第29話 生と死の狭間
「だからってコレはねぇだろうがぁぁぁぁぁ!」
「頑張ってくださいまし、シグ様」
現在、絶賛死に向かって激走中。少しでも目の前の相手から気を抜けば、一瞬でこの命は消えるだろう。
全身に突き刺さるような殺気。徐々に自分の感覚が研ぎ澄まされていく感覚。
□ ■ □
雛はぽん、と手を打つと俺を薬草園から『魔女の庭』の大きく開けた広場へと連れていく。そこにはごろりと寝転がる昨日のブタ猫が。
「にゃもさんおきてー」
「ぶにゃー」
「おい、その猫と何しろってんだよ」
折角人が覚悟をして『差し出せる物ならくれてやる』と言ったのに。俺は魔女が言う対価のセオリー通り『魂を差し出せ』とでも言われる覚悟だったんだが。
雛はデブ猫をわしゃわしゃと可愛がりながら、何かポソポソと声を掛けていた。デブ猫は起き上がると、プルプルプルと体を震わせ、伸びをしている。
「と、いうわけでシグにはきょういちにち、にゃもさんとあそんでもらいます」
「は?」
「ひがおちるまで、ってことにしよっか。おひるとか、とちゅうきゅうけいははさむからね。あとはにゃもさんがあきるまで?」
「おい、その猫と遊ぶって、なん、で・・・」
『何だってそんな事を』と続けようとした俺の口が動かくなった。今自分の目の前で起きている事を目にしたら。
雛の後ろ、デブ猫がみるみるうちにデカくなり、光と共にその巨体を顕にした。そこに顕現したのは、俺も長い時の中、一度しかお目にかかった事はない───
「
「ちがいますー」
「はぁ!?」
『我は
「喋った!?いやちょっと待てよ、
『最近はあの冒険者も酒場家業が忙しくてあまり相手をしてもらえぬからな、久しぶりに嬲り甲斐のある人の子が来たものよ』
「にゃもさん、たべちゃダメだからね?」
『わかっておるわ、これには長生きしてもらって我のサンドバッグになってもらわねばならんからな』
「おいこらサンドバッグってなんだ」
「というわけで、にゃもさんあらため、エンシェントウルフの『
『名を呼んでも構わんぞ?何しろソレは『黒き女神』にもらった愛称であるからな』
『黒き女神』とは雛の事だろう。『古の魔女』には通り名が多いからな。色で区別が付くからなんとなく誰の事を指すかはわかる。
「ケガしても、しななければしゅすいかマダラのまほうでなおるからだいじょぶだよー」
「待てよ怪我する事が前提なのか!」
「しぬきでガンバ。ひなはそのあいだにハーブティーつくったりとかいろいろやることあるからね!じゃああとよろしく!」
『さて、やるとするか?お主も全力で来るがよい。ここは『黒き女神』の
「っく、」
雛がしゅぱ!っとその場を去ると、目の前の相手から吹き出す殺気。確かに全力でやらなければ1分と持たないだろう。
手に汗が滲む。愛剣を掴む手に熱が入る。こんな神代級の魔獣と戦うなんて、冒険者として、剣士としても一度あるかないかだろう。そう思えば、なんという幸運だろうか。いや、悪運なのか?
□ ■ □
一秒が長い。間髪入れず襲いかかる爪の斬撃。タイムラグなく吐かれるブレス。自分の運動能力を使えるだけの魔法で底上げしているのに、その防御力をいともたやすく上回ってくる。…これが
そう思っていると、斑の周りに浮き上がる幾つもの魔法陣。くそ、いったい幾つまで同時展開できるんだ!これまで戦った『緋の系譜』の魔女達だって三つが限度だったぞ!
『ああ、愉しいな!ここまで食い下がる人の子がまだいたとは!』
「お褒めに預かり光栄だな!くそ、防ぐのも手一杯なんだぞ!」
途端、吹っ飛ばされる。腕に違和感。そして襲い来る痛覚。さすがに多重展開された魔法を打ち消すには足りなかったか。
意識が落ちそうになる瞬間、暖かい光が身を包む。治癒魔法が瞬時に飛んでくるのは有難いが、これで傷が治っても終わりじゃねえからな…
時折休憩を挟んだり、食事が出たりするものの、俺は一日中ずっと斑に吹っ飛ばされていた。これでも数撃は相手に怪我を負わせたものの、
終わった頃にはとっぷりと日が暮れていた。…身も心もボロボロとはこの事だな。怪我は治されてるからないけど。
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