第2話 深緑の森
魔女の
それは古くからある、魔力を秘めた薬草の一種だ。主に高位の回復薬を作るのに使われる貴重なもの。生息地は精霊や魔女が住む森の奥、綺麗な水が湧き出す泉の近くにしか生えない。
魔女の香草が生えている場所は調べられているうち、この東大陸では三ヶ所。
その中のひとつがこの『深緑の森』と呼ばれる辺境の地域にある大森林だ。他の通常の森とは違い、奥に進めば進むほど樹齢数百年とも思われる太い幹の木々が生い茂る。魔物も生息しているが、それもある程度深奥まで行かなければ遭遇することはない。
しかし、この森の魔物は『霊獣』とも呼ばれる高位魔獣の様で、かなり手強いと聞く。こちらから仕掛けない限りは襲ってはこないので、もしも出会ったとしても静かに立ち去れば無事で済むそうだ。これは王都のギルドでは暗黙の了解となっている。このクエストを受ける時にそう説明をされた。
この『魔女の
今回、俺も王都ギルドのギルド長から直々に依頼を受けている。俺の階級はS級。本来違うクエストを受けるはずだったのだが、ギルド長からの依頼とあっては断れない。
「さてと、近場から見ていくか・・・」
ギルド作成の深緑の森の地図。そこには過去何人もの冒険者達が採取依頼を受けてきた軌跡が記されている。すなわち魔女の香草の生息地だ。
森の奥、綺麗な水が湧き出る泉、という指定の場所は多くはない。しかもこの森は広範囲過ぎて全てを地図化できていないそうだ。それでも数ヶ所の印が付けられているので、どこかひとつに行けばいいだろう。稀少な薬草のため、採取できる量は決められているらしい。
誰が決めたのかは定かではないが、決められた量以上を摘もうとすると、触れなくなるのだとか。嘘か真かは知らないが。
途中、村の肉屋であの子供を見た。
「こんこーん」
「おーや、ヒナちゃんかい?今日は何にする?」
「えーとね!ベーコンください!」
「はいはい、ベーコンひとつね。ウインナーはまだあるかい?」
「うん、まだのこってるから、きょうはベーコンひとつでだいじょうぶ!」
カレー鍋にベーコンまで持って帰るのか?どうやって持ち歩くつもりなんだ、あの子供。まさかカレー鍋背負って帰るんじゃないだろうな。その後持っていたカゴにデカいベーコンの塊をもらった子供は、次にパン屋に向かっていた。食パン一斤買ってないか…?
どうやって詰め込んだのか知らないが、パンを一斤カゴに入れた子供が振り返った。と、たたた、と俺に向かって来る。なんだなんだ。
「さっきのおにーさんこんにちは」
「お、おう、こんにちは」
「どこいくのー?」
「ちょっと森にな」
「へー」
「お前こそそんなに買い物して大丈夫なのか?重くないのか」
きょとん、とした子供。髪も黒なら、瞳も黒か。しかし大きくなったら美人になりそうだな。今は可愛らしいが、年頃になれば男が放っておかないだろう。カゴを持ち上げ、にへへ、と笑った。
「おもくないよ?それにね、あそこのパンやさんはおいしいんだよー、いつもやきたてふんわりパンをくれるの。みみのところはカリッとしてて、なかはもちもちなの」
「なるほどな」
「おにーさん、きょうもダグのとこであさごはんたべた?そしたらあそこのパンはリーゼのパンやさんのだからおいしかったでしょ」
「・・・確かに美味かったなパン」
朝飯に出されたクロワッサンは、王都のパン屋に負けず劣らず美味かった。あそこのパン屋から仕入れてるのか。てっきりあの酒場兼宿屋で焼いてるものと思っていた。
「おにーさん、おなまえなんてーの」
「あん?」
「なんぱです」
何を言っているんだこのガキは。こんなこまっしゃくれた子供、ガキで十分だ。全く親の顔が見てみたい。こんな小さいガキがいっちょ前に男をナンパしてんじゃない。
「あ、ひなからなのったほうがいい?」
「・・・いやもうお前自分の名前言ってんだろ」
「あ、しっぱいしっぱい」
テヘペロ、と舌を出して自分の頭を小突いて見せる。何なんだこのガキ。テンポが狂う…
「そんで、おにーさんはおなまえなんていうの?」
「・・・シグだ」
「わかった、シグね」
「あのな、年上には『さん』を付けろと教わらなかったのか?」
「だってとしうえじゃないもん」
「どこに目をつけてんだよお前は!」
え、ここですと自分の目を両手で指さす。どうする、なんかすごく疲れてきたぞ、何やってるんだ俺は。
「もういい、じゃあな」
「おきをつけてー」
ひらひらひら、と両手を振って見送られる。森に出る前からこんなに疲れてどうするんだ俺は。
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