第27話 風呂場でのひととき



 飯を食い終わり、珠翠に風呂を勧められた。雛も『入るといいよ~』と呑気に言うのでお言葉に甘える事にする。…しかし魔女の家で風呂とは。


 だが、入ってみれば格別だった。薬湯です、と珠翠は説明をしてくれる。どうやら雛が育てたハーブが入った風呂のようだ。うっすら黄色がかった湯船は足も伸ばせて気持ちがいい。



「湯加減はいかがでしょう」


「ああ、すごくいい。なんか染み込んでくる感じがするな・・・」


「それは恐らく雛様の魔力でございましょうね。シグ様は古傷も多いご様子。この薬湯に浸かり、霊樹の家で一晩過ごせばかなり回復すると思われますわ」


「・・・そんなに効能があるのか?」



 しげしげと湯船を見る。確かにじわじわと暖かい何かが体に染み込む感覚がする。恐らくこれが雛の魔力なのかもしれない。しかし古傷まで良くなるだと?ダグの潰れた片目も治したのだから、魔女の魔力に不可能はないのかもしれないが。


 珠翠の話によると、人間は魂に『記憶』を刻むのだという。そこには『無傷であった時の記憶』が刻まれている。魔女が癒しの魔法を使う時は、その『魂の記憶』を呼び起こす為、欠損部位があっても蘇るのだと。



「ただし、それは『魂の記憶』が正しく残っていなければなりません。ですのでその人間の魂の記憶の質にもよります。シグ様はきちんと魂に記憶をお持ちの様ですので」


「そういう事か・・・」


「はい」



 ダグの嫁さんを救えなかった、というのもここに関係しているのだろう。ダグの嫁さんは、自分の魂に『無傷であった時の記憶』がきちんと残されていなかった。だから雛の力でも病気を治すことが叶わなかったのだろう。



「そしてここは#現世うつしよと#幽世かくりよ…#人間ヒトの世界と私達人間ヒトでないモノの世界との狭間です。貴方達が生きている世界よりもさらに純粋な魔素マナが溢れた場所。本来持っている自然治癒力も促進されますので」


「だからか、ここに精霊や霊獣が留まるのは」


「もちろん、雛様を慕っている者が多いですよ。私達は皆、『古の魔女』を愛していますので」



 精霊や霊獣は魔素マナを糧として存在するのだという。ならば世界に魔素マナを循環させる『古の魔女』という存在は、彼等にとってなくてはならない存在。

 『愛している』というのも誇張ではないのだろう。そんな感情がこの珠翠という精霊の女性から感じられる。



「シグ様?」


「あ?ああ、なんでもない。まだ何か用か?」


「はい、よければお背中を流しますが」


「っ!? い、いや、自分でやるからいい」


「あら、遠慮なさらなくともいいのですよ。私は精霊ですから、雌雄同一ですし」



 いやそうは言われても、珠翠は妙齢の女性体であって。精霊であるからかなりの美人だ。なんだってああいう奴等は皆美形なんだ?違うと言われても『女』として意識してしまう。見た目で区別してしまうんだ、仕方ないだろ!


 そんな俺の動揺を感じ取ったのか、珠翠は『ではごゆっくり』と下がってくれた。いや、変な汗をかいた。




     □ ■ □




 ぬるめのお湯にゆったり浸かっていると、これまでの慌ただしさが嘘のようだ。ロロナはどうしただろうか。石化の兆候が出ていないといいが。



「だからー、ぜんぜんじかんあるってゆったじゃん」


「だからって急がない理由にはならないだろ」


「そんなこといったって、ひな、くすりのつくりかたおぼえてないもん。エリカのオリジナルかもよ?」


「お前が教えてたんじゃないのか?・・・って、うわ!いつの間に入ってきてんだよ!」


「きづかなすぎにもほどがあるとおもう」

「ぶにゃ」



 考え事してたはずだが声に出してたのか!?いやそれよりなんで風呂に入ってきてるんだ雛!いやデブ猫まで!仲良く頭に手拭いを乗せ、湯船に浸かっている。勘弁してくれ。



「シグ、ひなみたいなようじょとおふろにはいるのがはずかしいの?どんだけはずかしがりさんなの」


「うるせ」


「ぶにゃにゃにゃ」


「いや、猫は風呂嫌いじゃないのか?」


「にゃもさんはおふろすきだよ」

「うにゃー」



 気が済んだのか、デブ猫は先に上がってプルプルプル、と水分を飛ばして出ていった。雛は俺をじーっと見ている。見んな、減る。



「なにもへりませんて」


「うるせえな、人の考えを読むな」


「シグはキズだらけだね。としをとらないからって、ふじみじゃないんだからきをつけないとダメだよ」


「・・・死んだ方がマシだ、と性根がひねくれていた時が俺にもあったんだよ」


「そのひねくれぐあいもいまはゆるんでよかったね」


「・・・お前達には、ないのか?」



 『古の魔女』。長い時を生きる魔女。俺と比べようもないくらい長い時を過ごしてきたのかもしれない。ならば、全てに絶望した時もあったんじゃないのか。

 俺はそう思って雛に聞いてみた。答えてくれるとは思っちゃいない。そこまで自惚れてはいない。だが、今はそう聞いてみたかった。



「うーん、のぼせそう」


「さっさと上がれよ!ったく、珠翠!」



 俺はゆでダコのようになっている雛を抱えて風呂を出る。もちろん下は隠してだな。珠翠はあらあら、と笑って雛を抱えていった。

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