第8話「一繋ぎは縁結び」


 ニクスの町はガラス細工の工芸品で有名な町である。 

 町のあちこちではガラス細工で作られた時計や芸術品が飾られ、また土産物屋も数多く並んでいた。

 そしてそのガラスが太陽の光でキラキラと輝き、まるで町全体が輝いているかのように見える。


 その町中をカナリはのんびり歩いていた。

 ニクスに来たのは初めてなので、物珍しくて周囲をキョロキョロしている様は見事におのぼりさんである。

 そんなカナリの目に、ガラス細工の店の間に挟まった小さな書店が映った。


「そう言えば、今月のもう発売していたっけ」


 そんな事を呟きながら、カナリは書店へと歩いて行く。

 そうして入って早々に雑誌コーナーに向かうと、目当てのものを発見した。

 『スカイライナー』という題名の、隔月で出版されているグライダーの雑誌である。

 カナリの愛読書だ。

 今月は夜行列車に乗ってグライダー技師の試験に向かうためにバタバタしていて購入できていなかったのである。

 カナリはスカイライナーを手に取ると、そのままレジへと向かった。


「お願いします」

「はい、スカイライナーですね。ええと……お会計は七リブルになります」

「はい。あ、そのままで大丈夫です」


 カナリは店員が紙袋へ入れてくれようとするのを止めて、代金を渡す。

 どうせすぐに読むのだから、紙袋は勿体ない。

 店員ににこにこ笑って頷くと、代金と引き換えに雑誌を手渡す。

 カナリは「ありがとうございます」お礼を言って雑誌を受け取り、大事そうにカバンに仕舞うと店を出た。

 その際に、チラリと店の時計を見る。

 現在の時刻は十一時四十分。

 列車の時間までまだある。


「……少し早いけど、お昼にしようかな」


 呟いてカナリは再び歩き出した。

 目的地であるダスパールまでは列車に乗っても時間はかかるし、先に食事を済ませておこう。

 そんな風に思ったからである。

 もともとカナリは待ち合わせの時間には余裕を持って到着しておきたいタイプである。

 遅れるよりは待つ方が気楽、という奴だ。

 それに一人旅なので合わせる人もいないから、早々にそう決定して、カナリは食事処を探す事にした。


 どこか入りやすいお店はないだろうか、そんな事を考えて歩く事少し。

 大通りの一角に『レストラン・ホップス』と看板を掲げた店を発見した。名前もそうだが、ナイフとフォークのマークまでついているから、食事処で間違いないだろう。

 近づくとお店の中から良い香りが漂ってくる。

 よし、ここにしよう。

 そう思ってカナリは扉を開け、涼やかなドアベルの音と共に中へと入った。


「いらっしゃいませ! こちらへどうぞー!」


 すると黒髪の美人なウェイトレスが元気に迎え入れてくれた。

 案内されるがままにカナリは窓際の席へとつく。


「はい、どうぞ!」

「ありがとうござます」


 メニュー表を手渡され、カナリはお礼を言ってから開いた。

 定食から単品まで品数は豊富だ。その上、ランチメニューまで記載がある。

 どれにしようかなとカナリが考えていると、


「アンタ、初めての人だね。観光?」


 と、ウェイトレスに聞かれた。

 カナリは顔を上げて軽く首を振る。


「いえ、所用でダスパールまで向かう所なんですよ」

「へぇーダスパール! もしかしてグライダー関係?」

「そんな所です」

「そっかぁ。あの辺り、空賊も多いからさ、気を付けてねぇ」


 そんな事を話していると、またドアベルが鳴ってお客が入って来た。

 ウェイトレスがそちらへ顔を向けるのにつられて、カナリも同様に目を向ける。

 入って来たのは金髪の少年と黒髪の男性だった。


(…………あれ?)


 何だか、見覚えがあるような。

 二人の顔を見てはてと首を傾げるカナリ。

 そんな彼女の横を二人組は通り過ぎ、さらに奥の席へとついた。

 それとなく彼らを眺めながら、 


「どこだったっけ……?」


 とカナリは呟く。

 それを注文と聞き違えたのか、ウェイトレスが声をかけてきた。


「あっ決まった?」

「え、あ、じゃあ焼き魚の定食で」

「オーケー」


 慌てて答えたカナリにウェイトレスはウィンクすると、彼女からメニュー表を受け取る。

 それから代わりにと言わんばかりにイチゴジャムの入ったガラスの小瓶をテーブルに置いた。 


「えっと、これは?」

「来店記念よ、初めて訪れた人にプレゼントしてるの。ね、この町の別名って知ってる?」

「ええ。一継ぎの町ニクス、でしたよね・」

「そ。この町のガラス細工ってね、決まって一つの線が彫り込まれてるの。前後で作成されたもの同士はその線がぴったり合うのよ」

「へぇ……」


 その言葉に目を丸くして、カナリはガラス瓶をそっと持ち上げる。

 ウェイトレスの言う通り、確かに瓶の縁からそこまで一筋の線画彫り込まれていた。


「一継ぎは縁結び。アンタの旅に良い縁を!」


 ウェイトレスはにっこり笑ってそう言うと、テーブルを離れて行った。


「良い縁を、か」


 思いがけず素敵なエールを頂いて、カナリの表情が緩む。

 しばらく小瓶を見つめてから、カナリはそれを鞄に仕舞った。

 そうしていると、奥の方から先ほどの二人組の声が耳に届く。


「あーひどい目にあった」

「ぼやくなぼやくな。あ、リサちゃん。俺野菜炒め定食で」

「俺は焼き魚定食」

「はーい!」


 先ほどのウェイトレス――リサと呼ばれた女性に二人組は注文している。

 野菜炒めか、それも美味しそうだなぁ。

 そんな事を思いながらカナリはグラスの水に手を伸した。


「……しかし列車のアレは驚いたよなぁ。ダルクの連中もあたふたしてたし」

「こっちも大変だったけどな。まさか船ごと海に落されるとは思わなかったよ」


 ……列車?

 思いがけず、何だか聞いたような――体験したような話が聞こえてきて、カナリはさらに首を傾げた。

 何だか気になってカナリはちらりと彼らの様子を盗み見る。


「あー、もーほんと、海から飛ばすの、大変だったよなぁ」

「だな。ま、ダルクよりはマシだ。あいつの船より小さいから空軍到着する前に飛べたし。空軍到着ギリギリだったんじゃないか? あいつら」

「たぶんなぁ。ご愁傷様」


 そう言って二人して合掌し、ケラケラ笑っている。

 それを聞いてカナリはサッと顔を逸らした。


(思い出した……あの二人、スターライトを襲撃した空賊の片方だ)


 カナリは二人に気付かれないように、静かに席を立つ。

 食事を注文したばかりだが、このままここにいたら見つかりかねない。

 例え顔を見たのが一瞬であっても、もしもという事がある。出来れば関わり合いにならない内に、店を出よう。

 そう思ってカナリは抜き足差し足で外へ向かう――前に、注文した以上、食事の代金を払おうとレジへ向かった。

 背後ではカナリに気付かずに、二人組がわいわい話を続けている。


「船落した奴、覚えてる? ほら、銃を撃った」

「ああ、いい腕だ。女の子だったかねぇ。お前と同じくらいの年じゃなかったか?」

「かもね。まさか船ごと落されるとは思わなかった」

「はは、同感だ」

「たく、残念。あーあ、せっかく反応見つけたと思ったのに。列車の中に絶対いたって」

「列車が見えなくなってから反応消えたな。案外まだこの辺りにいるんじゃないか?」

「じゃ、念のため~」


 何やら黒髪の男に促され、金髪の少年は上着の内ポケットの中からごそごそとコンパスのような物を取り出した。

 少年はそのコンパスのガラス部分の三か所に彫られた紋様を、指でカツカツと軽くつつく。

 すると、ふっとコンパスが青く淡く光り始めた。


「あれ?」


 それを見て、金髪の少年は驚いた顔になる。

 そんな少年の手の中でコンパスの針はくるくる回り出す。

 どうやら二人は今コンパスに集中しているようだ。今ならば気付かれずに外へ出られると、カナリは少しほっとする。


「あら、どうしたの?」


 その時、厨房から出てきたリサに声を掛けられた。

 カナリは少しだけ焦りながら、財布を取り出した。


「すみません、ちょっと用事が。あの、代金を。これでお願いします」

「そうなの? あ、ちょっと待ってて」


 リサは不思議そうな顔をしたが、代金を支払うとカナリが言ったので「何か用事でもあるんだろう」と思ったようだ。代金を受け取ると、お釣りを取りにレジへと向かう。


「……何か、反応があるな」

「うん、ていうか」


 奥の席では二人組がコンパスを見ながら話しを続けている。

 件のコンパスはくるくる回り、文字盤はチカチカと光っている。先ほどよりも若干強めの光だ。


「――近い?」


 そうしてコンパスの針は何かを見つけたかのように、ふ、ある方向を指してと止まった。

 二人は針の先に顔を向ける。


――――目と目が、合ってしまった。


 カナリの表情が固まる。

 二人組は少し首をかしげて、すぐ何かを思いついたように目を見開いた。


「やば」


 カナリは反射的に、バッと店から飛び出した。


「あ、お客さんお釣りー!」


 その後ろではリサがお釣りを握った手をぶんぶん振っている。

 一瞬の出来事に、少年と男――ナッシュとイズミは呆然と呟いた。


「……なぁナッシュ。今の子、船に銃ぶっ放した奴に似ているような」

「ああ、ていうか、え、ちょ、コンパス動いて」


 コンパスの針はドアの方向から徐々に方角を変えていく。

 だんだんと弱くなっていく光に、それが何をさしているのかを二人は理解した。

 そう、カナリである。

 ナッシュとイズミは顔を見合わせると、カナリを追いかけて店を飛び出した。


「あー! ちょっと、あんた達、食事代はー!」

「ごめん、ツケといてー!」

「もー! 何なのー!?」


 残ったのはリサの声と、相変わらず澄んだドアベルの音だけだった。

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