第3話「襲撃者」
立っていられなほどの揺れに、カナリが思わず膝をつく。
これにはさすがに喧嘩をしていた二人も口を閉じた。
「な、何だ!?」
「まさかまた安定装置に何か……」
「いえ、違いますね」
短くそう言うとカナリは立ち上がり、窓に駆け寄って勢いよくそれを上げた。
吹き込んでくる風に髪を揺らしながら、窓から上半身を乗り出して空を見上げる。
「――――『船』!」
そこには、深い緑色をした大型のグライダー、通称『船』がスターライトの屋根に乗りかかっていた。
「船!? 何で!?」
「あのグライダーは確か……リフオンズ博士が作った『ナイト』ですね」
「リフオンズのナイト!? ダルク空賊団か……!」
苦い顔になったオルソンは操縦部へと飛びつくと、車内放送のスイッチを入れる。ポーン、という機械音が響いたあと彼は操縦部から伸びるマイクを握った。
「お客様にご連絡させて頂きます。当列車が今しがた魚群と接触、一部故障いたしました。修理の為少々お騒がせしますがご心配には及びません。何度か振動や音がすると思いますので念のためお部屋から出ないようにお願い申し上げます」
話し終えるとオルソンはスイッチを切って放送を終了する。
「今の振動を魚群の接触で済ませますか」
「賊の襲撃とは言えないでしょう」
カナリの言葉にオルソンはそう答えた。混乱を防ぐためだ。
この世界でも空賊や海賊、盗賊なんてものは存在する。その中で取り分け数が多いのが空賊だ。
グライダーという技術の進歩に出来た闇でもある。
とは言え、列車を――特にこのスターライトを――襲撃した、などという話は滅多に耳にはしないのだが。
「うわ、わ、わ、どうしよどうしよ」
「落ち着け馬鹿者。ウッドワース様をお部屋までお送りしろ」
動揺するエドワードにそう言うと、オルソンは眼鏡を外して胸ポケットにしまった。
眼鏡がないと目つきの悪さが際立って、印象がガラリと変わる。
「あなたは?」
「お前はどうするんだよ?」
カナリとエドワードに同時に問われたオルソンは、
「駆け込み乗車はご遠慮頂こうかとね」
と、手の骨を鳴らしながらそう言ったあと、二人の背中を押して廊下へと出した。
その後すぐに乗務員たちに指示を飛ばす声が聞こえてくる。
オルソンの声を聞きながら、カナリとエドワードは廊下を歩き出した。
「オルソンの奴、何する気なんだろ……」
オルソンの事が心配なようで、後ろをちらちらと振り返りながらエドワードは呟く。
カナリが「気になるのなら戻ってもいいですよ」と言うと、エドワードは「それはできない」と勢いよく首を横に振った。
「冗談! 途中で仕事ほっぽりだしたらまたオリソンに怒られる! 仕事はちゃんとしないとな!」
そして元気にそう言った。なるほど、良い心意気である。
カナリは感心しながらエドワードの後について、自分に宛がわれた客室に向かって廊下を進む。
話しながら歩いているとあっという間に到着するもので、ほどなくしてカナリたちは目的地までついた。
「それじゃ、俺も戻るから。オルソンの言ったように部屋から出な――」
そう言いつつ、エドワードがドアを開けようとした途端、何かを叩き割ったかのようなけたたましい音と振動が響いた。
思わず耳を塞ぎたくなるほどの音量だ。
エドワードは「え、何? ちょ、ちょっとごめん!」と、カナリの客室に入って窓を上げ、そこから外の様子を確認する。
「ぎゃああっスターライトの壁に穴が!」
エドワードの悲鳴と同時に、その目の前を明らかに蒸気ではない黒い煙が線を引いた。
壁に、穴が。
エドワードの言葉と光景にカナリの表情がピシリと固まる。
「壁に、穴……?」
小さく呟いてカナリもツカツカと客室へと入る。
そして窓ではなく自分のトランクへ向かい、中からごつめの銃を一丁取り出した。
足音にエドワードが振り返る。そして目に飛び込んできたカナリを見てぎょっとする。
カナリの体の周囲に、何か黒いオーラのようなものの幻が見えた気がした。
思わずエドワードはごしごしと目をこすり、カナリにおずおずと声をかけた。
「え、えと……ウッドワースサン?」
「この……最高峰の技術の結晶に……穴……いい度胸です……」
ぶつぶつと呟くように言ったカナリの声は先ほどよりも低い。
誰が見ても分かるように、カナリは大層怒っていた。
スターライトの襲撃までは何とか耐えられたが、スターライトを破壊された事で振り切れたようだ。
カナリは据わった目のまま、客室の外へと体を向ける。
「あ、お、おい! 危ないって!」
「世の中は危険と安全が半々です」
「意味不明な理屈!」
「文句のひとつでも言ってやらないと気が済まないので」
文句を言うどころか、明らかに武力行使をしに行く人間のそれである。
話を聞く気のないカナリにエドワードはしばらく唸っていたが、
「ああ、もう! お客様だけ危険な目に合わせられるかっ!」
と半ば自棄になりながらもカナリに続いた。
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