第5話「三つ巴」


 その頃スターライトの屋根上では、二隻の船とそれぞれの前に立つ空賊達が睨み合いをしていた。

 片方は緑色の船、もう片方は小さめの赤色の船だ。

 緑色の船の前には空賊が六人。赤色の船の前には二人立っている。


「ん、またキミ達か、ナッシュ、イズミ」


 緑色の船の前に立っている空賊の一人が同じ音調で淡々と言った。

 左目にシングルレンズの眼鏡をかけており、少しぼうっとした印象を感じる青年だ。

 他の空賊より一歩前に出て話している事から、おそらく立場は上の方なのだろう。


「それはこっちの台詞だぜ、ダルク」


 ナッシュと呼ばれた金髪の青年が強気に返す。

 ナッシュから少し下がった場所にいるイズミと呼ばれた男はふ、と口から火のついていないタバコを外した。

 ダルクと呼ばれたぼうっとした青年はふうと息を吐いた。


「ちょっと相手、してあげて」


 相変わらずの音調でそう言うと後ろの空賊達がナッシュ達めがけて走り出す。


「へ、数だけいてもな」


 イズミは背負っていたライフルを下ろして向けた。


「公共の列車で流血沙汰は駄目だからな」

「分かってるって」


 ナッシュに言われてイズミはにっと笑う。

 ナッシュもまたカチャリと腰の剣を抜いた。







 頭上では武器を打ちあうような金属音が響く。どうやら戦いが始まったようだ。


「始まりましたか」


 つぶやいてカナリは上を見上げる。

 彼女は今、スターライトに空いた穴から屋根上へとよじ登っている最中だった。


「大丈夫?」


 列車内からエドワードが声をかける。

 カナリは軽く手を振って、危ないとエドワードに慌てられた。


「平気です。そちらもタイミング外さないで下さいね」

「分かってるって」


 びしっと親指を立てると、心配そうな顔でエドワードは奥へ走っていった。


「……さて」


 様子を確認する為に屋根から少し顔を出した。

 そこは空賊達が戦っている所からは左に離れて場所だった。

 カナリは顔を戻すと左側に移動を始めた。

 体を打つ風が強い。

 命綱のような物はつけていないので、振り落とされないようにしっかりと壁を掴んで移動する。

 危険な場所には変わりないのだが、このスピード感と風にグライダーをだぶらせてカナリは楽しそうに笑った。

 だが楽しんでいる場合でもないので余計な事を考えるのはやめた。


「よ、と」


 風圧と不安定な体勢に、少し移動するにも時間がかかる。

 何とか目的の場所に着くと列車の前方の様子を確認した。

 まだ、先。列車の前方遠くにカナリの目に目的のものが映る。

 海から突き出た幾つかの岩。

 よし、狙い通りだ。

 カナリは腰から技巧銃を抜いた。

 そしてダイヤルをカチカチカチと最大に引く。

 コンコンと窓を叩く音がして顔を向けると、エドワードとオルソン、そしてスターライトの乗務員達が立っていた。

 二人はぐっと親指を立て、カナリは応えるように頷く。

 エドワードの手にはボーガンのような形の発射台がついた銛が握られていた。

 本来は緊急用の食材確保の機材らしいのだが、今回の作戦にはそれが不可欠だった。

 その銛には刃と棒の境目にロープが結んであり、それは屋根の上まで続いている。

 二人は窓枠に発射台を固定して構えた。

 その為銛の刃の部分がはちょうど窓から飛び出している形になる。

 そして少しの時間、待つ。

 だんだんと目的の岩が近づいてきている。


「もう少し……」


 近づく。

 もう少し。

 もう少し。

 もう少し……。

 列車の前に見えていた岩が彼らの横まで来た、その時だ。


「今っ」


―――ビュンッ! 

 オルソンの掛け声にエドワードは銛を放つ。

 銛は見事岩に命中し、貫通する。

 そして列車の進行に従って、たるんでいたロープが段々と張られていく。

 そして、ピン、と張った瞬間、カナリは一気に列車の屋根上に飛び上がり、技巧銃を続け様に二回、空賊の船めがけて撃った。

 ダァン、と鈍い音が響き、船が僅かに揺らぐ。

 そしてロープの引きも合わせて、二隻の船はぐらりと傾いた。


「!」


 その音と異変に空賊たちは気付いたが、もう遅い。

 カナリは撃った反動で後ろに落ちかけながらも銃のダイヤルを半分に減らし、今度はその空賊たち目がけて撃った。

 衝撃弾だ。


「のわ!」


 空賊たちはそれに吹き飛ばされ海へとばしゃばしゃと落ちていく。

 同時に船もまた屋根から一瞬浮かび、スターライトから離れる。

 その隙にスターライトは通過した。

 停まる場所を無くした船は大きな水しぶきを上げて海に落ちていく。

 空賊たちの悲鳴が上がった。

 だがカナリもまた体勢を崩し、スターライトの屋根から落ちてしまう。


「うわ」


 だが、すんでのタイミングでエドワードとオルソンがカナリの足を掴んだ。

 ちょうど逆さになってカナリは海に落下を免れた。

 重力に従ってカナリの髪の毛は先端が少し海水で濡れる。


「あ、ぶね……!」


 引き上げられると三人は床に座り込んだ。

 落ちかけたカナリよりもエドワードとオルソンの方が顔色が悪い。


「助かりました」

「いーや」

「寿命が縮む……」


 はあ、と同時に息を吐く。

 そして笑う。


「これでしばらくは追ってこれないでしょうね」

「そうですね。では私は空軍に連絡を取って来ます」


 オルソンはすくっと立ち上がり、走っていった。


「ああ~……死ぬかと思った……」


 へなへなとエドワードは床にへばりつく。

 そんな彼にカナリは拳を軽く握って差し出した。


「ナイスファイト」

「そちらこそ」


 エドワードはその拳に自分の拳を軽く当てた。

 そしてまた声を上げた笑い出した。

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