夜行列車スターライト

第1話「グライダー技師『見習い』の少女」


 コバルトブルーに染まる大海原の上を、一本の黒い蒸気列車が白い蒸気を上げて走っている。

 ゆらゆらと光り揺らめく波間から覗くレールの上を走るその蒸気列車の名前はスターライトという。『夜光石』という、夜になると光を放つ希少な鉱石を加工して作られた、この世界ライナーズセブンで一つしかない海の上を走る大陸間列車だ。

 五大陸を股に掛ける星の道、とも称されるその列車は最大五日間という速度で全ての大陸を回る事ができるのだ。

 そんな高い安定性と速度を有したスターライト……なのだが。その車両は今、やや不自然に揺れていた。見るからにどこかで不具合が生じているようだ。


 走行中に不具合が生じた場合、このスターライトではまず、先頭車両にある操縦部を調べる事がマニュアルとなっている。

 スターライトの操縦部には安定装置と呼ばれるものがある。安定装置とは列車の下部の車輪と車体の連結部に組み込まれた、名前の通り列車の走行時に発生する縦横の振動を緩和するものだ。

 列車が揺れている――となると、まずここを調べられる。

 さて、そんな安定装置の前にカナリはしゃがみ込んで装置の修理をしていた。

 彼女の周りにはスターライトの乗務員が数人おり、皆それぞれにハラハラとした様子で見守っている。 

 カナリは彼らの視線を受けながら、慣れた手つきで工具を使い、作業を進める。

 少しして、


「はい、出来ました。これでどうですか?」


 と、そう言うと、立ち上がって場所を譲った。

 カナリの言葉にスターライトの乗務員の一人――胸にはオルソン・ヴィンターと言うネームプレートをつけている――が装置を覗き込む。それから丁寧な動作で安全装置を再起動させた。

 光を落としていた安定装置は、すぐにふ、と光を放ち始める。すると先ほどまで発生していた不自然な揺れは、ふっと消え、走行音も静かになった。 


「……ああ、問題ない」


 オルソンはホッとした様子でそう言うと、他の乗務員たちに安堵の表情が浮かぶ。

 カナリも同じように「良かった」と、安心して微笑んだ。


「ありがとうございます、カナリさん。助かりました」


 乗務員たちは口々にカナリに礼を言う。

 もちろんスターライトにも整備士は常に乗っているのだが、故障した安定装置をフォローするために、他で作業をしていたのだ。だから安定装置が作動していなくとも、あの程度の揺れで済んだのである。

 自分が修理したことよりも、そちらの方がずっと凄い事だとカナリは思っている。


「ああ、列車の整備士さんがお客さんにいてよかった……」

「いえ、私は列車の整備士じゃないですよ」


 乗務員たちの言葉に、カナリは首を横に振った。

 その言葉にオルソンを含めた乗務員たちがきょとんとした顔になる。

 修理が出来たのに整備士ではないとはどういう事だろうか。そんな視線を受けながら、カナリは訂正するように、

 

「私は『グライダー技師』ですから」


 と、はっきりとそう言った。

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