完璧な兄
何気ない平日の朝7時30分、外ではチチチと鳥たちのさえずりが響き、爽やかな風と共に羽を広げて大空へと飛び立つ。
とある住宅街の一軒家の家主である靫空奏多(17)はとある一室の前に立っていた。今朝からもう5度目来訪した部屋。目覚ましを四つ置こうがこの部屋の住人は起きない、否、厳密にいうと起きて器用に布団から手を出し目覚ましを切って2度寝、3度寝を繰り返しているのだった。
この家の大きさは二階建ての一軒家だが住人は未成年の兄妹二人のみ、よって目覚まし時計が鳴り響き消えるのがリビングからでも丸聞こえなのだ。
はぁ、とため息を溢し、奏多はガチャっと部屋に入ると布団にくるまった妹、靫空奏(15)がスヤスヤと寝ていた。
だらしない寝相をし、口からはよだれが垂れていた。
幸せそうな顔だが、このまま放置してしまうと遅刻してしまう
「・・・奏、起きて。朝だよ」
肩をゆするが、呻き声と適当な返事しか返ってこない。
寝顔をみるとこのまま起こさず寝かしてあげたいと思ってしまうが奏多は遅刻をさせないために心を鬼にする。
布団をバサッととりカーテンを全力で開けた。
だがぬいぐるみと枕で顔に降りかかる春の日光と肌寒い空気を頑張って遮断していた。
はぁ・・・と再度、ため息をし呆れた奏多は最終手段に打って出た。
そっと、はみ出している奏の耳に口を近づけた
「奏、起きないと、遅刻するぞ。」
その唇は耳に当たるか当たらないかの距離だった、いや恐らく当たってた。
そして枕を瞬時にどかせおでこに軽くデコピンをした。
痛みは鈍く奏の意識を覚醒したその瞬間、奏の体は90度に上がり、耳を真っ赤にさせていた。
「おはよ、朝ごはんできてるから降りてきなよ。」
奏多はニコッと微笑みながら部屋を出て行った。
―これが私の兄、朝からあんなセリフを言い、こんな事を平然とやりきる超ど天然。
奏は背筋をグーッと伸ばし、ドキドキしながら制服に着替えリビングにむかった。
「お、おはよう・・・」
先程の事に触れないように静かに席に座り朝御飯に手をつけた。
気付かれた人もいると思うが、私達には両親が居ない。
私には両親の記憶が無く、兄によると2人とも私達が小さい頃交通事故で亡くなったそうだ、莫大な遺産と身寄りのない私達は親戚を求め転校を繰り返し、結局、親戚が見つかることも無く、小学校高学年の時、転校を止め2人でずっとこの土地にいる。
それ故、兄は1人親代わりで家事や家の生計を立てている。
ずっと1人で私の面倒を見てくれている。
さらに料理も上手く、靫空家の食事はいつも豪華だ。今日の朝は焼き鮭、卵焼き、味噌汁、温野菜サラダ、白米、たくあん、栄養バランスをよく考えた兄の献立のおかげで靫空家は病気にはなりにくいのだ。
鰹出汁のよく聞いた味噌汁を啜りながら2人分の弁当におかずを詰める兄を奏はチラチラ見ていた。
弁当の中身を詰めているだけなのにどうしてこうも格好良く見えるんだろう?
「ん?どうした奏、僕の顔に何かついてる?」
不用意に見すぎたのか視線に気づかれた。
「い、いや・・・別に。」
急いでご飯と味噌汁を口に掻きこむ奏を見ながら奏多は首を傾げながらもせっせと弁当にご飯を詰めていた。
「よし、完成・・・と、奏、あと10分くらいしたら出るぞ。」
エプロンを外し、綺麗にたたむと、学生鞄を肩にかけ弁当をいれる。
朝御飯を急いで食べ終えた奏は歯磨きをしながら鞄を持ってきて急ぎ玄関に向かった。
「忘れ物無いな、ほら弁当。」
弁当を受け取り鞄にいれると一緒に家を出た。
奏多は県立富士宮学院高等部2年の風紀委員会、副委員長だ。週明けの今日は風紀委員による荷物検査のため急ぎ学校に向かった。
私の兄、靫空奏多は学校ではけっこうな有名人だ。成績優秀で常にトップ。運動神経抜群で体力テストも毎年A。それを誇示しない謙虚さ、そして自分以外が認める爽やかなイケメンだ。
本人にそれについてどうかと問うてみると『正直どうでも良い、人間中身が大切』と言っていた。因みに座右の銘は『明日には明日の風が吹く』その理由は爽やかそうだから、意味は別に考慮していない、だそうだ。
そして男子とは思えないほどの色香を偶に出す、そしてある一面では幼そうなキュートな一面も見せ女子力も高い、皆それに魅了される。
最近の活躍では1ヶ月前に買いもので商店街に立ち寄っていた際、そこに出現した不審者を取り押さえ警察に表彰されたりもした。
その際、買いたての豆腐が崩れたと嘆いていた。
だがそれにしても、何故習い事もしていないのに、ここまで何もかもできるのだろうか不思議に思う時期もあったが、兄は天才なのだと思えば解決できる考えだったが、その事に関して兄はこう言った。
「天才はね、歴史に名を刻むのさ。僕はただ基本が出来てるだけ。ただそれだけ、それに僕が天才何て言われるんだったら世界中の天才の方々に失礼じゃないか。」
と笑いながら言っていたのを思い出す。
だが、兄はこれ以上なく完璧だ。少なくとも私は兄が弱いところを見せた記憶がない。何時も兄の背中は大きくたくましい。
それ故、私は兄が好きだ。兄弟として、一人の男性として私は兄が好きだ。こんな感情を抱くのは駄目だとわかってはいるが長年住んでいると嫌でも惚れてしまう。
だが、確実と言っていいほど兄は学校内ではかなりモテている。逆にモテない要素などない。
兄の鞄がラブレターで溢れていたのを見たことがある。
しかもその全てに返事を返したという逸話を持っている。だが誰一人に対しても首を縦に降ることはなく、毎度毎度断る理由にいう言葉がある
『自分に人を愛する資格はない、だから君とは付き合えない。ごめんなさい』
と綴られていたという。
だが女性からの人気が下がることはなく逆にミステリアスな感じと筋を一本通すところが良いと人気が高まり今ではファンクラブや無断で写真集で作ったものもいたそうだ。
一部では『奏多様』などとも呼ばれており、そう呼ばれた奏多はかなり気まずそうにしている。
兄は私にとってとても近く、かなり遠い存在だ。
私はそんな兄の隣を歩いている。
のどかな春の道、兄と二人きりの空間。
そんな事を考えている自分を見向きもせず兄は桜の花びらを見ながら楽しそうに歩いている。
これが永遠に続けばいいのに・・・
だがそんな幸せの時間は家を出て5分で終わった。
「おーい!奏多!おはよう!」
後ろからよーく聞き覚えのある声に二人とも振り返った。
轟 可奈 (とどろき かな)奏多と同じ高等部2年、奏多とは小学校からの幼馴染という関係で奏は妹のように可愛がられている。
かなり男気が強く、口喧嘩では勝てそうにもない、運動神経もよく陸上部のエースだ、だが、奏多曰く「轟はアホの子」と笑いながら言っていた。
「奏ちゃんもおはよ!」
「おはようございます・・・」
だが私は知っている、轟さんは兄のことが好きだ。轟さんが兄を見る目は私と同じだ。
「おはよう、轟。今日は風紀委員の持ち物検査だけど、持ち物チェックされるが今回は大丈夫だろうな?」
奏多はニッコリ微笑むが目は笑っていない、威圧に近い笑顔だった
現在通算14回目の規則違反物の押収、風紀委員にとっても轟の没収率は軍を抜いていた。
「あっ・・・」
可奈の反応を見て奏多はため息をついた
「またか・・・しょうがないけど没収だ、でも大切なモノならすぐ返すから」
そして没収のものは大体が友達から借りたCDやDVDなのだ。
「ありがと~奏多!」
可奈は奏多の腕にぎゅっと抱きついた。可奈のEカップが奏多の腕にムニッと押し付けられる。
奏多は別に反応は示しては無かったが、そこまで胸が発達していない奏は自分と可奈の胸を見比べると怒りと虚しさがこみ上げて来た。
だが負けじと首を横にフルフル振り
「お兄ちゃん!早くしないと風紀委員の仕事に遅れるよ!」
奏は二人を振りほどき奏多の手を引っ張り小走りになった。
「こらこら、弁当がひっくり返ったらどうする。」
と呆れるようなセリフを吐くが奏に合わせて走っているので全然説得力がない。
陸上部の可奈は不意のダッシュにも余裕でついてきて挙句の果てに誰が一番早く学校に着くかのかけっこ対決になっていたのだった。
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