第26話 魔女の名前
茶器をまとめてキッチンへと追いかけると、コンロにカレー鍋。それが温まり始めてクツクツと音を立てる。追いかけてキッチンへと来た俺を見て、ヒナは嬉しそうに言う。
「お、シグもってきてくれたの?ひょっとしてきちょうめんなタイプ?」
「あのな、普通片付けてから用意を始めるだろうが!って俺はこういう事を言いたいんじゃない!」
「あ、それこっちにおいてね」
「洗えよ!先に!飯の用意より先だろ!」
「あとでまとめてやるほうがこうりつてきじゃない?」
「絶対やらないだろ!そういう事言うやつは後でもやらないタイプなんだよ!俺はそういうの気になるんだ!」
これはヒナに任せていたら絶対やらない。こいつ普段どうしてるんだ、今はシンクも綺麗だが、絶対汚くしているに違いない。俺はヒナを無視して茶器を洗い始めた。
「シグってば、かていてき~」
「これが普通だ」
「ひなはむり~」
「・・・お前いつもどうしてるんだよ」
「それはね」
ヒナが答えようとした時、別の方向から女が入ってきた。女盛りの妙齢の女性。ヒナと俺を見て、ぺこりと頭を下げた。
「お待たせしました、雛様。客室の用意出来ましたよ」
「ありがとー、しゅすい」
「・・・誰だ?お前の弟子か?」
その女性はふんわり微笑み、袖口で口元を隠して笑う。品の良さそうな感じが見て取れた。俺は洗った茶器を濯ぎ、側のザルへと裏向きにして置く。手を拭いていると、感心したように声を掛けられた。
「お客様に洗って頂けますとは思いませんでした」
「悪いな、つい癖で。あんたのやる事を取ってたら済まない」
「いえいえ。それと、私は珠翠、と申します。雛様に使える精霊の一人でございます」
「精霊・・・だって?」
「いえす!」
後は私にお任せを、とキッチンから出される。俺とヒナはさっきとは別のダイニングテーブルへと案内された。座って珠翠が夜飯を用意してくれるのを待つ。
□ ■ □
用意されたカレーを食う。フラワーサラダです、と見た目も鮮やかな食用の花を散らしたサラダ付き。魔法の灯りに照らされた食卓をヒナと囲む。
「おい、お前ここで一人で暮らしてるんだろ?」
「ひとり、というのはちょっとちがくて。ここにはたくさんのせいれいとか、ようせいとか、にゃもさんみたいなれいじゅうとかくるよ?そのなかでも、しゅすいはひなのおせわをしてくれてるの」
「精霊、なんだろ?」
「うん、ひなのおにわにあるきにやどるせいれいさん」
このヒナ…雛が住む『魔女の庭』は、外界と隔絶しているだけに様々な種族がやってくるそうだ。精霊、妖精、幻獣、霊獣…この家である霊樹は、人が住む
基本、魔女達はこういった異界と交わる特異点に好んで居を構えるらしい。そしてこういった特異点を柱として#魔素__マナ__#が生まれる。
「お前の名前は『雛』って書くんだな」
「まあよぶだけならべつにかんけいないよね」
「ま、気持ちの問題だろ」
「シグってばこまかいところきにするねえ」
「お前が雑過ぎるんだ・・・」
確かに俺は細かいかもしれない。しかし気になるもんは仕方ない。これからは俺も『雛』ときちんと呼ぶ事としよう。まさか本当の名前だからと『ラゼル』と呼ぶ訳にはいかないからな。
『ラゼル』という『黒』の魔女の名前は、古い文献や学者の間ではきちんと知られている名前だ。『モルガーナ』や『エルヴァリータ』もそう。
だが、その名前を口にする事はしない。恐れ多いこともあるが、何よりそれは『禁忌』と認識されているからだ。
「すきによぶといいよ、ひなはシグってよぶけども」
「それも好きにしてくれ」
「べつにひなはシグに『ラゼル』っていわれてもやきうちにしたりなんかしないよ!」
「やめろ、お前がしなくてもお前の弟子が来たらどうする」
「え、たぶんエリカもチャコーレアもアイーラもそんなことでいちいちくるほどおヒマじゃないとおもう」
「・・・そういや、お前の弟子はなんでそれしかいないんだ?」
「さんにんいたらじゅうぶんでしょ?」
「他の魔女には山ほどいるだろ。特に『緋の系譜』は」
これまで何度『緋の系譜』の魔女絡みで死線を潜ったか。できればあの壊れた魔女共には会いたくはない。雛はスプーンをくわえながら考え込む。
「べつにエヴァのでしもそんなにいないよ?ひなとおなじさんにんのはずだよ。でもそのしたのでしがやまのようにふえてるだけで」
「直弟子は皆3人って事か?」
「ひなのしってるかぎりではそうだね」
「だったら殆どの系譜の魔女が、孫弟子かよ」
「エヴァはきほん『くるものこばまず』てきなところあるからなーたぶんそこまでふえてることはきにしてないとおもう。ていうかしらないかも」
「は・・・?」
「ひなたちはきほん、ほうにんしゅぎなので。だからひなも、エヴァも、ファーも、でしがいちにんまえになったらほうちだよね。あとのことはしらないよね」
う、嘘だろ?魔女ってのは結束が深く、掟で縛られてるんじゃないのか!?
どうやらこの通説は魔女サイドには通じていないらしい。『古の魔女』本人がこうだからな…
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