第1章

第一話 王宮の使者

客間に行くとそこには早朝から押し掛けたという客人がソファーでコーヒーを飲んでいた。


「……ご用件は?」

「いやー、朝から悪いね」


 ホントにな。


 そう言ってやりたいのは山々なのだが、客人の顔を見てミスティアは発言を控えた。


「何徹目?」

「三日目に差し掛かってる」


 目の下に彫り込まれたクマ、眠そうな目元、シャツやジャケットにくたびれた様子はなく、不快な臭いがしない所を見ると入浴や着替えは出来ているようだ。


「死んじゃうよ」

「そう思ってくれるなら俺の頼みを聞き入れて一刻も早く俺がベッドに行けるように協力してくれ」


 げっそりとした表情があまりにも痛々しいのでミスティアは話を聞くことにした。


「で? どうしたの。こんな早くに。いつもは昼間に来るじゃんか」


 彼の名はカフティ・ロマード。王宮に仕えており、内部の事務や雑用をこなしているらしい。


 歳はミスティアより二つ年下の二十歳。この国でその若さで王宮に仕える事が出来るのは相当優秀でそれなりの家柄でなければ不可能だ。実際にかなり高位のお貴族様だ。



茶色の柔らかそうな髪を無造作にかきあげて、カフティはため息をつく。

黒い瞳からは疲労が感じられて優秀すぎるのも考えもものだなと気の毒に思った。


「実は陛下の伯母に当たるシャーロット様がお亡くなりになったんだ。政治の舞台でも活躍されていた方だが病気をしてからは田舎で療養していたのだが、先日お亡くなりになった。没年八十九歳」


「長生き」


「で、今回は棺の側に添える花束を。色は白がメインになると思うんだが、ピンクや黄色なんかの色も好んだそうだ。白が埋もれない程度に使ってくれ」

「かしこまりました」


 ミスティアはあからさまに態度を変えて接客応対に入る。


 ミスティアはシェルリード国、王都アルマ。賑やかな街の中心に立地する花屋、フローズで働く生花装飾師だ。経営者は亡くなった祖母の兄であるタイラー・フローズ。御年八十五歳の花好きの老人だ。


 父親はおらず、幼い頃に母を亡くし、生花装飾師の祖母に育てられたミスティアをタイラーはとても可愛がってくれた。ミスティアも定期的に祖母を訪ねてくるタイラーと遊んでもらうのが嬉しく、必ず持って来てくれるお菓子やら洋服などの手土産を楽しみにしていた。

ミスティアにとってタイラーは祖父のような存在で父親のような存在でもある。学校を卒業と同時に祖母が亡くなり、タイラーが引き取りついでに雇ってくれたのだ。


 幼い頃から祖母の仕事を朝から晩まで眺めるのがミスティアの楽しみだった。


 教わった事を活かしながら、足りない事は他の装飾師から学んだ甲斐あってミスティアにも生花を使った装飾や花束、生け花の依頼も増えて固定客も付くようになった。


 このカフティもその固定客の一人だ。


 ミスティアは大体のイメージを頭の中に浮かべた。

 葬式ならば慎ましく白い花、昨日仕入れた白薔薇をメインに黄色やピンクを混ぜて、王族の葬儀ならば宝石店からパールを買って仕上げよう。勿論、宝石などの請求書はこの男に当てる。


「いつまでにご用意致しましょうか?」

「葬儀は明日の午前十時開始だから……」

「なら、明日の朝にでも遣いを寄越してくれれば」

「いや、あなたごと連れてく。テイクアウト」

「はぁ?」


 疲労が頭に回っているようだ。


「十時開始なら朝に持って行けば十分でしょ?」


 花は生き物だ。しかも寿命はとても短い。切り取られた瞬間から急激に寿命を縮めているのだ。


 十時開始ならば朝に花を切り取り、飾り付けて届けた方が美しい状態で棺に添えられるのに。


 私が行く必要ないだろう。


「宰相様が部屋に花を生けて欲しいとの事だ。あと庭の手入れも」

「まぁ、嬉しい」

「あなたの花は誰が生けるよりも長持ちするようだし、あなたの才能を評価している」


 ミスティアの顧客はカフティではなく正確には宰相様なのだ。


 カフティは宰相家の親戚筋で王宮での事務的な仕事をこなす傍ら、多忙で王宮から出られない宰相様の所用を済ませに城外へ出る事も多いんだとか。


 今回も宰相様の代わりに花の注文をしに来たのだ。


「嬉しい、の一言だわ。ただ……」


 私、本当は今日休みなのに……。


 ここ数日働きづめで、花が咲くこの季節にはいくつもの貴族の邸を回った。


 この国では花が好まれ、花を美しく飾り付けてパーティーやお茶会、舞踏会を行う風習があり、いかに大きく、華やかな花装飾を見せ付ける事ができるか、というのが貴族の見栄でもある。


 いい加減疲れた。休みたい。


 昨日か今日かも定かではないが深夜に郊外への仕入れがトドメだった。


 こちらも疲労困憊なのだ。

 もう一度言う。休みたい。


「花を持って行かなきゃならない訳だし、部屋に生ける時間と棺の花を作る時間が開き過ぎると良くないんだけど……」


 花は生物だ。できれば人目に晒される時が最も美しい状態で提供したいと思う反面、休みたい。


休みたさを全面に出せないミスティアは歯切れ悪く言う。


「使いそうな花は持って来てもらって、使わなかった花を全部買い取る」


 いや、そうじゃなくてな。


心配するなとカフティは言うがそうじゃない。


「えっと……」


 休みたい……けど宰相様は最高級の顧客だしな……断る訳にもいかない。


 苦しい……休み返上で働くなんて。


「振替で休暇取れるように頼んどくから」

「やりましょう」


 ミスティアの目がキラリと光る。


 羽振りの良い高級客、振替休暇、今日と明日踏ん張れば幸せな休暇が待っている。


 頑張れ自分。


「じゃあ、夕方に迎え寄越すから、よろしく」

「承りました」


 王宮に泊まり込みの仕事は初めてではない。隣国の王族を招いての晩餐会に飾り付ける花や庭の手入れなどを年に数回は頼まれる。


 仲間数人と王宮の給仕達の手を借りて泊まり込みでの仕事は大変でできればやりたくないが報酬は弾んでもらえる上に、ミスティアの花が宰相様の目に留まり、宰相様の私室や政務室に飾る花の装飾も頼まれるようになった。


 王宮に足を向けるのも大分慣れた。今でも不審者と疑われないか緊張してしまうが。


「あ、そういえば」


 ドアノブに手を掛けたカフティが振り返った。


「昨日の夜は何してた?」

「ん? 仕入れに行って遅くに帰って来て数時間前にベットに潜ったばかりだよ」


 昨夜は郊外まで花の種の仕入れに行っていたので帰宅が遅くなったのだ。貴重な花で栽培が難しい種類で増やすのも当然難しいらしい。


 ミスティアは今回初めてその花を育てる。希少なもの故に失敗はしたくない。


 上手くいけば可憐な白い花が咲く予定なのだ。


 今から楽しみだ。


「何でそんな事聞くの?」

「いや、何でもないんだ。すまん」

「いや、別にいいけどさ。そっちこそご苦労さんだし」


 私の睡眠時間を大幅カットしてくれた事には恨み言の一つもくれてやりたいがこの男も仕事なのだから仕方ない。


「気の毒だね」

「だろ? そう思うだろ?」

「少しでも早く眠れるように祈ってる」


 手を振りながら背中を向けてカフティは消えた。


「……何を言い出すかと思えば」


 ミスティアはカフティの足音が遠くに消えたのを確認してようやく緊張の糸を切った。


「ヒヤッとするわ」


 ミスティアは昨晩、仕入れ以外にも行った事がある。


 生者は身体を動かす心臓、精神を動かす魂、時間を刻む時計を持っている。


 死すると身体から魂が引き離される。身体はなくなった魂を求めて動き回る時魔へと変わる。時魔は自分がまだ生者であり、その時間を生きていると思い込む。しかし欠落した魂を求めて人を襲う。


 人が時魔に変わる前に時計を止めるのが時計師だ。


 心臓が止まって二十四時間以内に時計を止めなければ時計の針が通常とは逆向きに回り出し、時間を彷徨う化け物へと変わる。そうならぬように時計師は魂がなくなった身体に残された時計の針を止めるのだ。時を刻むことを止め、生の終焉を与えて永い眠りへと導くのが時計師の役割だ。


 ミスティアはそんな時計師の力を持っている。


 時計師は貴重な存在でその特殊な力を持つ者は非常に少ない。


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