第28話 『願い』と『対価』



「・・・ああ、よく寝たな」



 目を覚ますと、見覚えのない部屋の中。街の宿屋とは違う、作り物だけの部屋ではなく、至る所に植物が這う。それもインテリアとして違和感のない形で。


 部屋の窓は木枠、というよりも木が自然とその形を成したかのような作りになっている。いったいどういう生育をするとこうなるのか分からない。


 着替えを済まし、下の階へと階段を降りると珠翠が待っていた。朝の身支度の用意をしてくれていたらしい。教えてもらった洗面所を使い、リビングへと戻ると朝食の用意が整っていた。



「雛は?まだ寝ているのか」


「いえ、雛様はお庭でハーブの選別をしていましたわ。すでに朝ご飯も済ませておりますので、シグ様はごゆっくりどうぞ」



 意外にも朝は早いようだ。昨日は風呂でのぼせた後、部屋へ籠り寝てしまったようで、顔を合わせる事はなかった。俺も朝飯を済ませると、庭へ出た。少し体を動かしておきたい。


 庭へと出ると、緑深い森に開けた広場。周りは樹齢数百年とも思しき木々が生え、空へと枝葉を広げている。所々に獣達が体を休めているのが目に付いた。


 大樹の周りを歩くと、薬草園のような一角。そこに雛がせっせとハーブの世話をしているのが見えた。こちらに気づくとひょこんと出てくる。



「おはよー、シグ」


「ああ、おはよう。お前朝が早いんだな」


「まあね!あさはハーブのおていれとかあるし」



 見れば、農村のオバチャンかと思うもんぺ姿。頭に頭巾。魔女とは思えない…



「かたちからはいるタイプです」


「そうみたいだな・・・」


「シグはどうしたの?」


「少し体を動かさないとな。鈍らせる訳にもいかな・・・っ!」



 そして唐突に思い出した。俺はここへ何をしに来たんだった!?ロロナ達の呪いを解くための助言を聞きに来たんじゃなかったのか!?どうして忘れていられたんだ!

 顔色を変えた俺を見て、雛はやれやれというように手を出して肩をすくめる。



「ふーやれやれ、シグはせっかちさんなんだから」


「ふざけんな!一刻を争うって言ってるだろ!」


「だから、ひなはそのおくすりのつくりかたわからないんだってば。まじょだってね、なんでもしってないんです」


「だからって、お前の弟子は薬を作ったんだろうが」


「それはきのうシグがいったように、エリカのでしさんがエリカにきいてくれるんでしょ?それをまたないとダメでしょ」


「師匠のお前が聞く方がその、『氷の魔女』だって教えてくれるんじゃないのか?」



 俺は雛にそう言うと、雛は子供に言い聞かせるような親の顔になった。



「あのねシグ、なんでもかんでもひとにたよるのはよくないよ」


「っ、」


「たしかに、ひながエリカにきくほうがはやいのかもしれないけど。シグはそれにたいしてなにができるの?」


「俺が、できること?」


「『まじょにたのみごと』をするときはたいかがひつようになるんだよ。そんなのシグにだってわかってるでしょ?シグはひなにそれをたのむのに、なにをたいかにさしだせるの?」



 息が止まる。確かに、魔女へ頼み事をする時はそれなりの『対価』が必要となる。それは子供でも知っていること。だから人は容易に魔女へ頼み事をする事はない。

 あの村でも確かにそうだ。雛が作る薬を受け取るに対し、村では『物々交換』という対価を支払っているのだから。


 魔女の『対価』は金とは限らない。相手となる魔女が『対価の価値』を決めるのだから。



「ひながシグのおはなしをきいたり、ハーブティーわたしたりするのは、それなりにひなも『シグのじかん』をもらってるからやってることであって、こんかいのけんをかいけつすることはそれとはべつのおはなしだよ」


「っ、そう、だな」



 俺は少なからずこの雛という魔女に頼っていた。なんとかしてもらえるのではないかと。しかし、それは単なる俺のエゴで、こうして好意的にしてくれてるのは正しく『魔女の気まぐれ』とでもいうような好意の産物なのだ。



「すまなかった、『黒』の魔女」


「ひなはシグのこときにいってるよ?だけどそれはなんでもかんでもてをかしてあげる、っていうのとはべつのおはなしだよ」


「ああ、俺が悪かった。間違ってたよ。

・・・だがその上で敢えて頼む。俺が差し出せる物なら構わない。それと引き換えに解決策を教えて欲しい」



 長い時を生きてきた。だが俺に差し出せる物なんて何も無い。命と言われても悔いはないだろう。もう既に執着するほどの生きることへの拘りはない。

 だが、自分がやればできることを先送りにしたり、しないで結果をただ待つことはもうしたくはない。


 雛は俺をじーっと見ている。その瞳は子供の顔ではなく、長い長い時を生きる『魔女』の顔だった。

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