幸と福

西人

幸と福

4本の足がぶらぶらと揺れている。

赤く照らされた教室の中で窓の淵に腰掛けて、足だけを外へ投げ出している二つの背中。

水気を含んだ空気がタンスから引っ張り出したばかりの制服と若々しい肌へと絡みつきうっとおしい。

そのうっとおしさをしばらくは何ヶ月にも渡って感じなければならないと思うと自然とため息が出るのだった。


「福くん、またため息出てるよ」

「くん付けはやめてよ。あの子役みたいじゃない」

「じゃぁ、福ちゃん」

「それは、なんか、そんな名前の猫がいるから、いやだ」


めんどくさいなぁと、もう一人も自然とため息が出る。

部活活動終了のお知らせがスピーカーから流れ始めると校庭や別の階で動き回っていた音が更に加速し、そして5分も経たないうちに静かになる。

また5分も経てば、音があっちこっちと動き回り約15分後には校庭にも他の階からも大きな音はしなくなる。

あとは、だらだらと粘って帰らない人や、ませたお二人さん、先生の残業のお時間だ。


「そろそろ、帰ろうか」

「そうだね。ふっくん」

「いや、それアイドルやん」


同じクラスになって約3ヶ月。

だというのに、未だにニックネームで悩む幸に少々呆れ気味になりながら付き合っている福。

高校2年の二人は、勉強に精を出すわけでもなく、部活に汗を流すこともなく、恋愛でときめくこともなく毎日をノリと惰性で生きている。

別に同じ趣味があるわけでもない。好きな音楽も違えば、読む本も違う。

性格はどことなく似ているような気もするが、幸は少々こだわりが強く、福は少々潔癖症だ。

小学校や中学校など今まで友達だったどころか、知り合いでもなく、地図から見れば正反対の場所でそれぞれが各々に息をして生きていた。


完全に暗くなるにはあと30分程度はあるだろうか。

紺、紫、ピンク、赤と何色にも渡った空の下を二人は駅へと向かう。

同じ方向へと歩く人、すれ違う人の顔を見ても今日がどんな日だったかなんてわかるわけもなく、すれ違いざまに好き勝手に想像しては静かに肩を揺らす。


「なぁなぁ、そういえば今日のあれ、書いた?」

「書けるわけないじゃん」

「だよねー」


二年生ともなれば、これからの進路について半ば強制的に紙に書き出さなければならない。

クラスの中心グループはわりとすんなりと書いて提出していた。

あとはなんとなく妥当だよなという道を選んで無難な回答をする。

その無難な回答を選べない残された数名に関しては決められた時間内に決めることができず用紙は白いまま。

各々の事情もあって進学したくてもすんなり選ぶことができない子。

ふざけた回答をしようと求めていない方向へ頭を働かせるもの。

選びたい方向と学校や家庭が選ばせたい方向とで揺れる子。

あとはもう、何を考えてもこの先のことが全く見えてないやつ。


二人して自然とコンビニの中へ入りアイスを買う。

ホームランバーにガリガリくんを手に持ってイートインで涼む。

携帯をいじるサラリーマン。本を読んでるちょっとラッパーぽい人とその横でノートを広げ何か悩んでいるギャル。

どちらかというと静かな環境の中、肩を近づけてヒソヒソと話す。

いくらクーラーが効いているとはいえ、お互いの肩から伝わる熱は暑い。

すでに二人の口や手元には薄い棒が揺らされている。


「幸ってなんかなりたいものとかってあるの?」

「えーお金持ち?」


それ書いて先生に出したらダメなやつでしょと机に上半身の重みを預ける。

机から伝わる熱は生暖かい。幸の熱が直接伝わってくるよりなんだか気持ち悪く感じる。

真面目な質問かと目がめんどくさいと言っているのが横目から見てわかる。


「専門学校にでも行こうかな。勉強嫌いだし。」

「学科は?」

「えぇーそこも考えなきゃダメ?」

「いや、書かなきゃ突っ込まれるでしょ。」


なんでこんなめんどくさいこと考えなきゃいけないのと手に持っていた棒が上下に激しく揺らされる。

棒が軽く前方へ飛ぶ。

それをみてあっとカバンの中から適当な紙をちぎって何かを書くとそれを均等に机へ並べた。


「何するの?」

「明日天気になぁれ方式で、学科決めるわ」

「適当すぎるわ」


紙にはなんか文系、ホテル、トリマー、介護、その他と書かれている。

なんか文系とかその他ってなんだ?と思いながらもこれがなんとなくやりたいやつなのか?と彼女の顔を見ると携帯を見ている。


「何見てるの?」

「専門って他にどんな学科があるのかなぁって」

「じゃぁこの紙に書いたのは?」

「今すぐ頭に浮かんできたやつ」


盛大なため息が溢れると幸の顔が少しむっとする。


「だってだって、明日までに提出しなきゃいけないんだからしょうがないじゃん」

「好きなことあるでしょ?せめてその学科でよくない?」

「えっ、だってもし仕事になって好きじゃなくなったらやだもん」


好きなことは好きにやるから好きなのっと少し駄々っ子になる。

そう言われると、わからなくはないなと素直に謝りの言葉が出る。


「じゃぁ、福は?」

「え?」

「人には適当すぎるとかいうけど、福はどうするの?」


机に倒していた上半身を起こして、前方のガラスに映った店内にいる人の顔を見る。

どの顔にもピンとくることはなく、ただなんだかやだなと思う。

その嫌だと思う理由はよくわからないが。


「白紙で出しちゃダメかな」

「私がやろうとしてることよりダメでしょ」


二人とも結局どうするか決まらないまま暗くなった外へと飛び出す。

今度こそ駅へ向かおうとする足は重い一歩を少しずつ動かす。


「そういえば、さ。自分たちって一年からなんかよくわからんけど知ってたの面白くない?」


幸の投げかけには?と思わず声が出る。


「なんかめでたい二人がいるぞーって入学式の時によくわかんない男子が騒いでさ。

なんか、そこからじゃない?お互いの存在知ったの。」


こことここの二人を並べたら、ありがたみがやばいという、今から思い返しても訳がわからない理由からなぜか一時期学年でネタにされていた。

最初は静かに過ごしていたかったのに、訳のわからないノリに付き合わされて毎日が苛立ちばかりで仕方なかった。

だが、それでむすっとしてはノリが悪いやつという烙印を押される。

入学したばかりは特に気を使う。だから二人揃ったら今日はいいこと起きるよとヘラヘラしていた。

だがそこから周りを盛り上げようにも、自分たちの中身は笑いのセンスもないし特化した特技を持つこともないから話が広がることもなく、一年も経たないうちにみんなからの興味は薄れていった。

学年が上がって一緒のクラスになった時にはネタにされた当事者だけがあっと名簿を見て反応したのだ。


「二人揃って幸福、かぁ。なんか懐かしいね」


実際、幸と福を並べた状態で拝んだから付き合うことができましたとか噂で聞いたけどあの後どうなったのだろうか。

あの人も、資格取れるようにとか拝んでたなとふと当時を思い出す。


「あの時さ、すっごい嫌だった。遊ばれてポイッてされる感じだったし。ただ静かに過ごしたかったのに。」


あっ、遊ばれてポイッに深い意味はないからね!と何も思ってなかったところを自ら拾いに行く。

幸にはこうゆうところがある。なんとも思ってなかったのに深い意味はないからと自らいうのだ。


「しかもさ、最初福はヘラヘラしててすごい嫌なやつだなって思ってた」


突然のカミングアウトにえ?と声が漏れる。


「みんなにいいように遊ばれて、平然と対応しちゃって。何その大人な対応って」


そんな風に見えていたのかとびっくりした。

思わず足が止まる。


「私はさ、ふざけんな。勝手に人をネタにすんなって思ってキレようと思ってたの。実際にはきれられないけど、心の中ではきれてた。だからあの時私はなんの反応もせずにむすっとしてた」


確かに、当時の幸は大人しく何を言われても黙っていることが多かった。

そうゆう性格の子なのかと思っていたが、まさかきれていたとは。

付き合いが短いとはいえ、今まで気づかなかった自分の鈍感さに呆れる。


「でもさ、あの時福がへらへらして対応してくれたから、今めちゃくちゃ嫌なやつだって他の人から避けられることもないから、なんだろ。そう、お礼。これ、お礼ね」


空いていた手のひらを掴んでパチンと叩く。そして握手。

幸の行動は、時によくわからない。


「もし、二人とも黙って無反応だったら、今頃避けられてたのかなぁって思うと、なんか無性に怖くなってさ。人って一人がいいと思っても結局群れから外されるのは怖いもんなんだんね」

「えっ、なんで小説家みたいなかっこいいこと言ってるの?」

「やだなぁ。小説家みたいだなんて褒めないでよ」


ケタケタと高めの音色にはいつもつられて笑ってしまう。

どうでもいいようなことでも幸といると楽しいと思うのだ。


「私さ、これから先どうしたいかなんてさっぱりわかんないし。明日、先生に出すやつにはやっぱり適当に専門学校って書くと思うけど、福とはずっとなんか一緒にいたいって思うよ」

「何それ?告白?」

「そ、そうゆう意味じゃないからね!そうゆう感覚はまだよくわかんないけど!今のは絶対違うと思う!」


わざと焦る様子に、悪ノリして突っ込んで、また笑い合う。

なんだなんだと目線を動かす大人なんて気にもせずに。


「じゃぁ私は未定で出す」

「いや、白紙と変わらないよね」

「無理やり書くより、潔くそれでいくわ。結局大学に行くことになりそうな気もするけど」

「えぇ、じゃぁ私も未定でいいや。先生になんか言われたら一緒に仲良く怒られますか!」


一緒に怒られるとか嫌すぎる。私だって嫌だわ。など中身も進展もない話をリピートしながら今度こそ駅へ向かう。

先ほどまで重かった足取りも今だけは軽い。

明日また重くなるかもしれないけれど、その時はまた二人でアイスでも食べながらしゃべればいい。

肌にまとわりつく空気もそのうち軽くなっていくだろう。

あっ流れ星と見上げた紺一色の空には飛行機が横切って行く。

見届けた後には、二人の笑い声が響き渡っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸と福 西人 @nishin0k0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る