ている」
その言葉にミスティアは思考を巡らせる。
「……じゃあ時計師はただの失踪じゃなくて儀式の生贄として攫われてたってことがはっきりしてるわけね」
時計師を攫う理由は何?
儀式の生贄にする為に人を攫うとして、標的はしつこく時計師ばかり……。
時計師じゃなきゃいけない理由があるのか……?
「そうなるな……すまん、あんまり不安にさせるのもどうかと思って」
正確な情報を伝えることを躊躇った、とカフローディアは言う。
申し訳なさそうに項垂れるカフティにミスティアは首を降る。
ミスティアを過剰に怯えさせないように慮ってくれたカフローディアを責めるつもりはない。
「時計師の失踪が時計師狩りと結びついているのは分ったけど、それだけじゃ昨晩の事件と時計師狩りが繋がっているとは言えないでしょ?」
ミスティアの中では過去の誘拐事件と昨晩の事件は非常に酷似している。
だから今回の事件で時魔は出入口を封鎖した箱のような状態になった図書棟内で発生し、内部にいた人間を喰らったと推測しただけだ。
過去もそうだった。古びた教会に閉じ込められ、時魔化した元人間がまだ生きている人間を喰らおうとしていたからだ。
だがそれでは時計師狩りが今回の事件に関係があるとはいえないのではないか。
「まだ関係があるとは断言は出来ない。だが……」
カフローディアが言い澱む。
「儀式っていうのは種類がある。目的が違えば儀式も変わる」
「うん」
ミスティアは生唾を飲む
「色々あるんだ。大勢の命を一度に捧げて悪魔を召喚したり、特別な血を浴びて永遠の命や若さを得る不老不死の儀式だったり。昨晩の事件は生きた人間を一か所に閉じ込めて獣を放ち、殺し合いをさせて望みを叶える儀式に似ている」
「大量の血肉と生娘を生贄にして死者を蘇らせる儀式にも似てるな」
「……なるほどねぇ……」
昨晩の事件は今カフローディアとリーズが挙げた儀式のいいとこ取りしたような状況だ。
でもこれで繋がりが見えた。
「ティアは大人しくしていてくれ。日が暮れてからは建物内から出ないのは勿論だが、夜は一人になるな。日中は遠方から護衛は出来るが夜は無理だ。だから絶対に夜は建物内でも部屋以外は一人で出歩くなよ」
「分かった。私も違う視点で見れば分かることがあるかも知れないから情報交換してくれない? 過去の事件とも共通していることが多いし、新しいことが分かるかも知れない」
「そうしよう。ティアは俺達にはない視点から物事を考えられるし、発想も柔軟だ。何か分かったことがあったら教えて欲しい。どんな小さなことでも構わない」
「カフティも分かったことがあればなるべく正確に教えてくれる? 教えられないことはそう言ってくれれば聞かないから」
「……分かった」
そしてカフローディアとリーズ、ミスティアは顔を見合わせて頷き合う。
これで情報を得る手段は確保した。
時計師狩りの事件を追えばウォークのことを詳しく知ることが出来るかも知れない。
ミスティアは小さく拳を握り締める。
没落した子爵家、死者蘇生に関与して行方を暗ました王家に仕えた貴族騎士、ウォークもといキースが名前を変えた理由、これらがミスティアの中で一つの糸のように繋がりはじめた。
彼の父親が死者蘇生の実験や儀式に関与しているなんて思えない。
子と親は別人格ではあるが騎士道を極めた王宮騎士がそんなことをするなんて考えられないのだ。
時計師狩りの事件を紐解けばきっと分かることがある。
さっさとこの事件を解決させてリオネイラ家の汚名を返上して、彼に本当の名前と彼の歩むはずだった人生を取り戻してあげなくちゃ。
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