第2話「どうしても乗りたかったもので」
自分がグライダー技師だと名乗った彼女――――名前はカナリ・ウッドワース。
歳は十六。肩口より少し長い薄茶色の髪を後ろで結び、瞳は深い海の緑色をしているのが特徴だ。顔立ちは決して華やかではないが、少女らしい柔らかさがある。
そして本人が言った通り、彼女はグライダーという飛行機械の技術者である『グライダー技師』だ。
もっとも資格試験前なので、まだ正式にというわけではないのだが。
「グライダー技師、ですか?」
グライダー技師と聞いてオルソンが驚いた顔でそう言った。
ふと見ればオルソンは黒地の乗務員服に、他の常務意図は違って星の紋章が刻まれた襟章がついている。おそらくオルソンは上の立場の人間なのだろうな、とカナリは思った。
そんなオルソンに聞き返されて、カナリは工具を仕舞いながら付け加える。
「ええ。と言っても、ダスパールでの資格試験はこれからなんですけどね。すみません、ちょっと見栄を張りました」
「グライダー技師の資格試験ですか。そういえばお客様はロンドサーク大陸へ向かわれるのでしたね」
「え? でも、この人群島から乗ったよな? 遠回りじゃねぇの?」
カナリと同じくらいであろう歳の赤毛の乗務員――ネームプレートにはエドワード・ルークとある――が、思わずと言った様子でそう首をひねると、オルソンは黒革のファイルで彼の頭を軽く叩く。
「いたいよ!」
「言葉遣いに気をつけろ、馬鹿者」
「だってさぁ……」
何か言いかけて、ギロリ、とオルソンに睨まれたエドワードは大慌てで手で頭を抑える。
二人のやり取りに思わず小さく笑ったカナリは、エドワードの問いに答える。
「ええ。時計回りに一周手前ですね。確かに遠回りです」
「だよ、じゃない、ですよね」
また叩かれそうになったので、慌てて口調を戻すエドワード。
他の乗務員たちは「仕方ないな」と苦笑している。どうやらこれが普段通りのやり取りらしい。
何だか微笑ましい気持ちになりながら、カナリは話を続ける。
「遠回りではあるんですが、まぁ理由としては『乗ってみたかった』んですよ。このスターライトに」
そこまで行って、カナリは手のひらをぐっと拳にして、目を大きく開く。
「ライナーズセブンを繋ぐ唯一無二の海上列車! 希少な夜光石で作られた現時代最高の技術の塊! この洗礼されたフォルム、大陸間一回りを五日間で繋いでしまう走行速度! グライダーと同じくああ素晴しいかなこの技術!!」
そして先ほどまでの大人しそうな雰囲気とはまるで別人のように熱く語り出した。
唐突な変貌ぶりに乗務員たちはポカンと呆気に取られている。
何があったのだ――なんて言うような視線に気が付いたカナリは、ハッと我に返って誤魔化すように咳払いする。
「コホン。ま、まあとにかく。ロンドサーク大陸に行くなら絶対に乗りたいと、列車の日時に合わせて島を出たんです」
なぜ、と問われればカナリは本当に、心の底から乗りたかった。
エドワードの言う通り、本来であればカナリが列車に乗った場所からならば、スターライトに乗らない方が資格試験の行われるダスパールに早く着く。
だが急ぐ旅でもなかったし、とにかく乗りたいという気持ちの方が強かったカナリはスターライトでの旅を選択した。
グライダーや、スターライトなど、技術の塊と言うようなものが大好きなカナリは、まず『乗らない』という選択肢は初めからなかったのである。
カナリの熱意にオルソンの顔が綻んだ。
「ロンドサーク大陸まで後一日。このスターライトをどうぞご堪能下さい、ウッドワース様」
そうして恭しく頭を下げたオルソンにカナリは笑顔で頷く。
「もちろん、そのつもりです」
堂々と、はっきりとそう言われたスターライトの乗務員たちの間に笑いが起こる。
嫌いだ苦手だ――なんて言葉よりも、やはり自分たちが働くこの場所を「好きだ」と言って貰えるのは乗務員として嬉しいのだろう。
和やかな空気の中、カナリは仕舞い終わった工具箱を持ち上げた。
「さあ、仕事だ。早く持ち場に戻れ」
それを見計らって、オルソンは手を鳴らす。乗務員たちは促されて歩き出した。
カナリもそれでは客室に戻ろうか、と歩き出して、ふとスターライトの操縦部が目に移り、足を止めた。
ああ、良いな。そんな風に思ってジッと見つめるカナリに、
「ホント好きなんだ……すね」
と、エドワードが声を掛けた。オルソンに睨まれたため、言葉遣いも何とか訂正している。
カナリは再び暴走しそうになる所を何とか抑え、大きく頷く。
「ええ、そりゃあもう!」
「そうですか! 俺も好きなんすよ!」
言葉遣いが混ざってしまったらしい。
オルソンがこめかみに手を当てたのが見えた。
「言葉遣いは大して気にしていませんから、お好きなように」
「マジ? 俺敬語苦手でさー」
「克服しろ馬鹿者」
それならばと、直ぐに言葉遣いを緩めたエドワードの頭をオルソンの黒革のファイルが叩く。
先ほどよりも強く叩かれたエドワードは若干涙目で頭を抱えて蹲った。
「いてえ……!」
「苦手は克服するものだ。スターライトが好きだからここで働きたいと言ったからには、本気で働いてもらう」
オルソンは眼鏡を押し上げると、オルソンはそう言った。
「ほら立て馬鹿者」
そしてさらに黒革のファイルでエドワードの頭をぺしぺしぺしぺし軽く叩きながらオルソンは言う。
「いや、ぺしぺし叩かれていたら起き上がれないから、ってかいい加減にしろよオッサン! ぺしぺしぺしぺしいてえっての!」
「私はまだオッサンと言われる年ではない!」
「オッサンだろ! 自分の年を考えろよ何歳だテメー!」
「花の二十八だ!」
果たして二十八は花なのだろうか。
ぎゃいぎゃいと喧嘩を始めた二人を眺めながら、カナリはさてこれからどうしようかな、なんて考えて窓の外を見た。
青空の下で、水しぶきが日差しに当たってキラキラと輝いている。
良い天気だ――そう思った時、ふと青い水面の上を黒い影が遮った。
「……?」
鳥にしてはやけに大きい。
不審に思いカナリが窓に近づこうとした途端、
―――ガタァンッ!!
と、安定装置の時とはまったく違う、上下に響く大きな揺れが列車に走った。
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