第4話「この素敵技術の結晶に」
カナリたちが目指すのは穴を開けられた車両だ。
乗客の声が聞こえるものの、二人が歩いている廊下は思ったよりも静かで、目立った混乱はない。乗務員たちの尽力によるものだろう。
「よ、よーし……」
エドワードがモップの柄を握りしめ、そう気合を入れる。
モップは何か武器をと考えたエドワードが掃除用具箱から引っ張り出してきたものだ。
「実戦は始めてですか?」
「喧嘩くらいなら多少は。アンタは……何かこう、ありそうだよな」
「そうですね、何回かは」
カナリがあっさりとそう答えると、エドワードは少しへこんだ様子で「女の子に実戦経験あって、男の俺がないなんて……」と呟いた。
喧嘩もある意味で実戦経験に入るとは思うのだが、彼にとってはやはり分類が違うのだろう。
実戦経験はあればあるに越した事はないが、実戦なんて経験せずに一生を暮せればそれはそれで良いとカナリは思う。
結局、命がけだからだ。そんな状況になんてならない方が人生は安定しているのではないだろうか。
そんな事を考えながら歩いていると、件の車両に続くドアが見えた。
ドアに取り付けられている小さな丸窓越しに、数人の姿が見える。
近づいて確認すると、そこではオルソンが空賊の一味と相対している所だった。
空賊の数は三人。小柄な男が一人と、背の高い男が一人、そして大柄な男が一人だ。中でもその大柄な男は背中に大砲のようなものを背負っていた。
「この……うちの列車に何て事を……」
煙と戦いで煤けた制服を気にも留めず、オルソンは怒りを露わにしている。
彼の左手側。そこの車両の壁には、人ひとり悠々と通れそうなほどの大きさな穴が見事に開いていた。
すう、とカナリの周囲の空気がまた一段冷えた気がして、エドワードが顔を引き攣らせる。
そのままカナリは勢いよくドアを開いた。
「オルソン!」
エドワードが名前を呼び飛び込むと、オルソンがぎょっとした顔で振り返る。
それから直ぐに鬼の形相へと変わり、エドワードに怒鳴った。
「何をしている馬鹿者っ」
ピリピリと空気が振動する。
オルソンはカツカツと靴音を立ててエドワードに近づくと目を吊り上げた。
「貴様! お客様をこんな場所にお連れするんじゃない! 馬鹿か馬鹿者!」
「馬鹿馬鹿言うな! オルソンこそ一人で戦おうだなんて、馬鹿じゃないの!」
周りをお構いなしに喧嘩を始めそうな二人を尻目に、カナリはすっとオルソンの横を通り過ぎる。
オルソンはハッとして制止の手を広げた。
「ウッドワース様、ここは危険ですので部屋にお戻りください」
空賊を目の前にして、もはや危険がどうのというのも妙な話だ。
しかしカナリは「いえ、平気です」とお構いなしに歩みを進める。
そして空賊たちの目の前までくると、殊更にこりと微笑んだ。
「な、何だ、お嬢ちゃん」
その笑顔に何故か威圧感のようなものを感じて、空賊たちは一歩後ずさる。
カナリはその問いに答えず、左手をすっと上げて穴の開いた壁を指差した。
そして、
「スターライトは現状でグライダーを抜いて最高峰の技術と長い歴史の結晶です。その車体に使われているのは希少な夜光石。取り扱いもまた大変難しく、精製してここまでの形にするのには気の遠くなるような時間がかかります」
「お、おう……?」
唐突にスターライトの説明をし始めたカナリに、空賊たちは困惑し、曖昧に聞き返す事しかできなかった。
そのままカナリは穴に顔を向ける。
「見事な穴ですね」
手を下ろしてそう言うと空賊達はこっくり頷いた。
「そ、そうだな。見事な穴だ」
「そちらの大砲で開けたんですか?」
カナリの言葉に大柄な空賊はさも自慢げに、背中からその大砲を下ろして見せた。
「そうだ。こいつは改造品でな、グライダーには及ばないが相当の威力を持って―――」
――――途端、
ダァンッ!
と銃声のような音と共に大砲が吹っ飛び、ガシャリと壁にぶつかり、床に落ちる。
「……へ?」
空賊たちは状況が理解できずに目をぱちくりさせる。
その中でも今までそれを持っていた大柄な空賊は、自分の両手と飛ばされた大砲を交互に見比べていた。
今、何が、起きた?
オルソンとエドワードも含めて、頭の上に疑問符を浮かべている一同の耳に、今度はやや軽い、カチャリ、という音が聞こえる。
音のした先に目をやるとカナリが太めの銃の銃口を空賊達に向けていた。
「……私はね、グライダーの次にこの夜光列車スターライトが好きなんですよ」
にこりと笑うカナリの目は、もはや笑っていなかった。
「……ふざけた真似をしてくれますね、この外道」
スッとカナリの顔が無表情のものに変わる。
「こ、このガキ!」
外道、という言葉にカッとなった空賊たちがカナリに飛び掛かる。
「危ない!」
オルソンが叫び、かばおうと駆け出す。
「くそ!」
エドワードもモップをぶつけようと両手を振りかぶる。
だが慌てる二人と対照的に、カナリの行動は落ち着いたものだった。
カチ、カチ、カチ。
その状況に全く怯まず、カナリは手に持った銃の側面の窪みについたダイヤルを真ん中まで動かす。
そして少しばかりずれた照準を合わせ、銃口を固定した。
――――準備は整った。
カナリは憤怒の形相の空賊たちに向かって、どこまでも静かにこう言った。
「心底反省してきて下さい」
言い終えると同時にカナリは引き金を、
「うおおお!」
ゆっくり、確実に、
「ウッドワースさん!!」
―――引いた。
「ぎゃあっ!」
空賊三人は一気に吹き飛ばされ、壁に思い切りぶつかり、そして白目をむいて気絶する。
その様子に唖然とするオルソンとエドワード。
「……へ?」
カナリが撃った銃からは弾丸は飛び出ず、空賊も血を流していない。
だが一瞬、空気が少しぶれた気がした。
「い、今のは」
オルソンの問いにカナリは銃のダイヤルを戻しながら答えた。
「衝撃弾です。空気鉄砲のようなものですね」
そして軽く銃を上げる。
やはり普通のものよりもごつく、太めだ。
「これは技巧銃ですから」
「ギコウジュウ?」
「要約すると、グライダー技師がグライダーを作製する要領で作った特殊な銃です」
「なるほど」
ポン、と納得したように手を打つエドワード。
納得して少々青ざめる。
グライダーを作製する要領で作った銃、とカナリは言った。
ああ、そうなんだと簡単に納得はしたのだが、それって何かとても危険なもののような気もしないでもない。
「……」
エドワードがあまりにもじっと技巧銃を見つめていたものだからカナリは軽く技巧銃を近づけると、彼はぶわり、と猫のように髪の毛を逆立てた。
そうこうしていると空賊が気絶している側のドアが開かれた。
「何かえらいでかい音聞こえたな……って、おわ!? 何やねんこの穴!」
入ってきたのは肩くらいまでの薄茶色の髪をした男だった。
耳には青色の石のピアスをしている。
穴を見て大げさなまでの身振りをしているが、それよりも奇妙な言葉遣いがカナリには気になった。
「うわ~、ひっど……おいおいおい、何してんの」
男は腰に手を当てて、気絶している空賊たちに呆れ顔で言った。
「あなたもその空賊の仲間ですか」
カナリは男に尋ねる。
男はカナリに顔を向け、片方の眉を上げた。
「仲間というか一応上司やな。コレ、アンタらがやってくれたの?」
「ええ」
カナリはあっさりと肯定する。
やったのはお前だろうとエドワードは思ったが口を挟むのは危険そうだったのでやめた。
カナリはカチリと銃口を向ける。
「だったら部下の責任は上司にとってもらいましょうか」
「責任って、ああ、もしかしてコレ?」
右手で穴を指差して言う男にカナリは大きく頷いた。
「んー……」
男はガシガシと頭をかいた。
そしておもむろにしゃがむと、両手を気絶している空賊たちに向けた。
「こいつらボコボコにした分じゃたらへん?」
へらっと笑って言う男にカナリは少し首を傾けた。
「全く。全然。何一つたりません」
一言ずつきっちりと区切ってはっきりカナリは言った。
「この素敵技術の結晶によくも傷つけてくれましたね。そして乗っかっている船。屋根板がへこむでしょう。さっさとどかして下さい」
口調自体は丁寧だがこれはお願いではなく脅しだろう。
カチリと技巧銃のダイヤルを回す。
ふと、その時。
「うわ!?」
スターライトを再び上下の振動が襲った。
「今度は何だ!」
窓に駆け寄り、オルソンが上を見上げる。
エドワードもそれに続く。
「「げ」」
二人は嫌そうに言った。
「どうしました?」
「何かまた乗ってる……」
「今度は赤い船かよ……」
二人の言葉を聞いた途端、男は穴から身を乗り出した。
「赤い船って……まさか」
そして険しい顔になる。
さっと穴から離れると、気絶している空賊たちを思い切り蹴飛ばした。
「さっさと目ぇ覚ましぃ!」
「いってててて……何すかエリックさん」
エリックと呼ばれた男が彼らに怒鳴る。
「ええから早くせえ! 馬鹿鳥や!」
その言葉に空賊達はばっと起きて彼に続く。
そして彼らはその車両を飛び出して走っていった。
「……何なんだ」
残された三人は少し呆然とした。
「船が増えたって言いましたよね」
振り向いては二人にカナリは聞いた。
ハイネルは頷く。
「ええ」
スターライトの屋根が短くミシっと鳴った。
「……屋根まで落ちますね」
三人は天井を見上げる。
カナリは腕を組んで少し考え始めた。
だいたい数分。
そして考えがまとまったようで顔を上げた。
「丈夫な長いロープとかありますか」
「あ、うん。非常用のがある」
「そうですか」
「何をする気です?」
ハイネルの言葉にカナリはにこりと笑った。
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