第2話 出会い
そんなこんなで準備をしているともう2時を回っていた。
「ごめんね、待たせた、これでいいかな?」私は萌黄色のワンピースを春人に見てもらう。
「いいってば。可愛い、可愛い、さあ早く出発しよう、父さんも待ってるから」春人はすこしうんざりしたような声で私の手をひく。さあ、出発だ。
私たちのマンションから電車で30分ほどの多摩地区の原田に春人の実家があった。
駅から5分ほどで4人が住めるにはちょうどいい品のいい戸建のお家だった。
(ピンポーン)ドアベルを鳴らすと義父さまの
「いらっしゃい―」それは春人の声とは全く違うダンディーな低い声。
(春人のお父さん・・・)私はビックリした。まだアラフォーな感じで春人と同じく背が高く、白と黒のネルシャツをカッコ良く着こなした俳優さんのような目鼻立ち。運動でもしてるのだろうか陽に焼けた甘いマスクで、やはり目鼻立ちもシュンとしている。
「ただいまー久しぶりだね、オヤジ!」春人は言った。
「こ、こんにちは」私は緊張して、かんだ。
「さあ上がって上がって、遅いじゃないか、父さんお昼には来ると思っていたんだぞ」
義父・康彦のスマイルがまぶしかった。私はそう言われて申し訳なく思った。
「コイツがお洒落したくてどうしようもないんだ」春人の口から愚痴がこぼれる。
「まあ、お気づかいありがとう。こんなオジサンなんだから気軽に来てくれてよかったんだよ」康彦さんは言う。
リビングに通される。雑多なモノが少ない印象でお洒落な観葉植物が多く目に入る。
「さ、さ、座って座って。今、お茶入れるから」と康彦。
「あ、あたし、やります」私は言った。
「いやいや、まずは座って、俺の淹れたコーヒーは結構評判なんだぞ」康彦はキッチンへと向かった。
「花音、いいよ、座って。こう見えてもオヤジの淹れるコーヒー、結構いけるんだ」春人はそういって先に座る。
「すいません。あの、山村花音と申します。ご挨拶遅れました。」私は言った。
「うーん、春人から聞いてるよ、こちらこそいつも息子がお世話になっていて申し訳ない。二人の生活は慣れたかい?」
私は恥ずかしくなって顔が赤くなるのがわかった。
「は、はい。これまでご挨拶できなくてすいませんでした」私の精いっぱいの言葉。
「ははは! 結構結構。お熱い2人も仕事で忙しいんだろ」
「でも、ご挨拶が遅れました。春人さんに優しくしてもらってます」
「そうか、それなら良かった。今日はどうぞゆっくりしていきなさい」と康彦さんは言った。
それからは康彦さんは、仕事で何やっているの?、とか私たちのなり染めを聞いてきたりした。そうこうしているうちにコーヒーが出てきた。
「さ、どうぞ、今日はね、コナの豆を使って淹れた特製だぞ」康彦さんはそう言ってすすめてくれた。
「おいしい・・・」私はすぐにそう思って言葉に出した。酸味のバランスのとれたスッキリとした味わい。
「そりゃ、よかった。春人はコーヒーはおろかお茶も淹れないだろ」と康彦さん。
「俺だってたまにはチャーハン作ったり焼きそば作ったりしてるんだぜい」春人のせいぜいの仕返し。
それから康彦さんは、私の仕事や春人の様子などを矢継ぎ早に訊いてきた。
「まあ、2人が幸せそうなんで父さん安心したよ、で、式はいつあげるんだい?」
「うん、ちょっとお金の事情もあるし年内には考えるよ」春人が言った。
「こんな可愛い嫁さんもらって、春人は幸せだなあ」康彦さんは言った。
「ところでオヤジ夕食は?」
「うん、すき焼きにしようかと思っている。食材もバッチリだぞ」
「やったーすき焼きか、しばらく食べてないなあ」春人は喜んだ。
「スペインのいいワインがあるんだ、今日は宴会だな」康彦さんはうれしそうに言った。
「私、今度こそ手伝います、やらせてください」私はそう言ってコーヒーをまた口にいれる。
「じゃ共同作業といきますか、よろしくね、花音さん」
*
キッチンは広くきれいに片付いている。康彦さんはインテリアデザイナーをやっていて
どうりでリビングも玄関もしゃれたものばかりが目に付いた。
私と康彦さんで台所に立って食材を切り盛りしている。
春人は実家に置いてあったという昔のサッカーワールドカップのハイライト集を缶ビール片手にソファーで横になって観ている。
(本当に、酒が好きなんだこの人は、寝ちゃわないといいんだけど・・・)私はいつもそう思う。
そうこうしているうちに食材もカットしあとは鍋の用意だけだ。
「春人、できたぞ、ダイニングを拭いてくれ」
「はーいよ」
「ではまずこうして3人で出会えたことに乾杯!」康彦さんがワインのコルクを抜く。
フルーティーなわりに辛口な赤ワインだ。
「うんめえ」春人は一気に飲みほした。
「おかわり」春人のテンションが上がっている。
「おい、おい、味わって飲んでくれよ、けっこうな値段なんだから」康彦さんは言った。
「ようし、肉から焼いていくか」
「やっほーい」春人はすでに出来上がっている。
たしかにおいしい肉だった。たっぷりサシの入った高級和牛であろう。
「さ、さ、花音ちゃんも食べて」康彦さんが皿に取り分けてくれる。
それからは春人の昔話に花が咲いた。
「昔はぜんそく持ちでね、サッカー始めたら不思議とぜんそくも良くなって」「初恋は高1だったよな」「やめろよ父さん」そんなやりとりが続く。
気づけばワインは3本開けていた。
「ちょっと春人、また寝ないでよ、今日は帰るところがあるんだから」私は言った。
でも春人は寝た。本当に酒が好きなのに弱い人・・・ソファーでいびきをかきだして
寝てしまった。
残された私と康彦さん。
「ったく仕方ねえ奴ですな、いつもこんな感じかい?」康彦さんは訊いた。
「まあ出会った時も最終的には膝枕で寝てましたから慣れています」私はそう返した。
「仕方ねえなあ、」そう言って康彦さんは春人に毛布をかける。
それからの私たちは会話に困った。
「映画でも見ますか」そう切り出したのは康彦さんだった。
「んーいろいろあるけどタイタニックは見たかい?」
「実は見てないんです、長そうでなかなか」私は正直に答えた。
「古い映画だが良くできている。半分だけ見てあとはまた見るのがいいでしょう」
私たちは「タイタニック」を見ることになった。
映画で船が事故を起こしたあたりで前巻が終わった。私は少し感動の涙を流していた。
と、同時に春人が目を覚ます。
「あー寝ちゃった、悪い悪い、ああもうこんな時間?」春人に言われて初めて我に返った。時計に目を移すと11時をまわていた。
「ごめんなさい、明日仕事なんであたしたち帰ります」私は少し焦っていた。
「ああそうだったね、こちらこそ遅くまでつき合わして悪かったね」康彦さんは言った。
今日はお開きということで私たちは帰途についた。
私の心の中に何か運命めいたものを感じてその晩はなかなか寝付けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます