魔女の記憶を巡る旅

あろまりん

第1章 【黒】

第1話 辺境の村にて



『深き森の奥には魔女が住んでいる』


 それは、誰もが幼き頃に寝物語として親から語られる話のひとつ。大人が子供に言い聞かせる『言い伝え』のひとつ。


 そんな話はどこにでもある。


 村の近くの大きな森の中、深い深い森の奥には魔女の住まう家がある。だから森の奥には行っちゃいけないよ、魔女に食われてしまうから…




     □ ■ □




「どこの村にでもあるんだな、この類の言い伝え」


「まーな!だが、お前さんとこの村にもあったろうよ」



 確かにな、とエールを飲み干す。

 

 旅の途中、たどり着いた村の酒場で聞いた話。こんな話はどこの村でも聞く『お伽噺』だ。

 大方、聞き分けのないやんちゃな子供が大人の目の届かない森の奥に行かないように、なんて意味合いで作られている話のひとつだろう。


 エールを飲み干し、もう一杯追加で頼んだ俺に、酒場の主人はニヤリと笑ってこう言った。



「だがよ、あんたもギルドからのクエストで来たんじゃないのかい?この村の近くにある『深緑の森』に魔女の香草ハーブを探しにさ」


「恐れ入ったね、その通りだ」


「なに、この季節になるとな、各地のギルドからあんたみたいなベテランの冒険者が来るんだよ、ぽつりぽつりとな。そら、向こうのテーブルに陣取ってる連中もそうさ。確か商業都市のギルドからって言ってたよ」



 酒場の主人の言葉にチラリと後ろを見ると、そのテーブルには3人の冒険者のパーティがいた。

 見た所、高ランク冒険者のパーティに見える。Bランクって所か?剣士に弓術士、魔術師か。



「なるほどねぇ」


「あんたは王都から来たんだったか?1人でいいのかい?」


「ああ、俺はソロでやってるんだ。どうも群れるのは合わなくてね」


「そうかいそうかい」


「それ以上は聞かないんだな」


「ん?そうだなぁ、あんたみたいな人は多く見ているからな。駆け出しならともかく、あんたは修羅場もそこそこ潜っていそうだ。ちゃんと考えあっての事だろう?だったら一介の酒場の主人が口を出す事じゃあないんだよ」



 はっはっは、と笑ってデカい肉を焼く。


 これまで何人もの冒険者を見ているんだろう、必要以上の詮索をしてこない所にプロ根性が見える。宿をここの上にとって正解だったな。




     □ ■ □




 翌朝、商業都市からのパーティは朝早くから森へ入っていったらしい。朝飯を食っていると、ウェイトレスのジーナが教えてくれた。



「お兄さんは行かないんですか?早く行かないと根こそぎ取られちゃいますよう?」


「俺はゆっくりやる事にしてるんだ。今日のところは森に入っても様子見するさ」


「そうなんですかー、頑張ってくださいねー」



 パタパタと忙しく動くウェイトレス。

 昼間は食堂にもなるらしく、カウンターの奥では主人が寸胴鍋をかき回していた。カレーの匂いがする。昼を食ってから行きたくなるな。


 と、店の扉が開き、客が入ってきた。



「おはよーございまーす」


「お、来たな?」


「もち!つきににかいのおたのしみのひですから!」



 ばふん、とカウンター席に飛び乗って来た。何だ?と思ってみればそこには5歳くらいの子供。

 長く艶やかに伸ばした黒髪に、村娘がよく着ているエプロンワンピース。靴はしっかり皮のブーツを履いている。こんな小さい子供向けのモンがあるのか?



「ちゃんと鍋持ってきたか?」


「うん!ひなはダグのカレーのひがくるのがたのしみなんだもの~」


「はっはっは、これは俺のオリジナルスパイスカレーだからな!どこの名店にも負けない自信がある!」


「たっぷりおねがいします!」



 ひょい、と席から飛び降りた子供は、そのまま回り込んでキッチンへと入っていった。鍋を渡して、またこちらへ戻ると席に着く。ジーナがコップに果実水を持ってきた。



「ヒナちゃん、今日はリンゴ水よ」


「ジーナありがとー!」


「どうかしら、大丈夫そうなら今日からお店で出そうと思ってるの」



 両手でコップを抱え、んぐんぐ、と飲む。半分ほど飲み切り、ぷはー!と息を吐く。まるで小動物だな。



「うん、おっけー!おいしいよ!」


「本当!?じゃあお父さん、これ今日からメニューに加えるわね」


「ヒナちゃんのお墨付きなら売れるだろうな。よし、カレーはもう少し煮込まないといけないから、他の店を回って来るといい。いつも通り戻る頃には用意しとくよ」


「うん、じゃあよろしくー!」



 ことん、とコップを置いて席を降りる。

 俺をじっと見ると、軽く首を傾げ、何も言わずに出ていった。…何だったんだ。



「・・・何だったんだあの子供」


「ん?ああ、この辺りに住んでる子だよ。かわいいからって攫ったりすると痛い目に合わされるぞ?」


「はぁ?あんな子供に手を出すほどとち狂っちゃいないさ」



 ならいいがな、と笑う酒場の店主。さて、俺も森の探索に出るとするか。遅れを取るとは思っちゃいないが、このままダラダラと過ごすのも体が鈍るからな。

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