中編:正義を実行する女
田嶋が泣いていた。
冗談ばかり言う今からは想像できないが若い頃は無表情に抗争相手を痛めつけ、傷害で何度も服役していた。
いちいち相手の痛苦など気にしていられないとまるで達観して他人事のように冷酷だったという田嶋が、死別した最初の妻との一人娘である花乃の死に、泣いている。
花乃という少女の死については、月光は自業自得などという言葉を決して使えなかった。
「死んじまったらしょうがない。依頼は取り消すよ」
「いいんですかそれで」
「月光っちゃん。親の俺が悪いんだ。散々他人を痛めつけて生きてきた俺だ。アンタだけに言うが、人も二人殺してる」
「田嶋さん。あなたの悪行が花乃ちゃんを死なせたって思ってるんですか」
「ああ・・・やっぱり悪いことはできねえ」
「ふざけないでよっ!」
通夜の後の面会で通された「執務室」で月光は不必要に高級そうな調度テーブルを、バアン! と両手のひらで叩き、ソファから立ち上がった。
田嶋を見下ろしながら語気を荒げる。
「ヤクザごときの暴力と花乃ちゃんの受けた地獄の苦痛は比較になんかならないわよっ!」
月光は田嶋がどうこういうよりも自分自身が意地になっていた。それはもはや花乃のためですらない。
石に齧りついてでも正義を実行する。
正義を実行するためには悪が必要だ。問題は花乃へのいじめを立証できるかどうかだろう。
弁護士というよりはもはや探偵か警察のような執拗さで花乃の身辺の人間関係を徹底的に突つきまくった。
その為にはそれらの人間関係の危ういバランスをすべて崩壊させても構わないと思った。
なぜなら。
花乃は死んでいるから。
「あなたに訊くのはとても申し訳ないけれども・・・あなたもいじめられてたっていう情報を持ってるの」
「あの・・・どこでそれを」
「花乃ちゃんのスマホからね」
月光が中学校の裏門で待ち伏せて喫茶店に連れ込んだのは花乃の隣のクラスでやはりいじめに遭っていた少女だった。そしてその少女に、花乃がスマホのクラウド手帳アプリに短い単語を並べただけの日記を残していたのだ。
弁護士に認められた調査権限を使ってそのIDやパスワードを取得し、月光は花乃の秘密に迫っていった。
少女は戸惑いながらも月光に話してくれた。
「花乃さんはわたしのことを『同志』っていう風に呼んでくれてLINEのグループを二人で作って連絡しあってました」
「そのLINEね。わたしも見たわ。本当にあなたが最後の砦というか、心の拠り所だったのね」
「はい・・・そうだったんですけど、わたしは最後に・・・」
「いいのよ。それはあなたの責任じゃない」
「でも・・・でも・・・同志っていう言葉って裏を返せば同じぐらい低レベルの仲間、っていう感じじゃなかったのかな、って。実は同じぐらいの底辺がいるって思ってたら、そのわたしから『キモ』って言われたら・・・」
「それはいじめの主犯たちがあなたに強要したんでしょ」
「はい。言わないと男子の前で・・・その、自分でさせるって・・・」
「ねえ。誰なの? 主犯は」
「それは・・・」
相当怯えているらしく少女は喫茶店のレースのカーテンが引かれた窓から何度も外を伺った。月光がごく短く言う。
「学校消えろ」
・・・・・・・・・・・・・
月光は最低でも傷害を立証するつもりだった。
そして月光は弁護士としての職責をかけて、いや、正義を実行する人間としてのプライドを賭けて、いじめで花乃を自殺に追い込んだ者たちをこれまで日本の司法だけでなく世論も政治もやらなかった方法で断罪しようとしていた。
殺人罪で。
花乃の死因は、自殺という名の他殺だから。
いじめの儀式を成立された生徒たちを漏らさず尋問するつもりだった。
「ねえ。弁護士が嗅ぎまわってるよ? どうすんの」
「ほっときゃいいよ。だってウチらには人権あんだから」
主犯たちがこううそぶいている中、マスコミが信じられない報道をした。
『自殺した少女の父親は暴力団組長』
月光は徹夜明けの事務所で夜食に取ってあったクォーターのピザをニュース画面に叩きつけた。
評論家の男女どものクールビズのスーツをマルゲリータのチーズで、べちょ、と汚しても月光の怒りは収まらずに、デスクを蹴り上げ、そのまま外に出る。
弁護士事務所のドアが閉まりオートロックの音を後にして洗いざらしてアイロンをかけていない白のブラウスのボタンを閉じながら駅への道を、カッ・カッ、とヒールを鳴らして走るように歩いた。
電車に乗り、車窓の、過ぎ去るビルの窓を睨みつけながら、ようやく調べ上げていた駅で下車する。タクシーで番地を告げ、その家の手前に乗り付けた。
「おはようございます、成瀬さんのお宅ですよね? 弁護士の割木と申します。セイリョウさんはご在宅ですか?」
中学への登校前の時間帯であるはずだと月光は花乃の学校の人間たちを尋問してようやく割り出していた主犯の少女の自宅を急襲してインターフォンで少女を呼ばわった。母親と思われる声がスピーカーから聴こえた。
『・・・なんの御用ですか?』
「田嶋花乃さんが亡くなった件で話をお伺いしたいのですが」
『娘は不在です』
「お母様ですか? 田嶋花乃さんが学校で転落死したことはご存知ですよね」
『え、ええ。とてもショックな事故でした』
「・・・セイリョウさんと花乃さんとの間にトラブルがあったと聞いたものですから」
『存じません』
「花乃さんが匿名の『アカウント』でセイリョウさんの唾液を髪の毛に垂らされたと言っているツイートがあるんですが」
『な、なんなんですかアナタは! 警察を呼びますよ!』
「構いません。わたしは職務上認められた権利義務の範囲で行動しておりますので。それでお母様。唾液を垂らしたのは事実ですか、虚構ですか」
『帰れっ!!』
「・・・セイリョウさんはご不在ということはもう登校されたんですね。では学校へ伺います」
『ちょ! おいっ! テメエっ!』
ヤクザかよ・・・
ん? 梶沢さん?
「はい」
『月光さん。田嶋が死んだ』
「・・・え?」
『組事務所で自殺した。拳銃でこめかみを撃って。依頼は取り下げだ。それでね花乃さんのLINEにこんな送信が残されてたそうだ』
・・・花乃。父さんを許してくれ・・・
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